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フランスの知性、104歳で逝く 澤田直


モラン『百歳の哲学者が語る人生のこと』

 フランスを代表する哲学者・社会学者のエドガール・モランが死去した。享年104。1921年にパリで生まれ、第二次世界大戦中はレジスタンス運動に参加。戦後は社会学、哲学、人類学、政治学を自在に横断しながら独自の知の体系を築き上げた。20世紀を代表する知識人であると同時に、21世紀に入っても発言を続けた稀有な思想家だった。

 モランの仕事を貫くキーワードは「複雑性」である。生命、社会、文化、人間精神を個別の要素に還元するのではなく、相互作用する全体として捉えようとした。その集大成が1977年から2004年にかけて刊行された全六巻の大著『方法』La Méthodeであり、日本でも五巻までが法政大学出版局より大津真作の翻訳で刊行されている。

 一方で、モランは抽象的な理論家にとどまらなかった。映画や大衆文化への洞察でも知られ、ジャン・ルーシュとの共作映画『ある夏の記録』(1961)はドキュメンタリー映画史に大きな足跡を残した。また『オルレアンのうわさ』(杉山光信訳、みすず書房、1997)は、反ユダヤ主義的な流言を分析した社会学的調査の古典である。SNSによるデマや陰謀論が問題となる現代を予見したかのようなこの著作は、日本でも今年5月に復刊されたばかりだった。

 近年では、『百歳の哲学者が語る人生のこと』(拙訳、河出書房新社、2022)によって新たな読者を獲得した。100歳を超えて、旺盛な執筆と対話を続けたモランは、老いを衰退ではなく変化の過程として捉え、ひとは最後まで学び、愛し、驚くことができると語った。その言葉には、激動の時代を生き抜いた証人の重みをもちながら、素直に心に届く軽さがあった。

 晩年も気候危機や民主主義の危機はもとより、人工知能の発展などについても発言を続け、とりわけイスラエルとパレスチナの問題をめぐる言説は大きな注目を集めた。ユダヤ系である自身の出自から、独自のマラーノ論を展開し、民族や国家の論理を超えた共生の必要性を訴え続けた姿勢は、多くの議論を呼びながらも一貫していた。

 100年を超える人生のなかで、モランは戦争、冷戦を生き延び、グローバル化、情報社会の到来を目撃した。そして最後まで、世界が単純な説明を拒む「複雑な存在」であることを説き続けた。その死は、一人の実践的知識人の死である以上に、20世紀から21世紀へと橋を架け続けた知的探究の終焉を意味している。

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