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「韓国語の単語はこう覚える~外来語編~」河崎啓剛

第8回 子音の対応規則(3)

 前回に引き続き、今回のお話も、前々回(第6回)のお話の「補足」です。知らなくても韓国語の学習には困りませんが、第6回で紹介した対応規則が「なぜそうなるのか」まで気になる人のために、「少し」解説しておきましょう。

 

◆ r /l → /ㄹㄹ のお話

 韓国語では R と L の区別ができます。ただし「語頭」ではなく「語中」に限りますが。韓国語の ㄹ [r/l] は、普通、初声では日本語のラ行と同じ R の音(「はじき音」。舌先でパラッとはじく一瞬の音)ですが、終声(パッチム)の場合や、ㄹㄹと連続した場合には発音が自動的に Lの音(「側音」。舌先をベタッと歯茎につけたまま舌の両側からずっと出し続けられる音)に変わりますので、その違いを利用して英語の R と L を区別できるわけですね。

 ただし、語頭では ㄹㄹ の連続が作れませんので、やっぱり区別できません。right(라이트) と light(라이트)の区別は、韓国語でも難しいわけです。ちなみに、디즈니랜드(Disneyland, ディズニーランド)のような場合には、「語中の L なのに、なぜ ㄹㄹ にしないの?」と思うかもしれませんが、それはやりません。だって、やっぱり 디즈니(ディズニー) + 랜드(ランド) ですから。러브레터(love letter, ラブレター)の場合も同じです。

 ここで少しまた脱線しますが、時々「日本語のラ行は R よりも L に近い」という主張をあちこちで見かける事がありますが、それはあまり正しくありません。実は日本語でも「ん」や「っ」の後のラ行、つまり「だんらん」「はんろん」「アッラー」「あっれえ?」「かっら(辛)!」のようなラ行は L に近くなる等という事はあるのですが、そういう特殊な場合でなければ、日本語のラ行は基本的に R です。おそらく英語の R の発音が日本語のラ行とだいぶ印象が違うことを意識しての主張かと思いますが、それはむしろ英語の R がかなり特殊な R だからです。R は言語によってかなり多様な発音で現れるのですが、日本語のラ行の子音は、英語の R などよりよほど典型的な R に近い発音です。戦国時代のポルトガルの宣教師も、ヘボン式ローマ字のヘボン Hepburn さん(アメリカ人)も、R と L を区別する西洋の人々はみな日本語のラ行を R で書きました。だから日本語ローマ字表記でも R で書いているわけですね。日本語のラ行はほぼ典型的な R で、場合によっては L に近い発音になることもある、という具合に理解しておくのが良いでしょう。

 

◆ th[θ]/th[ð] → / のお話

 英語の th[θ, ð] はご存知の通り難しい発音です。でもご安心下さい、世界中の人が難しがっています。ただ、これは文字通り「t(d) からちょっと息がもれる音」ですので、「t(d) に近い音」と認識される事が一般的です。日本語の外来語では「s(z) に近い」と認識されて、サ行(ザ行)になりますね。

 前回紹介しました通り、韓国語では基本的には濁らない th[θ]は ㅅ に、濁る th[ð] は ㄷ になります。前者 s(ㅅ)は日本語と似ていますが、s が濁った z が韓国語に無いせいでしょうか、後者はグローバルスタンダードの d(ㄷ) の方となり、イビツな対応規則になっています。また「濁らない th[θ] なのに ㄷ になる」例外がいくつかある事も第6回の最後に紹介しました。

 さて、以上のお話は「標準語」としての規範的な外来語のお話でした。一方、日常会話の世界では、どうやらその「例外」ともまた別の次元で、「濁らない th[θ] も最大限、原音に忠実に発音すれば ㄷ(ㄸ) になる」という感覚があるようです。例えば英語の Thank you! のつもりで、日本語では「サンキュー!」と言いますが、韓国語では「떙큐!」と言います。Something も「썸띵」などとよく発音・表記されます。「標準語」としては、紹介した規則通りに「생큐!」や「섬싱」とするのが「正しい」はずですよね。譬えるなら、Shut up(黙れ!)をセオリー通りの「シャットアップ!」ではなくて本当に聞こえるまま、「シャラップ!」と表現しているような感じ、とでもいいましょうか。

 この 땡큐(thank you) や 썸띵(something)において、なぜ ㄷ, ㅅ ではなく濃音 ㄸ, ㅆ になっているのかという話も、大変重要ですのでこの機会に説明しておきましょう。韓国語では、特に外来語の場合、語頭の平音をしばしば「濃音化」させて発音するクセがあります。その方が外来語っぽいと思うのでしょうか。それは「非規範的」で、標準語としては外来語に濃音は使わず平音を使うよう定められているのですが、「땡큐!」などはそもそもくだけていますので、まじめに正書法など守らず発音どーりに書かれる事が多いわけです。皆さんも、例えば「どうも!」をくだけて「どーも!」などと書いたりする事も多いのではないでしょうか。

 この「外来語の濃音化」現象は「非規範的」であるため、授業や教科書ではなかなか本格的に「学習」する機会が無いのですが、日常会話の世界では大変幅をきかせている重要な現象です。例えば 버스(バス)も、標準的・教科書的発音は [버스] ですが、実際には日常会話では [뻐스]と発音されています。それでも書く時には必ず「버스」です。게임(game, ゲーム)→[께임]、서클(circle, サークル)→[써클]、댄스(dance, ダンス)→[땐스]、잼(jam, ジャム)→[쨈]、백(bag, バッグ)→[빽]…など、このような口語における濃音化の例は枚挙に暇がありません。

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著者略歴

  1. 河崎啓剛(かわさき・けいごう)

    東京大学大学院総合文化研究科准教授。東京大学教養学部超域文化科学科言語情報科学分科卒業。ソウル大学校大学院国語国文学科博士課程修了。文学博士。崇実大学校日語日文学科(韓国ソウル)助教授、帝京大学外国語学部講師を経て、現職。専門は言語学、韓国語学、韓国語史、日韓対照言語学。著書に『中世韓国語感動法とは何か』(原題は韓国語)(韓国京畿道:新丘文化社、2017年)など。

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