最終回 anyをフランス語で言うと?
日本語とフランス語、日本語と英語に比べたら、フランス語と英語はずっと近いのに、少し違うところもあって、とまどうことがあります。そんな違いを探してきた連載も最終回となりました。今回は、英語のanyに対応するフランス語を整理します。
今月の表現
1)お兄さんから便りはないの?
仏 Tu nʼas pas de nouvelles de ton frère ?
英 Donʼt you have any news from your brother?
Do you not have any news from your brother?
2)どんな学生でもそれはわかるだろう。
仏 Nʼimporte quel étudiant saurait ça.
英 Any students would know that.
3)ひとつも問題はなかった。
仏 Je nʼai eu aucun problème.
英 I didnʼt have any problems.
4)彼は何も言わなかった。
仏 Il nʼa rien dit.
英 He didnʼt say anything.
Mariko:この連載の第7回で冠詞の話をした時、漠然と「いくつかの」「いくらかの」と言うなら、英語では冠詞なしかsomeで、フランス語では数えられる名詞の複数にはdes、数えられない名詞には部分冠詞のdu, de laを使うって整理したじゃない?その時に、« Tu veux du café ? »を英語にするなら、“Do you want some coffee?”か、“Do you want any coffee?”だけど、someを使うのは“Yes”を想定した質問で、anyの方は“No”を想定してるって、Steve言ったよね?
Steve:文法の教科書では、そう説明される。だけど、ふだんの会話だと、皆そんなつもりもなくsomeとanyを使ってるんじゃないかな。
Mariko:私、anyの意味がよくわからない。授業とかで、Steveが“Any questions?”と聞く時、あれは« Avez-vous des questions ? »なの? « Pas de questions ? »の感じじゃないの?
Steve:“Some questions?”って使わない言い方だからさ。ふつう“Any questions?”と聞くんだよね。省略しないで、“Has anyone got some questions?”とは言う。“Has anyone got any questions?”とも言う。その区別は意識してないなぁ。口から出た方を使う。
Mariko:意識しないんだ。
Steve:“Any questions?”は、「何か質問があればどうぞ」の感じ。次の話題に移る前に質問がないか確認するなら、“No questions?”だよ。
Mariko :じゃあ、« Tu nʼas pas de nouvelles de ton frère ? »を英語で言うとどうなる? “Donʼt you have any news from your brother?”でいい?
Steve:“Donʼt you have any news from your brother?”は、文法書的には“No”を予想した質問なんだけど、声の調子や文脈によっては、“Yes”の答えを期待しているとも考えられる。そのフランス語も、« Si »の答えを期待して言ってる可能性もあるでしょ? “Do you not have any news from your brother?”とも言えるよ。これだと質問している人は、便りはないんだろうと悲観的な想定をしているように聞こえる。
Mariko:フランス語では、否定文では不定冠詞、部分冠詞は使えなくて、pas deになるけど、anyは使えるのよね。
Steve:そう、だから、英語話者はよく、« Je nʼai pas dʼeau. »と言うべきところで、« Je nʼai pas de lʼeau. »と言ってしまう。
Mariko:anyって肯定文のなかで使うこともあるでしょ? たとえば、“Any students would know that.”をフランス語にするなら、« Tous les étudiants sauraient ça. »と訳す? それとも、« Nʼimporte quel étudiant saurait ça. »にする?
Steve:肯定文のなかのanyは、nʼimporte quelの意味に近いと思う。その文ならどっちでもいいけど、« Nʼimporte quel étudiant... »の方が近いよ。“Which doctor would you like to see?”(どの先生に診てもらいたいですか)と聞かれて、“I donʼt mind, anyone is fine.”(どなたでも結構です)と言う時のanyoneも、フランス語ならnʼimporte lequelだね。
Mariko:それ、全部訳すなら« Quel docteur voudriez-vous voir ? » « Ça mʼest égal. Nʼimporte lequel ça sera bien. »となるかな。
Steve:あるいは« Nʼimporte quel docteur mʼira. »とかね。あ、“Anyway, he passed the exam.”(ともかく、彼は試験に通った)は、« De toute façon, il a réussi à lʼexamen. »だね。
Mariko:ね、否定文のなかのanyだけど、“I didnʼt meet any problem.”は、« Je nʼai rencontré aucun problème. »の意味でしょ?
Steve:うん、そう。合ってるよ。
Mariko:この文はaucun以外には訳せないからすぐわかるんだけど、たまにaucun(e)の意味か、nʼimporte quel(le)の意味か、わからないものもある気がする。たとえば、“He wonʼt accept any work.”とか。
Steve:ああ、もしanyが強調されていたら、« Il nʼacceptera pas nʼimporte quel travail. »(彼はどんな仕事でも引き受けるわけではないだろう)という意味だけど、anyが強調されていなければ、« Il nʼacceptera aucun travail. »(彼はどんな仕事も引き受けないだろう)の意味だよ。書き言葉なら文脈しだい。
Mariko:なるほど。否定文のanythingってrienなのよね。rienはnothingかと思うけど。“He said something.”の否定文は、“He said nothing.”, “He didnʼt say anything.”、どっちでもいいの?
Steve:どっちでもいいけど、“He said nothing.”とはあんまり言わないよ。
Mariko:私は、« Il nʼa rien dit. »の意味のつもりで、“He didnʼt say nothing.”と言いそうになる。
Steve:それはフランス語話者によくある間違いだけど、英語ネイティブでも、« Il nʼa rien dit. »の意味で、“He didnʼt say nothing.”と言う人はいるんだよ。でも、教養がないと思われる(笑)。“He didnʼt say nothing.”は、文法上正しい意味は“He said something.”のことだからね。
【今月のまとめ】
フランス語では、否定文では不定冠詞・部分冠詞は使えずdeになる。肯定文中のanyは、nʼimporte quel(le)、否定文中のanyは主にaucun(e)に対応する。
《カナダ英語圏 フランス語ランドスケープ》
カナダでは、英語で教育を行う公立校でも、フランス語で教育を行うフレンチイマージョンコースを併設している所があります。バイリンガルの育成がねらいです。フランス語で教える科目は、幼稚園から小学校低学年までは100パーセントで、それ以降はしだいに減ります。フランス語人口の最も低いBC州でも近年、フレンチイマージョンの人気が高まり、2000年の調査では登録者数は全生徒の2パーセントでしたが、2017年には10パーセントとなっています。写真はノースバンクーバーにあるフレンチイマージョン併設小学校のひとつ。
◇初出=『ふらんす』2018年3月号