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連載インタビュー「外国語をめぐる書店」

中国・アジアの本 内山書店 内山深さん(第3回)

間口を広げる

 新しいお客さんを開拓しようと、積極的に外とのつながりを求めた内山さんだが、その中でよく「敷居が高い」と言われた。伝統があるがゆえの印象だ。店の根幹でもあるが、そのままでは店に入りづらい。そこで内山さんが考えるのが「敷居は低くするつもりはないけれど、間口は広げられるかな」という発想だ。敷居と間口はどう違うのだろうか。お店でのラインナップ、陳列の面から考えてみる。

 内山書店は、二〇一〇年に中国以外のアジアの専門書店「アジア文庫」を吸収合併した。現在、三階が中国以外のアジア関連書籍の売り場になっている。本のなかでも、中国に関するものだけという枠を広げたかたちで、ほかのアジアの国・地域に関心のあるお客さんも呼んでみたいという気持ちからだ。

 一階のレジ横では、常にミニフェアが展開されている。テーマを決めて一か月半ほど並べる。テーマ案は一年のはじめにスタッフみんなでアイデアを出す。フェアに合わせて仕入れをするというより、在庫のある本を中心にして「ジャンルを超えてこの本とこの本を並べられないかなと、目線を変えて商品を見せる」ことでお客さんに新しさを感じてもらおうという狙いだ。六年ほど続けている取り組みで、手法は定着してきた。印象的だったのが、スタッフが自分のおすすめ本を、各自でポップを書いて見せるという企画。少し古い本でも売れたものがあり、手ごたえを感じられたそうだ。お客さんにとっても、こんな本があったかという発見はうれしいだろう。

 もうひとつの取り組みとして、雑貨を取り扱うことが挙げられる。雑貨を扱う書店は増えており、定番はブックカバーなど本に関連するものや文具だ。しかし、内山書店のラインナップには東南アジアから輸入した雑貨が多く並ぶのが目立つ。アジア関連の書籍を扱うようになったことも関連しているが、ミャンマーやラオスといった国のコースターやバッグなどの民芸品を仕入れている。他ではあまり見かけないラインナップが光る。店の前面にはショーウインドーがふたつあり、そのうちのひとつで雑貨を展示している。「雑貨を見せておくと、中国とか本に興味のない人でもお店に入ってきてくれることがあるんです」。

 本以外のものも、という方針は大胆とも思える企画で成功したこともあった。アジアのインスタントラーメンフェアだ。書店でインスタントラーメンを扱うことがまず珍しい。日本のメーカーがアジアの麵料理を日本市場向けにして発売しているものはあるが、このフェアではそうした商品ではなく、現地で売っているものを輸入会社から取り寄せてもらったというから、かなりマニアックなターゲティングだ。結果は好評、話題性から本を買わないような人もラーメンを買いに来てくれた。

 「このときはみんなで力を入れて。試食をして、このラーメンはこういう味だねとチャートを作ったりして」という内山さんの笑顔から、みんなが自主性、積極性をもって取り組んだことが伝わってきた。いままでと同じような本を仕入れて置いているだけではお客さんは来てくれないということが、社員たちにも理解してもらえてきた結果だろう。社員からは日常の会話のなかでアイデアの相談や提案が出てくるようになった。

 多様なお客さんが店に来る。それは確かに間口が広がったと言える。

 

店の歴史を押し付けない

 本業といってはおかしいが、中国関連の本でも内山書店のラインナップは近年変化が見られる。もともと強いのは文学と語学ジャンルだった。そこに若い世代が好むテーマやジャンルが加わるようになった。まず文学だと、魯迅の本だけで棚をひとつ割いているように、いわゆる古典的な純文学作品が従来は多かった。それがカジュアルな小説や現代の人気作家の作品を取り扱うようになった。SFやミステリーなどのいわゆるジャンル小説も人気が高まっている。ただし、作品の情報は内山書店でも十分に把握しきれてはおらず、「うちも逆にお客さんから教えていただいている」のだそうだ。特に多いのはドラマの原作情報。ドラマから原作の小説、さらに中国の文化に興味をもつ人が増えているという。

 もうひとつ売上の比率を大きく押し上げているのがコミックとアニメ関連書籍だ。中国のコミックやアニメの質が上がってきており、内山さんも力を入れたいと考えている。日本のコミックの中国語版も人気が高い。BLと呼ばれる、男性同士の恋愛を題材にしたジャンルも注目株だ。ではこれら成長中のジャンルの本ならなんでも売れるかといえば、もちろんそんなことはないので見極めが必要だ。若い世代の社員にSNSをチェックしてもらい、いま人気がありそうなものを相談している。

 内山さんは自身もいまも店頭に立ち、こうしたお客さんの関心に応えている。そこで感じるのが、「日中友好とともに」という内山書店の歴史を押し付けても仕方がないということだ。たまたま興味をもったドラマやマンガが中国のものだった。そういう人にそこを強くアピールしても響かないのではないか。大上段に構えるのではなく、なんとなく興味をもった人にとって新しい中国との出会いがある、そういう場を作りたい。

 「日本の人に中国のことを知ってもらいたい。中国の人にも日本に来て交流してもらいたい。そういう気持ちはずっとある」と語るように、中国との交流という意識をはっきりもっている人が来れば協力する。そこで日中友好という、いわば高い敷居は保つ。一方で、それはそれとして、ほかの中国への関心の持ち方、入口もある。それをお客さんのニーズに応える商品で示す。敷居は低くしないが、間口は広げると、内山さんがあえてことばを変えて表現した意図はここにあるように感じる。

 

自分なりの距離感で

 間口を広げる取り組みには「多少の手ごたえは感じている」という。しかし課題もまだ多い。一番の課題は抱えている在庫が増えてしまっていること。特に輸入書の在庫が増えてしまっている。仕入れ価格、販売価格のこれ以上の調整は難しい。そこで新しい販路開拓ということで、昨年からアメリカのAmazonに出品を始めた。日本国内ではあまり売れないが、アメリカの研究者向けなら、と考えたそうで、柔軟な発想に驚かされる。

 店の歴史を踏まえつつ、新しいことに取り組んでいけるのは、内山さん自身の中国に対する姿勢が関係しているように思える。内山さんが「個人的な話ですけど」と前置きして言うことには「よく勘違いされることがあるんですけど、わたしは中国がすごく好きというわけではないんですよ」。内山さんにとっては、家業を継ぐために中国と付き合いだした。そうしてみると自分の想像を超えることがかなりあった。それが面白く興味を惹かれるのであって、好きという感覚とはちがうのだという。「ずっと付き合っていても理解できない部分、嫌な部分は残っている」というのが正直な気持ちだ。内山さんの立場でこんな発言をするともちろん驚かれるが、若い人に言うと理解してくれているようには感じているそうだ。

 中国にべったりではないから、中国の体制を批判する本もまっとうな内容なら仕入れるし、指導部に忖度するようなこともない。中国と関係がある、仲良くしているとなると、極端な人からは「共産党のスパイだ」「中国に利用されている」という言い方をされることもある。内山さんの考えはそれらの批判とはむしろ逆だ。「内山書店は中国から本を仕入れているのだから、中国を利用して金儲けをしているとも言えるわけです。そういう意見は外野の声というか、気にしないで長く付き合っていこうかなと」と冷静な経営者としての考えをもっている。

 内山さんの上の世代では、中国とかかわる人はそれこそ日中友好を第一義とする人が多かった。両国の関係の歴史を考えればそれは必然だろう。ただし、それはともすると中国の悪い面には目を向けないということも起きる。内山さんは中国に対して「自分なりの距離感でやっていこう」という姿勢だ。どちらかに偏ることなく、中国のことを日本の人に知ってもらいたい。

 本の街に実店舗を構え、ノウハウの蓄積もある。そこにニュートラルな視線から生まれる柔軟な発想が加わっている。百年を超える老舗が今後どう充実するかが楽しみだ。


一階レジ横では常にミニフェアが


いま勢いのあるコミックも充実

おすすめの本

1)中国語学習者におすすめの本

新井一二三『中国語は楽しい』(筑摩書房、2021年)

全世界70億人のうち、中国語話者は10億人を超えるといわれ、中国のみならず東南アジアや北米など世界各地に中国語を話す人がいる。内山さんはマレーシアを旅行した際に鉄道駅で切符売り場がわからずウロウロしていたところ、現地の人に「あんた、何探してるの?」と中国語で話しかけられ、「マレーシアの駅で切符の買い方を中国語で教わる」という経験をしたことがあるそう。本書では中国語に「一目ぼれ」した著者が、文法や発音などの基礎だけでなく、時間や空間の視野までも広げて中国語の持つ魅力・中国語が話せる喜びをあますところなく伝える。中国語を学び始めたばかりの人にとって最良の手引書。

 

2)いま一押しの本

門倉郷史『黄酒入門』(誠文堂新光社、2023年)

「黄酒(ファンジョウ)」とはもち米やキビなど穀物を主原料とした中国の醸造酒全般のことをいう。日本で「中国酒」というと「紹興酒」をイメージする人が多い。しかし紹興酒は浙江省紹興市で産出された黄酒の一銘柄に過ぎない。日本酒やワインのように、産地や原料が違えばその味わいは千差万別。本書は日本で流通している黄酒を中心に、その製法や味の特徴、あわせる料理のレシピまでを紹介する、日本で初めての黄酒入門書。

 

3)書店を開きたいと思っている人におすすめの本

石橋毅史『本屋がアジアをつなぐ』(ころから、2019年)

「書店」とは書籍や雑誌を売っている小売店、「本屋」とは書籍や雑誌を売ることを生業としている人・またはその仕事に就くのが宿命であったかのような人。このように使い分ける著者は「本屋」についての本を書き続けてきた。巷では“スマホ漬け”が進んでいるというのに、なぜ本屋は出現し続けるのか?ある種の人たちを本屋へと駆り立てるものは何か?世の中に本屋が必要なのだとしたら、その理由は何か?その答えを探しに著者は国境を越え東アジアへ足をのばした。「本屋」の存在意義を改めて考えさせられる一冊。

【お話を聞いた人】

内山深(うちやま・しん)
中国、アジアの専門書店、内山書店の代表取締役。
内山書店店舗情報:〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-15 TEL:03-3294-0671営業時間:火~土10:00-19:00 日11:00-18:00 月・祝休み
webサイトからの購入も可能 http://www.uchiyama-shoten.co.jp/

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