第8回 目的語の人称代名詞など
英語とフランス語の似ているようでちがうところを、ふだんよく使う表現や文のかたちから探しています。今月は、目的語の人称代名詞の使い方を中心に見ていきます。
今月の表現
1)塩を取ってもらえますか?
英 Could you pass me the salt? / Could you pass the salt to me?
仏 Pouvez-vous me passer le sel ?
2)彼らにそれを与えた。
英 I gave it to them. / I gave them it.
仏 Je le leur ai donné.
3)彼が私を彼らに紹介してくれた。
英 He introduced me to them.
仏 Il mʼa présenté à eux..
4)私は彼らを駅まで送った
英 I drove them to the station.
仏 Je les ai emmenés à la gare.
Steve:leur も英語話者にむずかしい項目のひとつ。ses とleur を混乱する人は多いよ。
Mariko:Steve、ごめん、なに言ってるのかわからない…… leur がむずかしい、というのはちょっとわかる。所有形容詞のleur と、間接目的語代名詞のleur があるから。でも、ses とleur を混乱するってどういうこと?
Steve:まず、their と、to them(あるいはfor them)、両方ともフランス語だとleur と言うことが、理解しにくいわけ。しかも、「彼の」「彼女の」「それの」については区別せず、所有対象が男性単数名詞か女性単数名詞か複数名詞かによって、son, sa, ses の区別があるという英語にはないルールに、混乱するんだよ。their friends の意味のつもりで、leurs copains でなく、× ses copains と言ってしまうとか。私はフランス語より先にスペイン語を覚えたから、なおさらses とleur で混乱する。スペイン語だと、「彼の」「彼女の」でも「彼らの」でも「あなたの」でも、友達1人なら su amigo、複数ならsus amigos だからね。
Mariko:なるほど。私は逆にmy, your, his, her, our, their を複数形の名詞に使う時、形が同じでいいのか不安になるけどね。
Steve:代名詞のleur の方は、to them, for them の意味と覚えても、語順の違いがあるからむずかしいよ。“I gave it to them.” をフランス語にしたら、« Je le leur ai donné. »となる。
Mariko:うん。フランス語は、直接目的語も間接目的語も代名詞にしたら、動詞の前。英語話者には、そんなことが難しい? 日本語と英語、日本語とフランス語の語順の違いに比べたら何でもないことの気がするけど(笑)。
Steve:目的語がふたつある場合、英語なら、“I gave them it.” でも、“I gave it to them.”でもいいのにさ、フランス語だと« Je le leur ai donné. »というかたちでしか言えないし。leur は混乱することばっかりなんだよ。
Mariko:え、1つしかない方がよっぽどわかりやすいじゃない? 反対に私は、leur が、them となることも、to them となることもあるという方が、わからない。“I gave them it.” と言うのと、“I gave it to them.” と言うのとでは、どんな違いがあるの?
Steve:同じ。
Mariko:え、でも、英文法の参考書に、誰にあげたのかという情報がより重要なら、“I gave it to them.” と言うって書いてあるのを読んだけど。
Steve:そう?…… “Could you pass me the salt?” と、“Could you pass the salt to me?”……同じだよ。“Could you pass me the salt?” の方でも、me を強調して言えばいいいよ。短い方が言いやすいというくらいの違いだね。
Mariko:へえ。
Steve:leur の問題はまだあるんだよ、themがleur じゃなくて、les になることがある。“I drove them to the station.” をフランス語にすると« Je les ai emmenés à la gare. » になる。
Mariko:「彼らを」はemmener の直接目的だからね。
Steve:フランス語では目的語の三人称代名詞は、直接目的の時と、間接目的の時と形が違うんだよね。
Mariko:あ、英語だと、to me になる動詞とfor me になる動詞があるじゃない? あれはちょっと混乱する。覚えなきゃいけないのよね?
Steve:覚えてください。
Mariko:フランス語では、どっちもme で大丈夫なのに。“He sent an email to me.” は、« Il mʼa envoyé un e-mail. » で、“She made a cake for me.” も、« Elle mʼa fait un gâteau. »と言う。
Steve:あ、to them がà eux となる時もあるね。“He introduced me to them.” をフランス語にする時、« × Il me leur a présenté. » とは言えなくて、« Il mʼa présenté à eux.» と言わないといけない。
Mariko:直接目的語がme, te, nous, vous の時は、間接目的語の代名詞lui, leur を使わずに、à lui, à eux と言うきまりね。
Steve:間接目的語の代名詞と強勢形も間違いやすいよね。強勢形は、「彼」ならlui、「彼女」ならelle なのに、間接目的語の三人称単数の代名詞は「彼に」も「彼女に」もlui になる。私は、女性にlui を使うと変な感じがするんだよね、イギリスの中学校でフランス語習い始めた時にlui は男性とインプットされたし、英語ではhis とher、himとher はいつも区別するから。
Mariko:そうだ、強勢形のこと聞きたいと思ってた。強勢形は、前置詞の後で使うか、主語を強調して文頭で使うものだけど、フランス語では« Moi je… » で切り返すことが結構あるでしょ? でも、英語では、“Me I… ” って言わないよね?
Steve:« Moi jʼaime la bière. » みたいに、“Me I like beer.” って言えるよ。あんまり言わないけど。そう言えば、フランス人の編集者が私のフランス語を直す時に、強勢形が追加されてることがよくあるなぁ。その方が自然なフランス語なんだね。
【今月のまとめ】
目的語がふたつある文のかたちは、英語では2通りありますが、フランス語では1つ。フランス語では、直接目的語の三人称代名詞はle、la、les、間接目的語の三人称代名詞はlui、leur。
《カナダ英語圏 フランス語ランドスケープ》
バンクーバーにある公立のSimon Fraser 大学には、Baff (Bureau des affaires francophones et francophiles)という部署があります。ブリティッシュコロンビア州におけるフランス語による高等教育のニーズに応えるため、カナダの文化遺産省と州の教育省の助成を受け、また学内の各学部と連携して、教育言語をフランス語とするプログラムの発展、支援、宣伝を行うところです。また、州のフランス語コミュニティと連携し、様々な文化活動も企画しています。
◇初出=『ふらんす』2017年11月号