第3回 日本語では「ア」になる英語の4つの母音(2)
今回のお話は、第2回のお話の「補足」です。今回のお話は知らなくても韓国語学習には困らないのですが、前回紹介した対応規則が「なぜそうなるのか」という所まできちんと理解しておきたい人のために、発音記号で[ɑ][æ][ʌ][ə]と書かれる英語の4つの母音について、少し解説しておきましょう。これらは実際はみな違う母音なのに、母音の数が5個しかない日本語の耳では、全部「ア」に聞こえてしまうわけですね。
◆ 日本語で「アー」になる ar [ɑː] → ㅏ
ar と書く「アー」は、[ɑ]が長くなった[ɑː]という母音です。[ɑ]は、日本語の「ア」や韓国語の「ㅏ」に近い母音で、大体同じと考えてかまいません(微妙に「オ」が混じったような音なのですが)。これは韓国語の耳でも普通に「ㅏ」に聞こえますので、「ㅏ」で受け入れます。
◆ 日本語で「ア」になる a [æ] → ㅐ
次に、それ以外の a と書く「ア」は、大方、アメリカ英語では [æ] という母音で発音されます。(実は[ɑ]となる場合もありますが、ここでは深入りしません。また韓国語の外来語はみなアメリカ英語の発音に基づくのかというと、そう単純でもありません。)
[æ]は、文字通り a と e の中間の音で、口を大きく開けて「アエ」と一度に言うような発音です。韓国語の耳では、この音がまさに ㅐ[ɛ] (口の開きが広い エ)に近く聞こえたわけです。ご存知の通り、今ではほとんど区別されていませんが、もともとは口の開きが広い ㅐ[ɛ] と口の開きが狭い ㅔ[e] の区別があったのでしたね。(æ は ɛ より更にもう少し広い音です。)
ちなみに、韓国語のローマ字表記では ㅐ の母音は普通 ae と表記されます。(例:태권도 Taekwondo テコンドー(跆拳道), 대구 Daegu テグ(大邱), 이태원Itaewon イテウォン(梨泰院))
◆ 日本語で「アー」になる er, ir, ur, or [əː] → ㅓ
また、英語で er, ir, ur, or 等と書く「アー」は、[ə]が長くなった[əː]という母音です。[ə]はいわゆる「曖昧母音」で、その名の通り「ア・イ・ウ・エ・オ」どれともつかないような中間的で曖昧な母音です。スペルからも分かる通り、[e][i][u][o]等の発音が歴史的にどんどん曖昧で不明瞭になり、ついには全部同じになってしまった発音、と考えればよいかと思います。日本語の耳では、(無理して仕方なく)「ア」の守備範囲に入れますが、日本語より母音の数が多い韓国語の耳では、「ㅏ」ではなくむしろ「ㅓ」の守備範囲に入るわけです。
◆ 日本語で「ア」になる u, o, ou [ʌ] → ㅓ
最後に、英語で u, o, ou 等と書く「ア」は、[ʌ]という母音です。ご存知の通り、韓国語の ㅓ[ɔ] は口の開きの大きい「オ」なのですが、その「唇の丸め」をとると[ʌ]となり、日本語の耳では「ア」に聞こえるようになります。実は韓国語の ㅓ[ɔ]は(特に韓国では) [ʌ] だと説明される事も多く、また場合によっては曖昧母音 [ə]でも発音される、非常に守備範囲の広い音です。つまり英語の [ʌ]も [ə] も、韓国語の耳では明確に ㅓ の守備範囲に入り ㅓ の一種に聞こえるというわけです。
以上、前回のお話と合わせて、⽇本語では全て「ア」になってしまう英語の4つの⺟⾳[ɑ][æ][ʌ][ə]が、韓国語ではそれぞれ ㅏ, ㅐ, ㅓ, ㅓ の母音で受け入れられるというお話、そして英語のスペルを見れば[ɑ][æ][ʌ][ə]のうちどれなのかは大体分かるというお話でした。まずはこの対応を知っているだけで、かなり韓国語の語形が予想できるようになるはずです。
ところが、早速、第1回の記事の最後に示した外来語リストを使って確かめて見ますと… アプリケーション (application, 어플리케이션), サラダ (salad, 샐러드)のような「例外」が出てきます。ar 以外の a の発音は(アメリカ英語では大方) [æ] なので ㅐ になる、とした説明が当てはまりませんね。実は、英語の正確な発音を知っていれば本当は「例外」ではない事がすぐに分かるのですが、ここには英語の「母音弱化」という大変重要な現象が反映されています。
次回は、2音節以上の英単語で注意が必要になる、この英語の「母音弱化」現象に関するお話をしましょう。
※この他、ピザ (pizza, 피자)やアイデア (idea, 아이디어)等も「例外」となってしまいますが、学習効率の観点から「重要度順」に解説して行きたい思いますので、それぞれ謎が解けるまでしばらくお付き合い下さい。