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北山亨「鬱な画、アートが僕の処方箋:躁鬱25年の記録」

第7回 沈黙

 2003年秋に開催した松本での個展を最後に、僕はアートシーンから消えていきました。僕は陰鬱な世界へと再び引きずり込まれていくのですが、これはもう躁鬱の波だとか、躁鬱の振り子などと、その場しのぎのエクスキューズを持ち出しても状況は悪化するばかりで、これは正真正銘、ほらっ、自分自身の仕業なのだと了解して、正面からかかっていかないことには、いよいよ手遅れになるぞ! とグッと踏ん張ってみる、が、やはり何か得体の知れないものにグイグイとやられてしまう……。あぁ、そいつが僕をわしづかみにしている、振り回し、引きずり回している、そのうち引きずり合いになって、その得体の知れないものとひょいと目が合う、と、それは正真正銘、僕の目なのだとわかる。僕が対しているのはやはり僕なのか……。これは分裂でしょうか、妄想でしょうか、それとも誰かの戯れなのでしょうか。

シリーズ「分裂と結合」(2012)

「画家 北山亨」が消滅していったことについて、東京のある画廊オーナーはこう回想します。
「惜しい時にやめてしまいました。本当にもったいなかった。ものすごく評判になっていましたからね。だけど、もしあのまま続けていたら、北山さん、死んでいたかもしれませんね」
 そうかもしれません。あの頃は生き急いでいましたから。生きる速度と感覚をリンクさせて、蜘蛛の巣を渡る光線のように瞬間瞬間を駆け抜けていく。バスキア、ケルアック、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド……。


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 アートシーンを去ってからの12年間、僕は躁鬱と共に生きて、2015年に寛解に至り、2019年に16年振りの個展をして「画家 北山亨」を復活させたのですが、この復活劇にはもう一人の主人公がいました。昨年の個展開催中、彼女はこんなことを打ち明けてくれました。
「私、亨さんと結婚すると決めた時、きっと亨さんはこういう人になるんだろうなぁって、想い描いていたイメージがあったの。最近、そのことを思い出した……。すっかり忘れていたけど、そういう人になってるって思ったの」

鬱な画 第3期「沈黙」(2019、画廊BANANA MOON)
Photo by Nachi Yamazaki

 一緒になった時、彼女は僕の鬱を知りませんでした。それもそのはず、僕は鬱っぽくなると人には会いませんでしたから、僕の鬱の姿を知る人などいなかったのです。彼女が初めて僕の鬱を目の当たりにした時は大変困惑したそうです。
「そうだよね?」
「そう、ホントそう! 大の大人が昼間もずっと寝ているなんて、そんなこと聞いたことなかったから、風邪でも引いたのかと思ったけど、風邪じゃないって言うし、だから寝ている理由がまったくわからなくて」
「僕にとって普通のことになってたんだね、世間の人も皆、たまにはこんな風になるんだろうなぁって思ってた」
「うん、みんな悩むよ、悩むけど、亨さんの場合は振り幅が広いから、ずっと向こうの方までいっちゃう」
「助かったのは、寝込んでても何も言われなかったこと。そっとしておいてくれたよね」
「話すは離す」
「???」
「ネットで知ったの。鬱な人にとっては、話をすることさえも辛い時があるって。だから、こちらがいくら優しく話しかけたとしても、かえって離れていってしまうって。話すは離すって」

無題 (2010)

「サナギみたいだった。布団にくるまってる姿もそのくるまり方も。数日経ってやっと少しずつ動き出すの。今日5分起きているのを確認できたとしたら、明日は10分、明後日は20分って、少しずつ起き出す。そしてまた何日か経って、絵を描き始める頃になると今回も乗り越えたって安心してた」
「……」
「最初のうちは何度か話しかけたこともあったかな。何が原因で悩んでいるのか知りたかったの。原因がわかれば解決策が見つかるかもしれないし、私が原因だったらどうしようって思って。そしたら亨さん、自分でもわからないって言うから、私なんかもっとわからなくなったの。原因がないのに猛烈に悩んでる……」
「……」
「で、ある日思ったの。亨さんは悩んでるじゃない。病んでるだって。それでいろいろ調べたりしたの」
「それで話すは離すへ行き着いたんだ」

無題 (2009)

「ひどい時はホントひどかった。亨さんが自殺しないか心配だった。帰宅するが怖いことだってあった……」
「いやいや、ゴメンゴメン……、逆に躁状態の時はどうだったかな?」
「躁の時は、何か思考の回転が速いっていうか、思考があちこち飛ぶっていうか、スピード感があるの。冷静に見るとどこか空回りしてる感じもあるけど、何かに没頭すると、寝ない、食べない、それで疲れ知らずで。車の運転中にも絵を描いてたこともあったわよね、この線は運転中でしか描けない線だって言って。とにかく超元気な感じ。でも実際には疲れていたんだと思う、だからちょっと危険な感じはあったけど……、でも躁状態の亨さんはずっとましだったな、鬱の亨さんに比べたら」
「なるほど。じゃ、鬱っぽい話、もう少し聞かせて欲しいな。今振り返ってパッとよみがえる光景とかあるかな?」
「パッて浮かぶのは、ネット中毒みたいになってたこととか、あのタイプライターのバチンバチンっていうあの音かな」
「なるほど、ではまずネット中毒から」
「これは状態がひどい時の話よ。あれはリーマンショックの後ね。派遣切りにあってしばらく家にいた時期だったと思う。ずっと部屋に閉じこもってネットにハマっていって、人間のダークな部分ばかり拾い集めて、死や闇の情報に浸ってた。こんな事件やあんな事件があったとか、略奪や陰謀や裏切りだとか……、完全に人間不信、人類不信になってた……、またあの頃はタイプライターもバチンバチンしてたでしょう、だからちょっと怖かった」

無題 (2009)

 そのタイプライターというのは、いつかリサイクルショップで見つけた旧型のリボン式タイプライターのことで、リボンがすっかりすり減っているので、ちょっと強めにタイプキーを押さないと印字がうまくいかない、だからバチンバチンとやるのですが、これが意外と家中に響き渡るのでした。タイプ音は僕の部屋から廊下へと渡り、そのまま妻のいる居間やキッチンへ辿り着く。タイプ音に乗って、僕の鬱っぽい姿も彼女には見えたのでしょう。また僕がタイプしていたのが自己採点表だったことも彼女を困惑させたに違いありません。僕は6つの採点カテゴリーを設定して、毎日その日の自分を数値化していたのでした。今日の自分は100点満点中何点だったのか?


自己採点表
(左から日付・曜日・メモ・項目ごとの三段階評価・合計採点)

          

 僕はこの自己採点作業によって、自分自身を良い方向へコントロールできるのではないかと考えていました。が、そうです、できるはずがありません。スポーツ選手のように強靭で安定した精神力を持っているならば、数値化することで顕現した課題に向けて取り組むことができるのでしょうが、そもそも相手は精神不安定なこの自分。提示された数値に課題を見出す能力よりも、その数値に振り回される能力の方がはるかに上回っているので、採点が低い日は、それだけで今日は駄目な一日だったとぐったり悩んでしまう……、本末転倒もいいところだと、彼女は早々に気付いていたのでしょうが、僕はそんなことには気付かずバチンバチンと採点を続け、いつしかそれは毎日の儀式のようになってしまい、やっと目が覚めて、なんて無意味なことなのか! とわかって、採点表をやめたのは6年以上も経ってからのことでした。

「長かったね……」
「そうね、長かったね。調子の悪い日は採点も悪い。それで機嫌も悪くなってタイピイングも荒れる。だから普段より響きが大きくなって迫ってくる。それがホント嫌だった、ちょっとした地獄だった……」
「地獄のタイプライターだ……、そういえば、キューブリックの映画シャイニングでも主人公がおかしくなってタイプライターでバチンバチンしてたよね……」
「それはフィクション! こっちは実話!」
「……なるほど、で、逆に何か良かったことというか、この長い沈黙の時代の中にあって、その微かな希望というか……」
「それは亨さんが絵を描き続けたことかな。亨さんの一ファンとしてはやめてほしくなかったし、描いてる時がいちばん生き生きしてるから。あとはやっぱり寛解したことよ! もう寛解じゃなくて、完治かもね。」
「……ちょっとした奇跡?」
「奇跡じゃないよ。あの採点表はどうかと思うけど、いろいろ努力したからよ。自己分析もそうだけど、心や脳についていろいろと勉強してた」
「そうだね、それに瞑想も良かった。今を生きるっていう感覚……」
「そうそう! 振り返るよりも今を見る! アドラー式ね!」
「ついにアドラーまで出てきた。フロイトとアドラー! 役者が揃った! 過去と現在をよく見れば道は開く! かな? お願い! 開いておくれ!」
「そうそう、そういう感じ。そういう感じの人になると思ってたの。明るくて前向きで、何かにワクワクしてる人……、もう寛解じゃなくて、完治したって思ってるでしょ?」
「思ってる」
「よかった……、奇跡だったのは、お母さんの告白よ」
「……」
「亨さんのミッシングピース! 悪夢の正体!」
「……」
「今思えば、不思議なタイミングだったわね。ちょうど亨さんの寛解が始まった頃だったから」
「そうだね……」
 母の告白は2015年3月のことでした。それは醜くも美しい、一瞬の出来事なのでした。

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著者略歴

  1. 北山亨(きたやま・とおる)

    1971年、長野県松本市生まれ。1990年渡米。UCLAで映画制作を学び、ロサンゼルスの映像プロダクションに勤務。英国画家フランシス・ベーコンに影響を受け96年頃から独学で絵を描き始める。1997年ニューヨークに移り住み、本格的に創作活動を開始。1998年帰国。

    2000年 個展(松本市)
      グループ展(六本木)
    2001年 個展(大町市/京橋)
      グループ展(京橋)
    2002年 個展(京橋)
      グループ展(松本市/渋谷/船橋市/京都市/京橋)
    2003年 個展(ひたちなか市/銀座/松本市)
      グループ展(京橋)
    2019年 個展(安曇野市/松本市)

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