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「マンガ家デビューはフランスで」Kim Bedenne

第3回 漫画から読み解くフランスの国民性

 フランスでアニメに続き、マンガブームが起きても「マンガ=セックスと暴力」という偏見は長年消えませんでした。近年、一般メディアでそのイメージが変わってきましたが、それは子どもの頃にマンガを読んでいた世代が大人になったからでもあり、出版社の努力の賜物でもあります。

 マンガは普遍的なテーマを扱っているものの、翻訳版の刊行にはその文化圏の特徴も忘れてはいけません。Ki-oonは国民性を意識しながらフランス市場に向いている作品を慎重に選びます。日本の人気作品は、多くの場合フランスでも人気を得ます。しかし、日本よりフランスで受け入られやすい作品、日本で受け入れられてもフランスでは流行りにくい作品もあります。

 ヨーロッパが『指輪物語』の世界のモデルになったように、フランスではダークファンタジーの要素がある作品が人気です。例えば、Ki-oon刊のエルフの復讐物語『ユーベルブラット』のフランスでの販売部数は遥かに日本の部数を上回っています。また、ハリウッド映画の影響もあり、スリラーサスペンス系、つまり刺激の強い作品がヒットすることが多いです。生死を賭けたゲームが繰り広げられる韓国ドラマ『イカゲーム』が話題になりましたが、10年前からKi-oonはデスゲームシリーズを出し、『ダーウィンズゲーム』がベストセラーになるなど、フランスでブームを起こしました。

 読者層拡大に効果的なのは歴史マンガです。このジャンルでもKi-oonの人気作品があります。中央アジアを舞台にした森薫の傑作『乙嫁語』はフランスの有名なコミック賞を獲り、マンガに対するイメージを変えてくれました。美しい柄に歴史的背景を反映した深みのあるストーリー。マンガに興味のないインテリ層もその魅力を認めざるを得ませんでした。

 逆に、日本で人気のある癒し系作品、つまりしっかりとしたストーリーを展開するよりも日常の中の小さな幸せやちょっとした出来事を描くマンガは、フランスではマイナーなジャンルです。日常の中で面白いと思うものが異なることも要因ですが、癒し欲より刺激欲が強いことが大きな理由でしょう。可愛くて元気な女の子の楽しい毎日を描く『よつばと!』は日本では社会現象になったのに、フランスでは一般読者にまでは広まりませんでした。『メタモルフォーゼの縁側』のように老婦人と若者の友情を描く人間ドラマが中心のものは別ですが、日常系の作品はなかなか理解されません。

 日本の少女マンガが描く女性の姿はフランス人女性にとって共感しにくいようです。逆に、主人公が変わり者で積極的な女性であることが人気作品の共通点です。ロックシンガーを主人公にした『NANA』はその象徴ですが、他に女性の自堕落な素顔を描く『スイッチガール‼ 』、作品執筆のために恋愛経験を求める若手作家を主人公にした『わたしに××しなさい』もいい例です。

 同じような理由で、萌え系作品は日本ほど人気が出ません。女性を意味なくセクシーに描くことをフランス語で「ファンサービス」と言います。そういう傾向の多い少年マンガ作品に関するコメントを見ると、女性読者だけではなく、男性読者からもそうした描写に批判的な声があります。『五等分の花嫁』のようなラブコメがフランスでも売れたことから、全く受け入れられない訳ではないことがわかりますが、女性の描き方にフランス人読者は敏感になってきたことは事実です。

 最も厄介なジャンルはギャグです。ユーモアの条件は文化的な背景の共有と価値観の理解です。面白さを伝えるのは翻訳者の仕事ですが、ほとんどの場合、元のギャグを直訳すると面白さが通じず、絵とセリフが合う形でフランスのネタに変更する必要があります。想像を超える困難です!かと言って、勝負に出ないわけではありません。不良と漫才を合わせた「キッド・アイ・ラック!」を優秀な翻訳者に手がけてもらいましたが、結果的にフランス語でも面白く感じます。例えば、1話に次のネタがあります。

 「合コンに母がいた時のあるある。」「お持ち帰りというわけではないが最終的には一緒に帰る。」「実家にね!」

 ここで問題です!フランスには合コンがありません。しかも、女性が自分のものになったかのような「お持ち帰りする」という表現も使えません。では、どうしますか? 翻訳は次のようになりました。

 「母が大学のパーティーに一緒に来てしまった。どうなるのか?」「俺が一目惚れした女の子は俺のことを可愛いと思ってくれた…母に赤ちゃんの頃にベビー用トイレ(pot)に座っていた時の写真を見せられて。」「それは運(pot)がないね!」

 文脈と意味合いを残しつつフランスの文化に合わせた冗談に変えられました。もしフランス語のユーモアを研究したければ、この作品の日本語版とフランス語版を読み比べることをおすすめします。

 社会的な背景や価値観にマンガの流行りは左右されますが、マンガへの理解が深まったおかげで、フランスで受け入れられるジャンルの幅が広くなりました。コロナ禍の中、様々な変化が見られましたが、その読者層拡大と読者の視野の拡大も重要な現象です。いずれは、日本のギャグも理解される時代が来るかもしれません。

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キム・ブデン:Ki-oon東京オフィス代表 TWITTERアカウント@Kim_Ki_oon メール:mochikomi@ki-oon.com

◇初出=『ふらんす』2022年6月号

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著者略歴

  1. Kim Bedenne(キム・ブデン)

    編集者。講談社国際事業局、仏漫画出版社PIKAを経て2015年よりKi-oon在日オフィス代表

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