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「マンガ家デビューはフランスで」Kim Bedenne

第2回 「クラブ・ドロテ世代」に築かれた漫画大国

 前回の記事でフランスは芸術の国であり、漫画の国でもあるとご説明しましたが、何故そこまで日本の漫画が浸透したのでしょうか?

 80年代にフランスでは「アンパンマン」レベルの小さな子供向けの番組しかなく、10代の若者向けのテレビ番組はほぼ皆無でした。そんな中、イタリアで既に人気を集め始めていた日本のアニメに、あるフランスのテレビプロダクション会社が目を向け、人気アニメを輸入し出しました。

 80年代頭から90年代終わりにかけて、巨大ロボットが活躍する「UFOロボ グレンダイザー」やロマンス系の「キャンディ♡キャンディ」から、ギリシア神話からインスピレーションを受けた「聖闘士星矢(セイントセイヤ)」、壮大なバトルを展開する「ドラゴンボール」やギャグ溢れるアクションアニメ「らんま1/2」、または多くの女の子の憧れとなった「美少女戦士セーラームーン」など、次から次へとヒット作品がテレビで放送され、社会現象を引き起こしました。

 90年代半ばはもはや日本のアニメがほぼ一日中流される状態にまで発展しました。キャスターの名にちなんだ子供向けバラエティ番組「クラブ・ドロテClub Dorothée」はアニメブームの象徴となり、いまも伝説の番組として知られています。その熱い想いはYouTubeチャンネルGeneration Club Do「クラブ・ドロテ世代」に引き継がれています。

 この番組の影響は大きく、現在30代のフランス人は、同年代の日本人よりもその時代のアニメに詳しいかも知れません。当時日本でヒットしたアニメは大抵フランスでもヒット作品になりましたので、日仏で同じものを見て青春を過ごしたわけで、共通点として大事な役割を果たしています。当時の子供は、「日本」の作品として認識していませんでしたが、話が面白く、共感できるキャラに夢中になっていました。

 その一方で、親世代は理解に苦しんでいました。それには放送方法に多くの問題がありました。フランスではどうしても「アニメ=子供」というイメージが強く、ターゲットを気にせずにどのアニメも一緒くたにされてしまいました。例えば、暴力シーンの多い「北斗の拳」や性的描写を含む「シティーハンター」が「セーラームーン」と同じ時間帯に放送されたりしたのです。プロダクション側は子供らしくするための工夫をしました。無理矢理に会話の内容を変えたり、暴力や性描写が極端すぎると判断されたシーンをカットしたり、ダジャレを入れたり、声優におかしな声で演技させたりしました。そうしたダジャレの中で、歴史に残ったのが「北斗の拳」の悪役のセリフです。主人公をバカにするセリフを、「北斗・ド・クイジーン」に変え、au couteau de cuisine=キッチンナイフの意味にしたというわけです。

 それでも人気は上がる一方で、逆に大人からの批判が強まりました。「日本のアニメは性と暴力ばかりだ、フランスの子供が見たらバカになる!」日本にも似たような発言がきっとあったでしょうが、それがフランスでは政治家が声を上げるほどになりました。1989年、のちに大統領候補となったセゴレーン・ロワイアル氏が日本のアニメを最低で凡庸で醜悪極まりないと批判しました。当時、そうした意見を持っていたのはロワイアル氏だけではなく、エリート層は大抵それに賛成していました。

 そして2000年に、バブルが弾けました。批判の嵐に耐えられず、テレビ局がピタッとアニメの放送を中止しました。地上テレビでのアニメブームはそこで一旦幕を下ろしました。

 しかし、10年以上アニメを見て育った世代が現れたので、そこでことは終わりません。90年代から日本の漫画がフランスで刊行され始め、次の社会現象を引き起こしました。アニメの続きを漫画で読め、しかもバンド・デシネより安く、お小遣いで購入できる。こんな嬉しいことはありません。

 面白いことに、80~90年代のアニメが「日本」のものとして意識されていなかったのに対し、漫画は「日本」で生まれたものであることは読者に伝わりました。アニメは映像として形はどこでも一緒ですが、漫画はバンド・デシネやアメコミと明らかに装丁が違い、別の文化圏のものとして意識されました。しかも、当時のアニメでキャラ名がフランス風の名前に変更されていたのに対し、漫画の翻訳は原作により忠実で、原作通りの名前が多くの場合使用されました。

 そのおかげで、日本という国に対する興味が本格的に深まり、日本語を勉強しようと考えた人が急増しました。弊社Ki-oonの社長も私も、「クラブ・ドロテ世代」として日本に目覚めました。きっと漫画業界を背負っているフランスの編集者の多くは同じ道を歩んできました。

 アニメは地上波チャンネルから消えても、その後登場したケーブルチャンネルやネットプラットフォームで復活しました。今や子供の頃アニメを見ていた世代は親になり、自分の子供と一緒に漫画を読んだり、アニメを見たりし、次世代を育ててくれています。

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キム・ブデン:Ki-oon東京オフィス代表 TWITTERアカウント@Kim_Ki_oon メール:mochikomi@ki-oon.com

◇初出=『ふらんす』2022年5月号

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著者略歴

  1. Kim Bedenne(キム・ブデン)

    編集者。講談社国際事業局、仏漫画出版社PIKAを経て2015年よりKi-oon在日オフィス代表

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