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往復書簡 「あなたへ」と「あなたから」のあわいで 高柳聡子/アレクサンドラ・プリマック

2024年12月

高柳さん

 今年の冬の暖かさ、ニューイヤーの季節にふさわしくないですね。その暖かさにがっかりする日本人もいるでしょう。私は一生分の雪を子供のころに見てきましたので、特に「クリスマスだから冬のおとぎ話のような雰囲気がいい」とは思いません。というか、今の時代は冬のおとぎ話よりコカ・コーラのCMでしょうか。先日、ハンガリー人とその話をして、「私は子供の頃からコカ・コーラのCMをクリスマスの前触れとして考えたけど、今年のCMは生成AIに作られて落ち込んでいる」と言われました。

 ロシアは2年連続コカ・コーラのCMなしで新年を迎えるでしょう。しかし、人々はそれであまり落ち込まない気がします。前回、「毎年12月に自分のロシア人らしさを強く感じています」と書きましたが、やはりそうです。高柳さんもご存知だと思いますが、ロシアにはニューイヤーより大きい祝祭日がありません。毎年12月になると、日本人や欧米人の友達に「クリスマスの予定は?」と聞かれ、ロシア人はクリスマスを祝わないと答えるとみんなが驚きます。そして翌年また同じ会話が繰り返されます(笑)。

 ニューイヤーは無神論のソ連の政府がでっち上げた、宗教のコンテクストが深いクリスマスの身代わりですね。しかし、ソ連崩壊の後で生まれた私の世代にとっては、普通に当たり前の人生の一部です。私はずっと大晦日の夜──日本語で「大晦日」をタイプすると、そばの香りがしてきて違和感を感じます。やはり、「大晦日の夜」と「ニューイヤーの夜」はイメージが衝撃的に違います──ニューイヤーの夜がとても好きでした。年末の過ごし方は親の影響が大きいと思いますが、母が心をこめて家を飾りました。カラーパレットも決めて、色んなところにティンセルを巻いて、クリスマスツリーのオーナメントもコーディネートしました(言語の抵抗はやはり強いです。書くと、「クリスマスツリーなんかない! ニューイヤーツリーだ!」と内なる声が叫んでしまいます)。

 31日になると、起きてからずっとワクワクしていました。ニューイヤーディナーはお祝いの大事な一部なので、何時間もかけて『運命の皮肉、あるいはいい湯を』という映画を見ながらみんなで作りました。家族によって何を食べるかはだいぶ違いますが、二つの不可欠なものがあります。一つはオリヴィエ・サラダですね。そしてもう一つはシャンパンです。シャンパンがないと、時計が12時を打つ間に願い事をできません。願い事は必ずみんなにあります。ニューイヤーの夜は奇跡の夜ですから。馬鹿馬鹿しい話ですが、私はなぜか今でも奇跡の夜だと思っています。大人になったら奇跡はもう起きないのに。

 その一年間の一つだけの夜の有意義さを今でも追求している気がします。去年の12月31日、広島に行って、12時の願い事を原爆ドームでしました。大晦日の深夜、原爆ドームに行く人は自分しかいないと思ったら、意外といました。同時に来ていた家族はどうしてここに来ようと思ったか分かりませんが、嬉しかったです。帰りの新幹線の中で詩を書きました。

 急に詩を書くことも、なんかロシア人っぽいですね。今年に高柳さんや読者の皆様や世界に願いたいことは去年と変わらないので、今年の最後の手紙を詩で締めさせてください。

ヒロシア

1.
ロシア狂人の作家は
渋谷を歩き
さえずる女子高生の話を盗み聞きする
『なんたらかんたらいいセンス』
「……センスと平和……」
『なんたらかんたら彼とセックス』
「……セックスと平和……」
『なんたらかんたらナンセンス』
「……ナンセンスな平和……」
と呟く
『戦争と平凡』、ロシア作家の大新作
平凡な平和
渋谷の平凡な日々
くだらない
死が烈しいダンスを披露している年に
アイドルの話をするところなのかい?
ここはやっぱり非ロシアだ

2.
「ロシア人ってなんで皆悲劇的なのか?」
と7年前スイスの電車で聞かれた
窓の外は亡命者の涙でできたレマン湖と
天国の子羊の牧草
ガタンゴトン
東京駅で11時のヒロシマ行きのぞみ
ガタンゴトン
「シベリア鉄道、電車は『ガタンゴトン』と言わないと知ってる?」
シベリア鉄道、電車は無音に泣く
シベリアの電車は
強制収容所で凍え死んだひいおばあさまを悼む

3.
ホテルのアンケートに
訪問の目的として
「悲しみに来た」と書いてしまった
ダメ?
12月31日23時54分
原爆ドーム着
私だけじゃない
見知らぬ人12人も
この瞬間にここにいる事を選んだんだ
やはり私だけじゃない
私は一人じゃない
ここは非ロシアだけど
悲しめるのは私一人じゃない

ドームの荊冠を見つめる
ドームは逆さまのボッティチェッリの『地獄図』に見える
そして見知らぬ子供たちは
残骸を通して星を識別すると
無絶望無希望の場所から脱走する

アレクサンドラ・プリマック



アレクサンドラさん

 素晴らしいお手紙をありがとう。クリスマスプレゼント(ニューイヤープレゼントと言うべきでしょうか?)をもらった気持ちです。

 実は私も、「ヒロシマ」を「ロシア」と見間違えることがよくあり、カタカナ表記の「ヒロシマ」に潜む「ロシア」をいつも感じていたのですが、これまでは単純に視覚的な類似性による錯覚と理解していたものが、アレクサンドラさんの詩の中で見事にひとつの世界を成すのを見て興奮してしまいました。

 「のぞみ」が連れていく場所が「ヒロシマ」で、「非ロシア」にいる一人のロシア人の記憶を触発して言葉となり、時間も場所も超えてダンテの地獄めぐりへとたどり着くこの詩は、読み手にとっても時空と次元を超越した壮大な旅のようですね。次に「のぞみ」に乗るとき、静かに走行するあの新幹線の中で、きっと私は「無音で走るシベリア鉄道」の旅を追体験することになることでしょう。

 おっしゃるとおり、日本語の「大晦日」と「ニューイヤー」では、想起するイメージがまるで異なりますよね。日本では12月になると街にクリスマスソングが流れだし、クリスマスツリーが飾られますが、ソ連と同じくまったく宗教的なものではなく、けれどもソ連とはまったく違って完全に商業的なものです。そして、12月25日が過ぎると、一気に街は装いを変え、お正月を迎えるための客を呼ぶ音楽や商品、ディスプレイに様変わりしてしまいます。まるで歌舞伎の早替わりのよう。それでも街が明るくなり、人びとの足取りが早くなると、ようやく今年も終わるのだと心がほのかに動くのを感じて、なんだかほっとする自分も確かにいるのです。

 数年前に、12月20日にロシアへ飛び、年末のモスクワを楽しんだことがありました。日本とは桁違いのイルミネーションの明るさにクラクラしながら、レーニンがこの景色を見たらなんて思うのだろう、彼が目指した電化の未来にここまで眩いモスクワは想定されていたのだろうか、と思ったりしました。

 日本の電飾もこの時期は明るく輝いてはいますが(モスクワにはまるで敵いませんが)、私にとって、大晦日やお正月は、どちらかというと〈火〉のイメージです。神社や寺では、大晦日の夜やお正月にお焚き上げ(焚火)をしていて、空に向かって大きく燃え盛る火を見ていると、炎の形が絶え間なく変わり、人の姿に見えるときもあって、まるで魂があるみたいだと感じていました。顔をほてらせながらあの炎をじっと見つめていた幼い私は、さまざまな感情が浄化されていくような気がしていたのだろうと、今はそう思います。私が世界の終わりを思うとき、洪水よりも大火のほうが想像しやすいのは、そんな体験を身体が記憶しているせいかもしれません。


 まもなく今年も終わりますが、年末に心から安堵を感じることは今年も難しそうです。大人になってからの私は、クリスマスには「今日このときに世界に飢えている子が一人もいませんように」と、元旦には「世界が隈なく平和でありますように」と祈ることにしています。神様レベルの人に頼むのだから、個人の小さな願いを託すのはやめようと、あるとき思い立ったからなのですが、この願いが叶うには、まだまだ時間がかかるようです。それでも懲りずに今年もまた、いつもよりも念入りにお願いしてみるつもりです。

 一方で、地上の私たちにできることも忘れることはできません。継続している戦争も、新たに始まった戦争も、なんとか止められないものかという思いは消えず、自分にできる小さな努力を来年も続けていくことになるのでしょう(でもまだ年内の停戦を願ってはいます)。アレクサンドラさんと取り組んでいる『ROAR』の翻訳をはじめ、雑誌にも反戦詩を紹介したりしましたが、向き合えば向き合うほど、戦争を止める方法なんてあるのだろうか、という問いが生じてきます。そんな自分を諭すように、なんの予定もないこの暮れは『ROAR』の詩の一篇を訳しながら過ごそうかと思っています。

 この往復書簡を始めた2024年は、私にとっては実り多い一年でした。かけがえのない相棒となってくれたアレクサンドラさんのニューイヤーが幸福な時間となりますように。そして、シベリア鉄道の声なき涙が凍てつくことなく凍え死んだひいおばあさまの魂を温めてくれますように。逃亡した子どもたちが希望にたどりつけますように。すべての人に温かな居場所がありますように。

 どうぞ良いお年をお迎えください。

高柳聡子

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著者略歴

  1. 高柳聡子(たかやなぎ・さとこ)

    福岡県生まれ。ロシア文学者、翻訳者。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。おもにロシア語圏の女性文学とフェミニズム史を研究中。著書に『ロシアの女性誌──時代を映す女たち』(群像社、2018年)『埃だらけのすももを売ればよい ロシア銀の時代の女性詩人たち』(書肆侃侃房、2024年)、訳書にイリヤ・チラーキ『集中治療室の手紙』(群像社、 2019年)、ローラ・ベロイワン「濃縮闇──コンデンス」(『現代ロシア文学入門』垣内出版、2022年所収)、ダリア・セレンコ『女の子たちと公的機関 ロシアのフェミニストが目覚めるとき』(エトセトラブックス)など。

  2. アレクサンドラ・プリマック

    ロシア生まれ、ヨーロッパ育ち。スペイン、イギリスに住んで、2018年に日本に移住する。University College Londonでロシア詩人のヨシフ・ブロツキーを研究、上智大学で太宰治の作品を研究した。在学中ロシア語で詩や記事を執筆して、雑誌『新世界』等に掲載される。2016 年にロシアの若手詩人賞受賞。現在は出版社に勤めながら、日本文学とロシア文学との繋がりを回復することを目指して、翻訳や執筆に従事している。夢は日本の小説家になること。

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