フランスの文学賞シーズンの幕開け 榎本恵美
8月も後半を迎えると、フランスの出版界では文学賞シーズンの幕が開き、書店の店頭にはla rentrée littéraireの帯を巻いた新作群が並び始めます。出版業界誌Livres Hebdoが発表したデータによると、今年のこのシーズン中に刊行される新刊小説は461作品。前年の484作品に比べるとやや減少傾向にありますが、世界的な活字離れの波を鑑みれば、フランスの持つ底堅い読書文化の力を改めて実感させられます。
この時期に刊行された作品は、11月に発表されるフランス最高峰の文学賞「ゴンクール賞」をはじめ、主要な文学賞の選考対象となります。文学賞受賞作品ともなれば、その後のクリスマス商戦の売り上げを大きく左右するため、書店にとっては1年で最も活気に満ちる重要な季節となります。
今年の注目作の筆頭は、日本でも根強い人気を誇るベストセラー作家、アメリー・ノートンの最新作L’adolescence du perroquetでしょう。高い知能を持つと言われるグレーのオウムと人間とのコミュニケーションを軸に、持ち前の奇抜なユーモアと鋭い皮肉で人間社会を風刺した寓話的小説です。
また、フランソワ゠アンリ・デゼラブルのLe Palaisも期待を集めています。ワインの都ボーヌに住む夫婦の養子となった少年アルンが、自身の驚異的な味覚によって名だたるグラン・クリュの世界を震撼させていく瑞々しい成長譚ですが、そこへ「本物と偽物」の境界線を揺るがす裁判の影を絡ませ、サスペンス調な物語に仕立て上げています。
カナダ・ケベック州の酪農場を舞台にした、スティーヴ・プトレの鮮烈なデビュー作Lait cruも気になります。理想化された田舎のイメージを覆し、過酷な農業モデルがもたらす歪みや、家族の絆、土地に宿る狂気を掘り下げた社会派ドラマです。
さらに、実力派フィリップ・ジャエナダの新作L’inconnue du quai de Javelは、実在の未解決事件に迫るノンフィクション・ノワールです。1949年9月6日の夜、セーヌ川沿いのジャヴェル河岸で発見された遺体がモンパルナスの芸術家たちに最も重宝されていたモデルであると判明、その後事件は迷宮入り、75年の時を経て作家自身が再捜査に乗り出し、悲劇に見舞われた女性の生きた証と真実を現代に蘇らせています。
今年のシーズンはとりわけ、現代社会が抱える暴力や記憶、分断といったテーマに、強い社会的・政治的メッセージ性を帯びた作品が目立ちます。ゴンクール賞などの高名な文学賞の行方を追うのも一興ですが、大量の新作の中から、まだ誰にも評価されていない自分だけのcoup de cœurを掘り当てることこそが、この季節の最大の醍醐味です。2026年のフランス社会の空気感を感じながら、お気に入りの1冊を見つけ出してみてはいかがでしょうか。(えのもと・えみ=書店Le Chats Pitres代表)



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