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「昭和の鉄道少年ものがたり」栗原景

第3回 時刻表との出会い

「コロコロ」のように分厚い謎の本

 1978(昭和53)年の初夏。小学1年生の僕は、いつものように実家の喫茶店「せぶうる」の片隅で、「コロコロコミック」を読んでいた。1年生の授業は午前中で終わり。給食を食べ、友だちと遊んで帰ってくると、ちょうど夕方の暇な時間帯だった。

 分厚いコロコロを読んでいると、カウンター席で母親も同じくらい分厚い本をめくっていることに気づいた。それなあに? 僕が尋ねると、

「ジコクヒョウよ」

 聞き覚えがあるような言葉が返ってきた。

「電車の時刻が全部書いてあるご本。野尻湖に行く電車を調べているのよ」

 野尻湖とは、長野県信濃町にある、ナウマン象の化石で有名な湖だ。この頃は野尻湖の近くに親戚がいて、毎年夏休みになると遊びに行くのが定番だった。信越本線の急行〔妙高〕で、上野駅から横川、軽井沢、長野を経由して黒姫駅まで約4時間半。特急〔あさま〕はほとんどが長野駅止まりで、金沢行き〔白山〕は黒姫駅に停車しなかったから、この頃は四人掛けボックスシートの急行〔妙高〕に乗るのが普通だった。乗りものに弱かった僕に、4時間あまりの電車旅は辛かったが、それでも急行列車に乗ってはるか長野県まででかけるのは、年に1回の楽しみだった。母は、時刻表を見てこの夏の黒姫行きの予定を検討していたのだ。

「どうやって見るの? 僕も見たい」

 こうして、小学1年生、六歳の僕は時刻表の見方を教えてもらった。当時の時刻表は、「国鉄監修 交通公社の時刻表」が最もメジャーな存在だったが、黒姫までの列車さえ確認できればよかったから、コンパクトなタイプだったかもしれない。

時刻表から世界が広がる

 時刻表の誌面は、驚きだった。数字ばかりがずらりと並んでいて、電車の姿がどこにもない。

「タテに並んでいる数字が電車で、左に書いてある駅を何時何分に発車するか書いてあるのよ」

 午前午後ではなく、24時制の時刻表記も初めて見た。最初は電話帳を見ているようで何がなんだかわからなかったが、しばらく眺めているうちに、時刻表に列車がどのように掲載されているのか、わかってきた。「レ」とあるのは、通過のことだ。「=」(実際は縦)とあれば、その駅は通過しない。太字で書かれているのは、急行や特急だ。寝台特急〔さくら〕も、新幹線〔ひかり〕も、いつどこを走っているか、全部載っているではないか。

 漢字で書かれた駅名も、結構読めた。コロコロコミックで「ドラえもん」をはじめとする漫画を読み込んでいたからだ。読めない駅名も、右側のページに平仮名が書かれているから、初めて目にする小さな駅の駅名だってどんどん覚えられる。


国鉄監修交通公社の時刻表1977(昭和52)年3月号より

 その日から、僕は「時刻表」の魔力に取りつかれた。時計を見ると夕方の5時30分。信越本線では、上野発長野行きエル特急〔あさま5号〕が、碓氷峠を登り切って軽井沢駅に到着したところだ。東北本線に目を移すと、仙台行き特急〔ひばり9号〕が郡山駅を発車する。今この瞬間、全国のどの路線でどの列車がどこを走っているのか、すぐわかる。それまで絵本や雑誌の写真でしか見たことのなかった数多くの列車たちが、現実に存在し毎日走っていることに興奮した。さらに、時刻表をちょっとめくれば、上野駅を何時に出発すれば、どこで何番線のなんという列車に乗り換えて、札幌駅に何時に着くかだってわかる。時刻表が読めれば、日本全国どこにだって行けるじゃないか。

 急に自分の世界が広がったような気がして、僕は時間を忘れて時刻表を読みふけった。

筆者が小学1年生だった頃の、「交通公社の時刻表」。左は1978(昭和53)年10月号(復刻版)、右は1977(昭和52)年3月号で、当時は450円だった

昭和の鉄道メモ(3)
急行〔妙高〕

 1950(昭和25)年10月に上野〜直江津間で運行を開始した準急列車がルーツ。1958(昭和33)年に〔妙高〕と名づけられ、1963(昭和38)年に登場した上野〜長野間の急行〔信州〕とともに、信越本線のエース格として活躍した。碓氷峠での機関車との協調運転に対応した169系急行形電車の12両編成、グリーン車を2両も連結するなど堂々とした編成だったが、やがて特急〔あさま〕に格上げされて夜行のみとなり、1993(平成5)年に廃止された。

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著者略歴

  1. 栗原 景(くりはら・かげり)

    1971年、東京都生まれ。旅と鉄道、韓国を主なテーマとするフォトライター、ジャーナリスト。著書『東海道新幹線の車窓は、こんなに面白い!』(東洋経済新報社)、『テツ語辞典』(絵:池田邦彦、誠文堂新光社)、『アニメと鉄道ビジネス』(交通新聞社)、『鉄道へぇ~事典』(絵:井上広大・米村知倫、交通新聞社)、『国鉄時代の貨物列車を知ろう――昭和40年代の貨物輸送』(実業之日本社)など多数。

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