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連載インタビュー「外国語をめぐる書店」

スペイン語専門オンライン書店 ミランフ洋書店 宇野和美さん(第3回)

もっと提案を

 赤字にならなければよいと思って始めた書店だが、いまは立派に黒字で、十五年を超えて続けている。それだけ続けていると、少しやり方にも変化がある。

 当初は絵本の取り扱いが少なかった。絵本は造本も凝っており、高価になりがちのため、手軽に買ってもらいにくいという配慮からだった。しかしスペイン語圏では近年、絵本の出版が盛んで、お客さんからも絵本を読みたいという声が届くようになったこともあり、絵本のラインナップを増やした。

 そして絵本の読者は、学習者以外にもいる。それは日本に暮らす、スペイン語圏出身の親とその子どもだ。「子どもはまだ一歳ですけど、赤ちゃん向けの絵本はありますかというような問い合わせが増えてきた」という。スペイン語の赤ちゃん絵本はむかしは少なかったのが、近年は増えてきたこともあり、親がメキシコ人ならメキシコの絵本を、アルゼンチンならこちらを、など相談に乗りながら一緒に選ぶこともあるそうだ。

 個人のお客さんだけでなく、図書館の多文化サービスからの注文も入る。多文化サービスとは、在住外国人をはじめとする多様な文化・言語的背景を持つ人びとの情報アクセスを保証する公共図書館の役割で、スペイン語書籍を蔵書するのに、ミランフ洋書店から購入する館もある。宇野さん自身も、多文化サービスの充実を図るための研究や活動を行っている任意団体「むすびめの会」に参加し、各地の図書館の多文化サービスを見学したこともある。

 この多文化サービスについて、宇野さんはある課題を感じている。ミランフ洋書店では、翻訳された本は基本的には扱っていないのだが、日本の作家のスペイン語版は扱うようになってきた。日本語がないと一人で読む自信がまだない、という人のガイドになると考えてのことだ。そういう本は多文化サービスの蔵書としても求められる。ただ、そればかりになってしまう傾向があるのが、宇野さんは気がかりなのだという。図書館スタッフとしては、自分たちも内容がわかって安心して扱えるという意味で、日本の作品のスペイン語版を選びたくなる気持ちは理解できる。しかし、実際に利用するスペイン語話者の人はどう感じているだろうか。

 「利用者は、日本の本ばかりじゃなくて、現地の作家が書いた本を読みたいだろうとも思っているんですよね。そういうものも必要だと思うんです。赤ちゃん絵本でも、最初からスペイン語のリズムで書かれている本、たとえばわらべ歌の本とか、もっとそういう本も置いてほしいと心から思っているんです」

 それを実現するためには、本の内容をある程度わかるように図書館スタッフに説明をしなくてはならない。宇野さんには、いま扱っている本だけでも、せめてリストにして案内ができるようにしたい気持ちはある。ただ、現実としてはそこまでの余力はないと明かす。

 いまでも、相談を受ければ提案はするようにしている。たとえば、環境活動家グレタ・トゥンベリさんのことを書いた絵本など、ノンフィクション絵本でよいものがないかという相談。あるいは、宇野さんから、国語の教科書に出てくる本のスペイン語版を探してみようかと持ち掛けることもある。

 宇野さんの熱意も大切だが、図書館の多文化サービスという部門全体として、どんな本を置くべきか、考えるべき課題でもあるだろう。

 

読者の目線に立って

 宇野さんの本業は翻訳である。その選書眼が、ミランフ洋書店の取り扱い書籍にも反映されている。一方で本をどう届けるかという点に目を向けると、宇野さんはやはり書店主でもあると感じる。

 学習者が本を選びやすいように。日本に暮らすスペイン語ネイティブが現地の作家の作品を読めるように。宇野さんのこうした姿勢から、常にお客さんである読者の目線に立っているのだと気づかされる。

 読者とつながるため、ミランフ洋書店は新しい試みを始めた。二〇二一年三月、西日暮里にある棚貸し書店「西日暮里BOOK APARTMENT」に出店をしたのだ。三十一センチ角の棚ひとつ分、冊数にして約二十冊分と、ごく限られたスペースだが、ミランフ洋書店が扱う本を手に取って選ぶことができる。

 「これまでお店はないんですか、行ってみたいです、と聞かれることはあって、でもお断りしてきました。それでちょっとしたポップアップみたいなお店を開きたいなとは考えていたんです」

 やはり本を直接見てもらう機会があるといい。西日暮里BOOK APARTMENTは、棚を借りるほかに、店番を担当するしくみがある。店番に立つと、棚のほかに平台(テーブル)を自由に使うことができる。宇野さんは月に一回、店番をし、お客さんに実物を見てもらえるようにしている。店番をする日は事前にSNSで告知し、見たいものがあれば持っていくとリクエストを募ってもいる。

 あるお客さんは、ミランフ洋書店で買った絵本を手にやってきてくれた。見ると、絵本には付箋がびっしり。辞書で調べたことをメモしてある。うれしくて「わからないところはありませんでしたか?」と会話が弾む。

 あるいは、キューバ人だというお父さんが子どもと二人でやってきた。それにあわせて宇野さんも本を持っていくと、あれもいい、これもいい、と選んでいる。日本人のお母さんからはメールで五千円まで、と釘を刺されたようなので「じゃあこれはおまけでいいよ!」と宇野さんもついサービスしてしまう。

 店番の仕事はあるが、お客さんと直に触れ合える。「こうやって楽しんで読んでくれるんだな」とわかる。

 文学はまだ読めるレベルではないと絵本を求めていくお客さんがいる。しかし絵本だから簡単というわけではない。どんな本でも、日本人にとっては難しい表現が必ず出てくる。しかし宇野さんの紹介文を見て、「これだったら自分で読めるかも、と手に取ってくれるのはうれしい」。それが「これを読めたから、次はこういうのを買いたい」という期待につながる。その声が、宇野さんにとってこの仕事の魅力だ。

 現在は円安で、本を仕入れるのには厳しい状況が続いている。お手頃価格で次々に買えるような本を提供したいと思っても、どうしても安くない値付けになってしまう。お金のある人だけが楽しめるようにはなってほしくはないという気持ちもある。ついつい仕入れするのに委縮してしまうが、ラインナップが減ってしまうし、よいものは取り寄せないといけない。

 コロナ禍のために、外国にも行けていなかったが、今年の十一月は四年ぶりにグアダラハラのブックフェアに行く予定だ。久しぶりの大規模の入荷を楽しみに待ちたい。


西日暮里BOOK APARTMENTでの陳列

 

おすすめの本

1) スペイン語学習者におすすめの本

Gabriela Keselman, Teresa Novoa, Conejos de etiqueta

ネイティブの5、6歳向けの童話。旅行中、20匹の子どもウサギの面倒をおばあちゃんウサギに見てもらうために、それぞれの子どもウサギにラベルを付けるけれど、嵐が来てラベルが飛んで行ってしまい…。口語表現もあれば接続法もあり、線過去と点過去の使い分けもわかり、と文法的な総合力が要求されて勉強になる一冊。文章に添えられた絵がとてもかわいい。

 

2) いま一押しの本

Elena Odriozola, Ya sé prepararme el desayuno

バスクの作家の絵本。日本人が求める絵本のかわいさとは少しちがうかもしれないけれど、この絵が宇野さんのおすすめポイント。タイトルは「ひとりで洋服を着れるよ」という意味で、ほかにもシリーズで「ひとりで料理できるよ」「ひとりで畑ができるよ」など展開されている。

 

3) 書店を開きたいと思っている人におすすめの本

Liniers, Feliz, feliz aburrimiento

タイトルを訳すと『幸せな幸せな退屈』。

アルゼンチンの新聞La nationの、ラテンアメリカのひともスペインのひとも知らない人はいないほど有名なコマ漫画の作家による作品。表紙の女の子はエンリケタといって本が好きなので、本を読んでいるシーンが山のように出てくる。書店を開きたい人にはぴったり。セリフのひとことが読めると面白く、かわいい。

【お話を聞いた人】

宇野和美(うの・かずみ)
翻訳家、スペイン語の子どもの本専門ネット書店「ミランフ洋書店」店主。訳書に、グアダルーペ・ネッテル『花びらとその他の不穏な物語』『赤い魚の夫婦』(ともに現代書館)、アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』(東宣出版)など多数。

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