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北山亨「鬱な画、アートが僕の処方箋:躁鬱25年の記録」

第6回 混濁

 1999年から2003年、僕の人生は激動の時代でした。僕は高校時代の同級生と結婚をして、初めての個展を地元で開き、その後トントンと、六本木、京橋と展示会で駆け巡り、今度は名古屋、京都とライブペイントまでして、そして創作活動に支障をきたすからと仕事を辞めてしまい、続けて、茨城、銀座、松本で個展をして、挙げ句の果てに離婚までして、あっちでギラギラ、こっちでズキズキして、それはもう、躁の暴走、暴躁なのでした。


ライブデータ レイヤー#1-#4 (2002)

 ニューヨークの鬱な自分はもういませんでした。あの頃とはもう別人です。実家での自己分析が効いたのでしょう。また、創作活動がセラピーになったのでしょう。そして、仕事に就き、社会に復帰したことで、自信も湧いてきて、再会した同級生と結婚したのでした。この頃までは上出来でした。精神的にニュートラルな領域に入っていて、とても安定していました。しかし、物理の法則なのでしょうか、反動なのでしょうか、躁鬱の振り子は、ニューヨーク時代の鬱の側からブーンと振り下ろされてきていますので、それが今度は躁の側へと振られていって、ずんずんと上がっていくのでした。そうして、僕は、僕の分身でもある作品が、人様に認められたことで、躁の最高地点まで達するのでした。


ライブデータ レイヤー#5-#12 (2002)

 僕はこう評されました。
「とんでもない才能の東京進出だ!」
「ストリートの落書きのようなしぶとさが強烈!」
「野放図に炸裂しながらスリリングに収束をみせる線が圧巻!」
「色彩が詩的に響きあっている!」
「世界に通用する逸材だ!」
とまできて、しまいには、「この絵を理解できない奴は馬鹿だ!」という猛者まで現れて、画廊は騒然、その頃には、僕はフワフワと浮かんでいって、どこまでもこの波に乗ってイケるような気分になっていました。
 実際、僕の作品は話題になりました。しかし、大したお金にはなりませんでした。それでも僕は「時代の先をイッてるからだ」などと、すっかり馬鹿になっているのでした。鬱も大変ですが、躁も大変なのです。
 この時期の作品は、2019年に開いた16年振りの個展「鬱な画」の第2期「混濁」で再び展示をすることができました。


鬱な画 第2期「混濁」(2019、画廊BANANA MOON)
Photo by Nachi Yamazaki


マインド マインド トーキング A (2001)


マインド マインド トーキング B (2001)


D-ノイズ A (2003)


D-ノイズ B (2003)


オーアール (2002)


サーチング バグ B (2003)


ふたつの頭、プライベート (2003)


鬱な画 第2期「混濁」(2019、画廊BANANA MOON)
Photo by Nachi Yamazaki

 各地で展示会ができたことは、僕の人生において大きな意味がありました。自分自身を存分にさらけ出すことができたのです。これはちょっとした成功体験として記憶されました。僕はその後、グラグラと再び鬱の世界へと堕ちていくのですが、この記憶は時として精神安定剤のような効果をもたらすことがあるのでした。
 そんな成功体験のはじまりは、2000年、ある人との出会いからでした。僕は知人に誘われてピアノのミニコンサートへ行きました。そこは地元の小さなカフェで、テーブルが6つか7つ並べてある奥に、アップライトピアノがあり、この日は即興ピアノのコンサートが行われていました。前半が終わり、インターバルになりました。タイミングをみて僕はカバンから作品ファイルを取り出しました。僕はこの時、知人に作品を観て貰おうとファイルを数冊、バックに忍ばせていたのです。さりげなく差し出されたファイルは、それはとても不思議でした、ごく自然なかたちでテーブルからテーブルへと回っていったのです。そしてファイルは最後のテーブルへたどり着きます。そのテーブルには画家がいました。成瀬政博さんでした。
 成瀬さんは後日、僕が妻と暮らしていた長屋の市営住宅へ来てくれました。これまで僕が描いてきた絵をすべて観てくれたのです。ニューヨークから持ち帰った、あのキャリーケースの中の絵も解放されました。小さな部屋は僕の絵でいっぱいになりました。皆、喜びに満たされたのです。


ファーマー B (2002)

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著者略歴

  1. 北山亨(きたやま・とおる)

    1971年、長野県松本市生まれ。1990年渡米。UCLAで映画制作を学び、ロサンゼルスの映像プロダクションに勤務。英国画家フランシス・ベーコンに影響を受け96年頃から独学で絵を描き始める。1997年ニューヨークに移り住み、本格的に創作活動を開始。1998年帰国。

    2000年 個展(松本市)
      グループ展(六本木)
    2001年 個展(大町市/京橋)
      グループ展(京橋)
    2002年 個展(京橋)
      グループ展(松本市/渋谷/船橋市/京都市/京橋)
    2003年 個展(ひたちなか市/銀座/松本市)
      グループ展(京橋)
    2019年 個展(安曇野市/松本市)

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