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小沼純一「詩(うた)と歌(うた)のあわいで」

第3回 『王と鳥』

 《枯葉》の作曲者、ジョゼフ・コスマは東からやってきた。ハンガリー、ブダペストに 1905 年に生まれた。

 フランツ・リスト音楽院ではバルトークに師事した。オペラ座の副指揮者をしていたが、奨学金を得ることができてベルリンへと留学したのは 1928 年。かの地ではハンス・アイスラーに師事した。そのつながりからベルトルト・ブレヒトとも知り合う。またリリー・アペルと出会い結婚したことも忘れるべきではなかろう。ユダヤ系だったためにナチス擡頭の折に、ふたりはフランスへと脱出したのだったから。1933 年のことだ。

 コスマがパリで出会ったのがプレヴェール。プレヴェールは何かと世話をやき、ジャン・ルノワールに紹介したり、フランスがドイツ占領下にあったときには南仏コート・ダジュールに近いアルプ= マルティーム県に匿ったりもしていた。

 コスマはプレヴェールのことば─詩と呼べばいいのか詞と呼べばいいのかは難しいところだが─にメロディをつける。こうしてできたシャ ンソンは 1930年代から 50 年代まで、《二匹の蝸牛葬式に出かける》《愛しあう子どもたち》《私は私、このまんまなの》が、そして反戦的な《バルバラ》が、60 曲を越えるほどもある。もちろんほかにもたくさんうたは書いている。ロベール・デスノス、レイモン・クノー、フランシス・カルコといった詩人、なかにはサルトルの、なんかだってある。

 シャンソンだけではない。プレヴェールといえば詩人としてアメリカでの活動時期ははずれているけれど、ジャン・ルノワールのフランスでの作品、30 年代の『ピクニック』『大いなる幻影』『獣人』が、そして 50 年代、『恋多き女』『草の上の朝食』『捕えられた伍長』。そして、プレヴェールとかかわったのが『天井桟敷の人々』、《枯葉》のメロディがながれる、すでに前回ふれた『夜の門』、そして『火の接吻』へ。

 だが、この後、コスマとプレヴェールは離反してしまうのだ。

 第二次世界大戦が終了して、ポール・グリモーはプレヴェールと長篇アニメーション映画の計画をたてる。どの時点で、コスマが加わることになったのかはわからない。だが、3 人が一緒につくった短篇『小さな兵士』(1947)から、『やぶにらみの暴君』へとごくなだらかにつづいていったのではないだろうか。

 だが、この作品には時間がかかった。3年経っても出来上がらず、予算は大幅にオーヴァー。そのあいだ、1949年にコスマはフランス国籍を取得。ほかにも並行して映画のしごとはつづけていた。そしてグリモーは、結局、制作会社からとびだしてしまう。とびだしてしまえば勝手に会社は映画の公開などできないだろうと踏んだのだ。しかしそうは問屋が卸さない。公開がなされ、グリモーはプレヴェールとともにこれは自分たちの作品じゃないと断固言い張った。しかしコスマの態度は煮え切らず、結局、プレヴェール =グリモーと対立、関係が切れてしまうのである。このあたりについては高畑勲『漫画映画(アニメーション)の志 「やぶにらみの暴君」と「王と鳥」』(岩波書店)をお読みいただければとおもう。そこにはアニメーションをつくるということとともに、映画としてのアニメーションということ、さらにひとつの作品がどう受けとられ、つぎの創造に結びついてゆくか、が記されている。

 ここで強調しておきたいのは、『やぶにらみの暴君』がフランスでは1953年に公開され、その2年後の1955年、極東の島国で公開されたこと。そしてそれが後のアニメーション映画の、とりわけ宮崎駿監督によるジブリ映画のひとつの水脈になったことだ。

 グリモーは1963年に自らの作品の権利を取り戻す。『やぶにらみの暴君』は封印されたのだ。しかしグリモーはもともと自分たちのつくった部分を探り、1979年11月に『王と鳥』という作品と『やぶにらみの暴君』して完成する。この公開は翌1980年。プレヴェールは1977年に亡くなっているので、長篇アニメーションの完成は眼にしていない。コスマはといえば、もっと前、1969年に亡くなっている。

 『王と鳥』の音楽は、ポーランドの作曲家、ヴォイチェフ・キラール─のちに『コルチャック先生』や『戦場のピアニスト』といった映画の音楽も担当する─が担当。全篇をひとつの、甘美だけれどもすこしもの悲しくもあるテーマで統一し、監督を満足させた。ところがキラールは、『やぶにらみの暴君』のために書かれた4つのうた、コスマがプレヴェールのことばにつけたうただけは、書き換えることを拒み、グリモーもそれを納得した。だから、現在みることのできる『王と鳥』には、50年代の書かれたコスマのメロディがキラールのスコアのあいまにひびいている。

 結局、離反してしまったプレヴェールとコスマだが、グリモーは、あるいは、『王と鳥』を和解の場としたとおもっているかもしれない。すくなくとも、作品のなか、という世界においては。

 

◇初出=『ふらんす』2016年6月号

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著者略歴

  1. 小沼純一(こぬま・じゅんいち)

    音楽・文芸評論家。早稲田大学教授。著書『ミニマル・ミュージック』『音楽に自然を聴く』

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