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「昭和の鉄道少年ものがたり」栗原景

第1回 交通博物館で出会った「鉄道ファン」

3歳で鉄道趣味誌を手に取る

 かつて、神田川に架かる万世橋のほとりに、交通博物館があった。現在大宮にある鉄道博物館の前身で、鉄道を中心に、自動車や航空機、船舶など乗りもの全般の文物を保存・展示していた。玄関前には東海道新幹線0系電車とD51形蒸気機関車の先頭部が展示され、家族連れやレールファン、社会科見学の小学生などでいつも賑わっていた。

 その交通博物館を初めて訪れたのは、1974(昭和49)年12月のことだった。当時僕は3歳。世の中の多くの子供たちと同様、電車やバスなどの乗りものに興味をもつ男の子で、母親に連れられてやって来たのだ。
 館内に入ってすぐのところに、書籍やおもちゃなどを販売する売店があった。「きかんしゃやえもん」や「ふたごのでんしゃ」といった、鉄道の絵本を愛読していた僕に、母親は新しい絵本を買い与えようとした。
 ところが、僕はそれを断ったらしい。

「これがいい」

 指さしたのは、「月刊鉄道ファン」1975年1月号。1962(昭和37)年創刊の、レールファンが購読する月刊誌だ。写真が多数掲載されているものの、内容は当然大人向けで、3歳児が理解できるものではない。
 そのご本はむずかしいよ、こっちの絵本はどう?と母親は子供向けの本をすすめたが、僕は首を横にふった。

「やだ、これがいい」

 目に涙を浮かべて言い張る息子に、母親も根負けしたらしい。列車の写真を眺めるだけでも楽しめるだろう……と、「月刊鉄道ファン」を買い与えた。特集は「ブルー・トレイン」。ブルートレインは、1958(昭和33)年に登場した20系客車をはじめとする、青い車体の寝台特急の愛称だ。東京発長崎・佐世保行き〔さくら〕、同日豊本線経由西鹿児島行き〔富士〕など、東京〜九州間を中心に13列車26往復が運行され、国鉄在来線特急の花形的存在だった。

 昭和のブルートレインと言えば、1978(昭和53)年頃から小・中学生を中心に巻き起こった「ブルートレインブーム」が思い出されるが、それはもう少し後の話。だが、その起点はこの「月刊鉄道ファン」の「ブルー・トレイン特集」にあった。


「月刊鉄道ファン」1975年1月号

SLブームの終焉を前に注目されたブルートレイン

 昭和40年代の鉄道シーンの中心は、蒸気機関車だった。JRグループの前身である国鉄(日本国有鉄道)は、1960(昭和35)年に開始した動力近代化計画によって蒸気機関車の廃止を進め、レールファンは全国各地に消えゆく蒸気機関車を追い求めた。
 1974年末は、そんなSLブームが最終段階を迎えようとしていた時期だ。国鉄の蒸気機関車は翌1975年度をもって全廃が決定しており、ごく一部の専用鉄道を除き、日本の鉄道シーンから蒸気機関車は姿を消そうとしていた。

 「月刊鉄道ファン」1975年1月号は、「SL全廃後」の鉄道趣味界を見据えて、同誌が創刊以来初めて総力を上げて取り組んだ「ブルー・トレイン特集号」だ。現職の国鉄技術者を中心とした執筆陣が、それまでのブルートレインの歴史と現状を、列車と車両の両面から約70ページにわたって紹介している。

 初のブルートレイン特集は読者からも評価も非常に高かった。続く1975年6月号で、3月10日の山陽新幹線博多開業に伴うブルートレインの再編を追った「”ブルー・トレイン”スペシャル」を、翌7月号では読者投稿を中心とした「あなたの”ブルー・トレイン”」を特集し、いずれも大人気となった。やがて、これらの雑誌特集で育ったレールファンたちが、3年後に始まる「ブルートレインブーム」で子供たちにブルトレ情報を発信していくことになる。

 さて、そんなことは夢にも知らず、買ってもらった「鉄道ファン」誌を片時も手放さず、きれいな青い特急列車を眺めているのが、当時まだ3歳の筆者こと栗原景(くりはら・かげり)だ。彼はまもなく鉄道が大好きな少年となって昭和50年代の鉄道を乗り歩き、やがて鉄道系のフリーライターとして「月刊鉄道ダイヤ情報」をはじめとするメディアに記事を書くようになる。

 この連載は、筆者の少年時代の体験を通して、ブルートレインブームや赤字ローカル線廃止、国鉄分割民営化などに揺れた昭和50〜60年代の鉄道風景を振り返っていく。残念ながら写真はあまり残っていないが、昭和の国鉄を彩った列車や車両もたくさん紹介していく予定だ。


【昭和の鉄道メモ】
交通博物館
 万世橋にあった博物館。1936(昭和11)年に、東京駅構内から移転する形で「鉄道博物館」としてオープンした。元々この場所には、中央本線の起点である万世橋駅があったが、東京駅の開業や関東大震災後の都市計画によって存在意義が薄れ、駅直結の施設として鉄道博物館が誘致された。万世橋駅は戦時中に休止(事実上の廃止)となったが、博物館は戦後広く交通機関を扱う「交通博物館」として再生。しかし設備の老朽化と敷地の狭さから2006年5月14日限りで閉館し、収蔵物は翌年大宮にオープンした「鉄道博物館」に引き継がれた。跡地は商業施設の「マーチエキュート神田万世橋」となり、旧万世橋の遺構も保存・公開されている。

かつて多くの少年少女たちが訪れた、神田の交通博物館。収蔵物のほとんどは大宮の鉄道博物館に移された(2006年4月29日撮影)

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著者略歴

  1. 栗原 景(くりはら・かげり)

    1971年、東京都生まれ。旅と鉄道、韓国を主なテーマとするフォトライター、ジャーナリスト。著書『東海道新幹線の車窓は、こんなに面白い!』(東洋経済新報社)、『テツ語辞典』(絵:池田邦彦、誠文堂新光社)、『アニメと鉄道ビジネス』(交通新聞社)、『鉄道へぇ~事典』(絵:井上広大・米村知倫、交通新聞社)、『国鉄時代の貨物列車を知ろう――昭和40年代の貨物輸送』(実業之日本社)など多数。

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