白水社のwebマガジン

MENU

連載インタビュー「外国語をめぐる書店」

スペイン語専門オンライン書店 ミランフ洋書店 宇野和美さん(第2回)

嘘から出た実

 二〇〇二年に帰国した宇野さんは、その経験も生きて少しずつ翻訳の仕事が増えていく。二〇〇四年には、スペイン語の翻訳・通訳事業やスペイン語講座を運営する企業イスパニカで、通信添削の講師を務めることになった。その教材を買うのに、もともと自分が本を買うのに利用していたスペインの書籍輸出会社を利用することにした。

 二〇〇五年、この会社が東京で開かれるブックフェアに出展することになり、宇野さんにミーティングをしないかと声がかかった。宇野さんとしては特に話すことはないが、せっかくのお誘いだし、珍しい機会だからと会うことにした。その場で尋ねられたのが、宇野さん自身は本を売っていないのかということだった。宇野さんはもっぱら自分が翻訳したい本を探すために買い求めていたが、考えてみれば、通信添削の教材は、自分が取り寄せている。そう思い至り、「売ってないわけではない」と答えると、「なんだ、もっと早く言ってくれればよかった、それなら次からは書店向けの掛け率にするよ」と言われた。これまで宇野さんは個人として買っており、それでも定価から一割引きほどの価格にしてもらっていた。向こうとしてはそれよりもよい掛け率、つまり書店向けの正式な割引率で販売しよう、という厚意だったのだろう。

 こう答えた宇野さんだが、「これはやばい、半分くらい嘘をついてしまった」と冷や汗をかく。通信添削用に買う本はわずかな数なのだ。どうしようかと考える帰り道だったが、家に帰るときには答えが出ていた。「じゃあ本当に本屋をやっちゃおうかな」。傍からはかなりカジュアルな思いつきだったのかとも思えるが、自分で留学先を見つけ、奨学金を獲得して三人の子どもを連れて行った宇野さんである。行動力の裏打ちがあったのだろうと感じる。

 あくまで本業は翻訳なので、「翻訳のスピンオフみたいな感じ」で収支もマイナスにならなければよい。費用と労力の面でオンライン書店にしようと考えた。準備期間を二年と定めて、自治体の企業セミナーを受け、ショップページを作る方法を調べた。

 肝心の品揃えだが、方針そのものは最初から宇野さんのなかで「子どもの本専門店」とはっきり決まっていた。大人向けの本まで扱うとなると数にきりがないという理由がひとつ。児童書であれば、翻訳のためにこれまで読んできて、翻訳はできないけどいい本だと感じたものはあったから、それを届けることができる。あるいは自分の学生時代の経験と照らし合わせても、スペイン語の文法を一通り学んでも、それで文学作品を読むことは語彙的にも文法的にも無理である。児童書なら、文章量もいろいろで、さまざまなレベルのものがある。

 「大人の本しか知らない人は、子どもの本は子どもじみているとか、程度の低いものとして見るけど、子どもの本でもよくできたものはすごくいい文章になっている。そういうものに触れられたらいい」

 こうして二〇〇七年、「ミランフ洋書店」がスタートした。ロゴは、バルセロナ好きつながりのブックデザイナー森枝雄司さんにロゴを作ってもらった。開店時の取り扱いは二十タイトルほど。店名の「ミランフ」はカルメン・マルティン・ガイテの『マンハッタンの赤ずきんちゃん』に出てくる造語からとった。「今からいいことがある」という意味のおまじないだ。

 

児童書の選書眼

 二〇二三年現在、取扱点数は約五百タイトルと大きく充実した。最初の年こそ、棚卸が必要なことを知らずに戸惑ったが、以降は表計算ソフトで原価や在庫を管理している。

数は増えても、基本の方針は変わっていない。ただ、数あるラインナップの中から選びやすいように工夫はしている。自身の学習レベルに合わせて本を選べるように、それぞれの本に宇野さんの感覚で難易度を四段階で示している。すべての本を実際に一通り目を通してチェックしているからこそできることだ。レベル表示のほかに、本のカテゴリー分けを細かくするという工夫もある。ひとつのカテゴリーで扱う点数が増えていくと、どうしても下のほうに表示されるものは見てもらえる頻度が下がる。細かく分けることで、さまざまな本が見てもらえるようにという意図だ。カテゴリー分けはたまに入れ替えるなどメンテナンスをしている。

 児童書ということのほかに、もうひとつ宇野さんのとっている方針がある。英米のベストセラーなどをスペイン語訳したものは扱わず、スペイン語オリジナルのものを扱うことだ。最初からスペイン語のリズムや文体で書かれたもの、スペイン語圏の文化や発想を反映しているものを届けたいと考えているからだ。これは上で述べたカテゴリー分けにも反映されているともいえる。

 カテゴリーはジャンルや対象年齢に加えて、スペインか中南米かでも分けられている。特に関心のある地域が決まっている読者にとってはうれしい。とはいっても、現在スペイン語圏で出版される本は、国境を越えて出されるものも多い。出版社はスペインにあるが、作家自身はラテンアメリカであったり、文章はチリの作家で絵はスペインの画家のコラボレーションであったりする。どのように分けるかは難しく、作家名と一緒に国名も表示している。

 ミランフ洋書店の場合、スペインの本と中南米の本とで仕入れの方法が異なる。スペインのほうは、書籍輸出会社にまとめて注文する。バイヤーとしてスペインのブックフェアに招待されて、そこで選ぶ機会もある。

 だが、中南米はまとめて依頼できる輸出会社はなく出版社ごとに仕入れるしかない。二〇〇七年からはメキシコのグアダラハラで開催される図書展に隔年で通うようになり、二〇一三年からはそこで買いつけもするようになった。ここにはメキシコ以外のチリやコロンビアなどの出版社も出展がある。めぼしいと思ったものはすべてその場で買い、持ち帰る。というのもメキシコは運送料が高いうえに送った荷物が届かないこともある。なので、スーツケースを二つ準備し、飛行機の預け荷物の上限である二十三キロまで、本を詰めて帰るのだ。二〇一九年に訪れた時は、超過料金が発生してもせいぜい百ドルだからと、重さを気にせずに買い求めた。なお、意外にもアルゼンチンはメキシコより遠いが、送料は安く済むらしい。なので、アルゼンチンの本は直接注文することもある。

 選書の基準はどうなっているだろうか。ここでも、宇野さんの翻訳者としての経歴が大きな意味をもつ。いい児童書、絵本を出している出版社の人とは付き合いがあるし、作家にも知り合いがいるので、会えばどんな新刊が出たか、面白かったのはどれか、といったことを話せる。こういう人とのつながりがあるから、グアダラハラで仕入れているという。

 そして本を選ぶとき、宇野さんは翻訳家と書店主とのふたつの頭を使っているようだ。翻訳できるかもしれないと目星をつける本もあれば、翻訳はできないかもしれないけど、手にとってほしい、売れるかもしないと思って入手する本もある。このとき、翻訳するにしても売るにしても、ベストセラーは宇野さんにとって魅力に映るとは限らない。むしろそうしたものへの興味は薄い。「こんな本は日本では作られないな、というものが好き」なのだ。スペイン語圏にはこんな本がある、といういわば提案型である。

 宇野さん自身は「商才はないと思う」と言うが、それはベストセラーにこだわらないということからだろう。スペイン語のものに限らず、日本のものも含めて児童書には常に目を配ってきた。どういう本が良いか、評価されているか。絵と文章の両方から見極める選書眼は強みになっている。

 こうして仕入れられた本は、ひとつひとつに内容紹介の文を付けて商品としてラインナップされる。粒ぞろいの本だけに、紹介文を見るだけで読みたくなってしまうはずだ。あらすじだけでなく、「スペイン語の文法をひととおり学習して、物語に挑戦してみたい方にぴったり」、「少しだけ文章の多いものに挑戦してみようという方にもおすすめ」などのレベルについてのコメントがあるのもうれしい。これなら自分でも読めるかも、次はこれを読んでみたい。そんな気持ちにさせてくれる。


在庫はアルファベットごとに収納ボックスに保管し、Excelで管理している

(第3回につづく)

【お話を聞いた人】

宇野和美(うの・かずみ)
翻訳家、スペイン語の子どもの本専門ネット書店「ミランフ洋書店」店主。訳書に、グアダルーペ・ネッテル『花びらとその他の不穏な物語』『赤い魚の夫婦』(ともに現代書館)、アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』(東宣出版)など多数。

タグ

バックナンバー

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2024年5月号

ふらんす 2024年5月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

ランキング

閉じる