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連載インタビュー「外国語をめぐる書店」

フランス語専門オンライン書店 レシャピートル 榎本恵美さん(第3回)

読者と著者、出版社を橋渡しする

 フットワークとあわせて、榎本さんは自らの強みを「対話」だと考えている。お客さんに育ててきてもらったという意識があるので、お客さんの話を聞くことは最重要になる。まして、レシャピートルはリピーター率が高い。具体的なお客さんの要望を聞くことや、顔を思い浮かべて選書することが次のお買い上げにつながっていく。

 たとえば、歌手で俳優のジェーン・バーキンが亡くなったときのこと。日刊紙や週刊誌の特集で扱っているので取り寄せられないか、という問い合わせが届いた。まず思ったのは「取次の条件が書籍とちがうから難しいかな」だったが、ものは試しと取次会社の担当者に問い合わせてみた。すぐに返事が来て、高くはなるけどできる、とのこと。そこで「パリ・マッチ」誌を仕入れることにしたが、現地で買えばせいぜい数百円の週刊誌を、送料も考えて二千円にしなければならない。この値段なら二十冊が限度と考えて仕入れた。ふたを開けてみて驚いたことに、わずか一日で売り切れになってしまい、すぐに再発注をかけた。「お客様との対話がなければ、わたしは思いつかなかったですよね。やっぱり二の足を踏んじゃう。入れづらいし、返品できないし、雑誌は時期的なもので、リスクもある。それがこの金額でも売れるんだと思って。うれしいですよね」

 榎本さんが対話するのはお客さんだけではない。出版社や著者ともフランクに話をする。出版社の営業担当者と話をする中で増えているのが、プロモーション企画だ。出版社のほうでいまおすすめしているラインナップを紹介される。その中で榎本さんが気に入ったものがあると、「じゃあプロモーションしてみる?」と盛り上がって決まる。依頼を受けてではなく、あくまで目利きをして、というところが榎本さんらしい。シリーズとしていくつか商品を紹介されても、「自分ならこれがいい」と点数を絞ることも提案するそうだ。

 定評あるフランスの語学教材を出すCLE社のアプリ教材では、アプリということでうまく動画で特徴を紹介できる人がいたほうがよいとなった。榎本さんの頭にはすぐに適任のフランス語学校の講師が思い浮かび、話をもちかけた。快諾してもらい、YouTubeでアプリを実際に使うところを見せて紹介するという企画が実現した。榎本さんはコメント欄で視聴者の質問に回答する役割だ。もちろん、レシャピートルで販売を手がけるうえに、割引クーポンも提供した。学習者は、フランス語の全体をわかっているわけではないから、その教材がだれに向いていて、どんな力がつくのか、どう使うのが効果的なのかを自分で判断することは難しい。目利きのスタッフが吟味した教材を、実際に教える人が使い方を示してくれるのはありがたい。この本でこんなことができるようになる、これで自分も勉強してみたい、そんなやる気がふつふつと湧いてくる。

 「サイドメニュー好き」の榎本さんらしいプロモーションの提案として、書籍にノベルティを付けることを最近は勧めている。「ノベルティがあるから買ってみた」という声は多く、購入の後押しになっていると感じている。もちろん、物がなんでもよいわけではない。「ノベルティのフランスの地図ポスターがあったのですが、額装して部屋に飾ってこれで勉強を頑張りますという声をいただいて」というように、学習のモチベーションアップにつながるものが喜ばれる。

 榎本さんはプロモーションは楽しいし、大切だと感じている。出版社にとっては、読者の声を直接に聞く機会はごくわずか。逆に、自信のある商品があっても、それを十分に読者に伝えることも難しい。それは、著者にとっても同じだ。書店は作り手と読者を橋渡しする役割をもっているのだと榎本さんは感じている。

 実店舗はなくオンライン書店なので、お客さんからの声もメールやSNSに限られるが、ちょっとした感想でも寄せてくれる人は少なくないという。サイトやSNSの文面に、気軽に感想を言いたくなるような、榎本さんの人柄がにじみ出ているからだろう。「第一印象で選んだけど使いやすいです」「録音の音声がいいです」といった、出版社にわざわざ伝えるほどではないが、嬉しさを分かち合いたい気持ちが表れているコメントが届く。

「書店主は、読者と出版社、著者の仲介役なので、そこの橋渡しができる。それができたときの、ああ、こんな本探してたとお客様に言われたときの、その幸せ」

 そのためにも、もっとお客さんの声を拾わないといけないな、と思いを強めている。

 

本を売る先の目的

 まだ走り出して間もないレシャピートルだが、すでに次の大きな目標に向けて動き出している。「オンライン書店だけだと物足りないんです」と断言するように、実店舗を持つことだ。店を今後大きくしていき、扱う点数を増やしたいし、日本で出版されるフランス関連の書籍もできれば扱いたい。なにより、フランス語を学ぶ人たちを繋げる場となりたい。

「先のサイン会のイベントのときに、実際の店舗があれば場所を提供できたのに」と感じた。それは単に販売がしやすいといった利便性の問題ではない。著者は失踪した家族の情報を少しでも得たい、日本に来ればまだ何か手がかりがあるかも、という藁にもすがるような気持ちもあり、このイベントを企画した。その必死な気持ちは榎本さんにもひしひしと伝わってきた。「自分の店舗であれば、時間も融通を利かせてもっと著者と集まった人たちの交流の場が持てたわけで、やっぱり本屋は実際に店舗があるのが理想だなと強く思いました」

 次なる目標、実店舗を求めて動く中で、新しいチャレンジにも出会えた。はじめての対面イベントで、フランス語絵本の読み聞かせのイベントを開催したのだ。きっかけは、物件情報を探しつつ地元の企業イベントに足を運んだことで、団地の空きスペースで本を通して地域活性化をする「BOOK MARK」の人と知り合った。フランス語書籍専門店と自己紹介すると、「すごいニッチですね」と驚かれつつも、「でも面白いかも? まずなにかイベントをやってみませんか?」と誘われた。榎本さんもお客さんとの交流はかねてからやりたいと思っていたので、絵本の読み聞かせをすることにした。

 ニッチなイベントながら、当日は参加者七〇人と大盛況になった。駅から徒歩十五分のローカルな団地ながら、学生さんや日仏ファミリーのほか、下は五か月の赤ちゃんから始まり、上は団地に暮らす七十代のおばあちゃんまでが集まった。

 このイベントでは書店ではあるがいきなり売ることにこだわらなかった。「団地のおばあちゃんにいきなりフランス語の本を渡しても仕方ないですよね。わたしもお客様が何を求めているか、経験を積みたかったので、フランス語の本に触れるきっかけ、交流の場にしようと考えて」というねらいだ。それで読み聞かせをした後には、自由に本を手に取ってもらう時間も設けた。うれしいことにイベントのあと、読み聞かせをした本を子どもが気に入ったので買いたい、というメールが届いた。

「たぶん三、四歳の女の子ですけど、フランス語がわからないなりにも本を手に取ってくれて、その子が大きくなってもしかするとフランス語を勉強して学習者の一人になる。想像するだけでわくわくしますね」

 榎本さんは、本屋の仕事を「本を売るのが最終目的ではない」と考えている。その先にある、人と人とが繋がることこそを目指している。同じ興味や目標をもつ人たちが集まり、体験を共有し、刺激しあう。榎本さん自身、前職の先輩や同僚、そしてお客さんとの縁を結ぶことで世界を広げてきた。

 レシャピートルが少しずつフランス語を愛する人たちのハブとなっている。そうして出会った人たちが、また新しい章を開いてくれるのだろう。

 

1)フランス語学習者におすすめの本

Didier社「Mondes en VF」シリーズ A1レベルのグラデュエルリーダー

グラデュエルリーダーは各FLE(外国語としてのフランス語教育)出版社で刊行されていますが、Didier社「Mondes en VF」シリーズは、マリー・アントワネットやヴィクトル・ユゴーなど実在した著名人を中心に、A1レベルに準じた単語を用いて、功績や人柄、人生を紹介しています。本文を吹き込んだ音源は出版社サイトから再生/ダウンロード可能。多読は自己レベルよりワンランク下作品が読みやすいと言われています。興味のあるテーマを選んで「読む」力を身に着けてください。

 

2)いま一押しの本

Annie Ernaux, Les années

Aurélie Valognes, Mémé dans les orties

いまLes annéesを読んでいるのですが、シンプルな文体から、時代や風景の描写が眼前に現れるような豊かな追体験感を味わっています。フランスの独特なユーモアセンスが好きなので、最近ではオーレリー・ヴァローニュMémé dans les ortiesも読みました。登場人物が一風変わっていてチャーミング、忙しい頭の中をリセットしたいときにおすすめの作品です。

 

 

3)書店を開きたいと思っている人におすすめの本

Jean Leroy, Sylvain Diez, Le livre du loup

絵本を読み終えたオオカミくんは、この本が気に入り、「だれが作ったのだろう?」疑問を持ちます。まずは買った本屋さんへ行き、配送業者、製本所、出版社、それから作家やイラストレーターたちに会いに行く楽しい旅が始まります。たくさんの人の思いや努力を経て一冊の本ができる、本の持つ力を感じる絵本です。

【お話を聞いた人】

榎本恵美(えのもと・えみ)
フランス語専門オンライン書店「レシャピートル」書店主。フランス人夫、長男、長女、猫二匹と暮らしている。店名は「おどけたネコたち」とChapitre「(本の)章」のJeu de mots言葉遊びから。モットーは「わくわくするような遊び心のある書店」。

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