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連載インタビュー「外国語をめぐる書店」

フランス語専門オンライン書店 レシャピートル 榎本恵美さん(第2回)

学習をさまざまにバックアップするラインナップ

 取り扱うジャンルにも、榎本さんならではのセンスが発揮されている。フランス語学習に欠かせない教材は、試験対策を筆頭に文法、語彙、コミュニケーションなどと細かくジャンル分けされていて、各書籍の紹介も詳しく、自分の伸ばしたい力やレベルに合うものが見つけやすい。

 そしてなんといってもおすすめは辞書の充実したラインナップだ。榎本さんは「自称辞書マニア」とうそぶくほどの辞書好きなのだ。辞書はもちろん、調べ物をするためのものだが、榎本さんにとっては「探す目的もなくパラパラ見て楽しいもの」でもある。特にお気に入りは、『プティ・ラルース・イリュストレ』。多くのイラストや図表を収録する、毎年刊行される百科事典的な辞書で、刊行のたびに追加される新語も世相を感じさせる語として話題になる辞書だ。仏仏辞書は学習が進むと有効に使えるものだが、使いこなせなかったらどうしようと躊躇もしてしまう。なので、豊富なラインナップを、特徴のちがいをわかりやすく説明してあるのは心強い。

 いま充実を図っているひとつが、哲学や環境問題などのテーマを子ども向けの読み物にしたシリーズだ。難しいテーマに感じるが、子どもに語りかけるというコンセプトで対話形式で書かれているので読みやすいという。読み物に親しみたい学習者にはおすすめだ。

 読み物という点では、多読向けのラインナップを増やしたいと考えている。多読には「段階別読み物(Graded Readers)」と呼ばれる、学習レベルに応じた語彙や表現で書かれたものが活用されるのだが、フランス語にもそうしたものがある。いまのラインナップではそこがまだ手薄である。

 これらのジャンルは前職のときから、榎本さんが選書して仕入れていたものだ。一方で、独立したことで新たに取り扱えるようになったものもある。榎本さんが「勉強のサイドメニュー」と呼ぶ、フランスの文具や雑貨だ。具体的には、世界的に有名なフランスのノートメーカー「クレールフォンテーヌ」のノート、フランス文学といえばまず名前があがる出版社ガリマールが手がける文具シリーズの手帳、あるいはカレンダー、アルマナと呼ばれる歳時記といった品だ。挑戦したら仕入れることができた商品もある。榎本さん自身が好きだからということもあるが、遊び心のあるもの、フランスを身近に感じられるものが手元にあると、学習のモチベーションもあがると見込んだわけで、狙い通り売れ行きを伸ばしている。

 逆に、「お客さんから勉強させてもらえた」と感じる商品もある。筆記体を書く練習をするワークブックが予想以上の売れ行きだという。「いまはパソコンやスマートフォンで、文字を書く機会がないですよね。だからそんなに売れないかな」と思ったのがうれしい誤算になった。学習者はやはり文字を書くのが好きだし、「あるお客様は、展覧会で書簡が展示してあって、その筆記体の文字を見てこういう美しい文字があるんだなと興味をもったんです、と教えてくれました」。筆記体にはこんなに人を引き寄せる力があるんだなと思い知った。

 

「物語」の魅力を届ける定期便

 もうひとつ、webサイトのカテゴリーのトップにあるものにも注目したい。「フランス絵本定期便」という定期購読サービスで、榎本さんが選んだフランス語の絵本を毎月一冊届けてくれる。アイデアの源は自身の子育ての経験にある。フランスの絵本を、「渋い表紙だな」と思いつつも子どもに読み聞かせてみたところ、思いのほか夢中になってくれた。数ある絵本のラインナップの中から何を読むのか決めるには、どうしても「バーバパパ」や「リサとガスパール」など、自分が知っているキャラクターに頼ってしまうのは誰しも同じだろう。物語から本を選ぶのは難しい。けれど、面白いものはあるとわかった。ではそれを自分が選んで紹介してはどうだろうか。日本にも絵本の定期購読サービスは根付いているので、その仕組みを参考にしようと考えた。前職で育休から復帰した際に提案して実現させ、レシャピートルでも同じサービスを続けている。選ぶ絵本は実際に榎本さんが子どもに読み聞かせたものが中心になっているので、読みごたえはお子さんのお墨付きだ。

 「絵本は読み聞かせにももちろんですが、絵のイメージの助けがあるので、多読にもおすすめですよ」。子どもと親との会話など、短めの文がイメージと一緒に「こういう場面でこういう表現をするのか」とインプットされると、実際にそのシチュエーションになったときにぱっと頭にその表現が浮かんでくるようになるそうだ。実際、購読者には多読に活用している人もいる。

 フランスの絵本には、日本でも翻訳がロングセラーとしていまも読み継がれる『すてきな三にんぐみ』|(トミー・アンゲラー、今江祥智訳、一九六九年、偕成社)のような有名作もある。だが、定期便では近年に刊行された魅力的な絵本も取り上げられてきた。内容は、子ども向けということでかわいらしいシンプルなものもあるが、深いメッセージ性をもつものもある。たとえば、森で起きた火事に、小さなハチドリが一滴ずつながらも水を運び立ち向かう絵本。みんなが「自分にできること」を集めれば大きな力になるということを教えてくれる。それ以外にも、ポジティブな気持ちを育んでくれるような作品が多く選ばれているように思える。榎本さんが、自分自身の子育ての経験も振り返りながら、読み聞かせを通して伝えたいと思っていることが現れているのだろう。

 

フットワークの軽さを強みに

 個人で書店を経営するということは、リスクも負わないといけないということだ。さらに「マーケットは大きくないし、フランス語の学習者が減っているのは知っている」と榎本さんも自覚している。それでも、一人ひとりの顧客を大事にして、その人のことを考えた選書をし、時には連絡もとるようにすれば、ちゃんと買ってもらえるという手ごたえは感じている。

 翻って一人だからこその利点もある。即座に判断できることからくる、フットワークの軽さだ。たとえば、フランスから来日した著者のサイン会を行った。著者は、二〇一八年に日光を旅行している最中に失踪したティフェーヌ・ヴェロンさんの兄妹。兄ダミアンさんと妹シビルさんは、懸命に証拠や写真資料などを集め、事件の詳細を追ったドキュメンタリーを刊行した。この本をレシャピートルでも扱っているが、さらに日本のフランス人コミュニティー向けにサイン会を行いたいという連絡が榎本さんのもとに届いた。

 「多分、わたしのところへ話を持ってくる前に、ほかの大型書店さんにも打診をしているんだと思うんですね。でもきっと応えてもらえなかったんでしょう。それは仕方ないと思います。リスクがありますから」

 つまり、大型書店であれば、イベントをやるとなればそれなりに本も仕入れておきたい。しかし、それが売れるかどうかの保証はない、それで社内の了承を得なければならないとなると、どうしても及び腰になるという分析だ。しかし、個人経営であるレシャピートルなら、そして肌感覚で顧客のニーズがわかる榎本さんなら、リスクを抱えない数字を瞬時に判断して、すぐに返事ができる。実際、話が来たのはイベントのひと月ほど前で、しかもイベントの会場も決まっていないという状態だった。商品到着まで数週間がかかることを考えると、猶予は二日ほど。二十冊ならいける、と判断してとりあえず注文を出した。その後、著者からの連絡が途絶えて心配したが、イベントの一週間前に会場がとれた、との朗報があり、キャリーケースに二十冊を積んで会場まで向かった。大変ではあるが、大事なことは本をたくさん売ることではなく、本を通して著者のメッセージを読者に伝え共有することであることを学んだ。(第3回につづく)

【お話を聞いた人】

榎本恵美(えのもと・えみ)
フランス語専門オンライン書店「レシャピートル」書店主。フランス人夫、長男、長女、猫二匹と暮らしている。店名は「おどけたネコたち」とChapitre「(本の)章」のJeu de mots言葉遊びから。モットーは「わくわくするような遊び心のある書店」。

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