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連載インタビュー「外国語をめぐる書店」

中国・アジアの本 内山書店 内山深さん(第2回)

店の根幹、仕入れ

 父の後を継ぐことを考えるとあまり時間はかけないほうがいいと考え、内山さんは留学を一年半ほどで終えて帰国、すぐに内山書店に入社した。最初は外商部門に配属された。書店といえば、店舗を構えてそこに来るお客さんに本を売るイメージがあるが、内山書店の場合は店での小売りのほかに、研究者や専門家向けの販売事業も柱になっている。外商は、全国の大学の先生方を訪問し、中国から仕入れた書籍を実物を見せながらおすすめし注文をとるのが仕事だ。中国側の貿易会社から月に一、二回、新刊案内が届く。そこからどの本がよさそうかを選んで仕入れる。入荷されたら、内容をある程度説明できるように目を通し、現物をもって先生方のところへ行く。はじめは内山さんも先輩社員にノウハウを教わった。もちろん注文がとれないこともあるが、一年ほどすると慣れて、先生ごとの専門にあわせて、どの本をおすすめすべきかわかってきた。

 外商部門を三年ほど担当した後、新聞・雑誌の定期購読受付の部門に移った。これも専門家向けの事業だ。そして店舗運営に配属され、あわせて書籍の仕入れも担当するようになった。内山書店では国内の書籍と中国からの輸入と両方の仕入れを行っており、内山さんが担当したのは国内の方で、もうひとりの担当者とふたり体制だった。

 日本の書店では、仕入れる書目や量を取次会社に任せることが一般的だ。仕入れをある程度自動化できるというメリットがあるためだ。しかし、内山書店の場合は一点一点を指定して仕入れている。店に置く本はすべて選ばなければならない。仕入れは店の根幹を成すといえる。

 「最初はやっぱり何を仕入れたらいいかよくわからなくて、中国に関するものならわりとなんでも入れていました」というように手探りの状態だった。やがて少しずつ、どの本を並べたときに売れるのか、売れないのかがわかってくると、「この本はうちで置いてもあまり意味がないかな」という感覚がもてるようになった。仕入れのきっちりした方針などがあるわけではなく、内山さん自身が経験を積み、自分の中に選定の基準をつくっていく必要があったということだ。

 その具体的な基準を尋ねると「やっぱり自分が見て面白いかなと思うものは手厚く入れる」という答えで、まず内容ありきとなっている。たとえばごく単純な発想をすると、中国に対してネガティブな本は扱わないかというと、そんなことはない。内山さんが内容を見て、フィールドワークや論理など、裏打ちがあり面白いと感じたものは、中国を批判する本でも仕入れる。逆に内容が薄いと感じれば、内山書店に来るお客さんには必要はないと判断する。あるいは専門的な本でも、外商を担当していた経験から研究者向けにと狙いをつけて仕入れている。そして、内山さんが詳しくないジャンルについては、ほかのスタッフに相談もする。お客さんの高い関心に応えられるかを考えているのであり、「自分が見て面白いもの」ということばは、本へのアンテナを内山さん自身がしっかり持つようにしていることの現れなのだと感じる。

 

店の前提を変える

 二〇一二年、内山さんは店長として店の責任者になった。そして二〇一八年に社長に就任。店の運営だけでなく、会社全体の舵を取ることになった。社長就任の前年には創業百年を迎え、内山書店の存在は確たるものとも思えるが、内山さん自身は難しさを感じていた。内山書店は、自分たちが思っているほどには多くの人には知られていないのだ、という気持ちがあったのだ。日中友好に多大な貢献をした大叔父の完造に、祖父、父と継がれてきた百年の歴史に、社内の人間としては誇りと安心をもってしまう。だがそれであぐらをかいていてはいけない。中国語を学んでいても内山書店という名前どころか、神保町に中国専門の書店があることを知らない人すらいる。内山さんは父があまりやってこなかった、外へのアピールに力を入れることにした。

 手始めに自身も学んだ日中学院をはじめ、中国語の専門学校を訪ね会社案内などチラシを置かせてもらった。近所のほかの書店にも挨拶に回った。つながりをつくり、自分自身の見聞を広めようという意図があった。

 この気づきを得られたのは、二〇一〇年に内山さんが結婚したことがきっかけになっている。結婚相手は、丸善くらいは知っているが、本はあまり買わないし、もちろん中国との関係もないという人。内山書店から最も遠い存在である彼女に、「この看板がまず読めないよね」と言われてしまった。そう、郭沫若が揮毫したあの看板だ。確かに行書体の文字は読みづらい。内山書店を知る人にとっては、まさに店の象徴と見える。それが、知らない人にとっては権威どころか、何の文字かすらわからない。「あと、書店といってもリアルな本屋なのか出版社なのかもわからないとも。それを聞いて、そうか、そこから始めないといけないなと」。

 内山さん自身もアピール不足を痛感したことがある。数年前にある集まりに参加したときのこと。中国に留学したことがあるという人と話すと「東方書店にはよく行きますと。なのでその近くにうちの店もあるんですよと言うと、知らなかったと言われてしまって」と苦笑いする。

 中国に関心のある人にも知られていないというのが事実のようだ。そこの人たちには必ず知ってもらわなければならない。そのうえでさらに内山さんの目線はもう一歩先を向いている。

 「中国専門とか関係なく、日本の一般社会を見たときに本を買う人より買わない人の方がずっと多いわけですね。いまの書店業界は、この本を買う少ない層を取り合っている状態です」

 内山さんが入社した九〇年代末、書店業界の状況はまだよかったが、二〇〇七年頃から売上が目に見えて下がっていくのを感じてきたという。難しい状況の中で店を守り、社員の生活を守らなくてはならず、それはどの書店も同じだ。だからこそ著者のトークイベントを行ったり、書店が集まってブックフェスを催したりという取り組みがあるのだが、これに対しても内山さんは「自画自賛でやっているけど、本好きの人しか見てない」。書店が生き残っていくためには根本を変える必要がある。つまり「本を買わない人を連れてこないともうジリ貧だなとわかった」という危機感を抱いてきた。

 このモチベーションは内山さんひとりがもてばいいのではなく、ほかの社員にも共有してもらわないといけない。朝礼の場をはじめ、率直にこの気持ちを伝えるようにした。とはいっても、なかなかすぐには変わらない。内山書店以外では働いたことのないスタッフも多く、具体的にどんなことが必要なのかイメージができない。内山さんはお客さんの目線に立ち、日々の細かな業務から変えていった。

 たとえば「客注は逃げない」という意識。在庫のない輸入書の注文がお客さんから入り、中国に取り寄せの注文をかける。店としては入荷には一か月ほど時間はかかるが確実に売れる、と考えている。ところが、入荷の連絡をお客さんにしたらもういらなくなった、と言われることも出てきた。客注の場合は何らかの方法で早く入荷してお客さんに届けなければいけない、と意識を変えた。

 あるいは、電話で本の問い合わせがくる。調べてみると「版元品切」の状態である。版元とは本をつくっている出版社のことで、品切なら出版社つまりメーカー側にも在庫がないということになる。書店員はもちろん版元品切の意味は理解できるが、それをそのままお客さんに言って伝わるだろうか。版元品切が一般的な用語ではないと自覚し、お客さんに正確に意味が伝わるように、改めて考えましょうと社内で伝え、ごく平易に「出版社で在庫がなくなってしまって取り寄せできません」という言い方をしようとなった。こうした細かい業務の積み重ねをみんなで共有してきた。


ドラマの原作として人気の本が増えている


三階で開催されていた「旅行記フェア」

(第3回につづく)

【お話を聞いた人】

内山深(うちやま・しん)
中国、アジアの専門書店、内山書店の代表取締役。
内山書店店舗情報:〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-15 TEL:03-3294-0671営業時間:火~土10:00-19:00 日11:00-18:00 月・祝休み
webサイトからの購入も可能 http://www.uchiyama-shoten.co.jp/

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