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インタビュー「「その他の外国文学」の翻訳者」

第5回 ノルウェー語:青木順子さん(1/4)

 ノーベル平和賞を授与し、男女平等ランキングで上位をキープする。天然資源に恵まれ、一人当たりGDPもトップクラス。そして、オーロラにフィヨルドという絶景で人気の観光地。こうした際立った特徴をもつノルウェーは人口530万人ほどと大きくはないが、存在感はある。ヨーロッパの小さな巨人といえる。
 とはいえ、日本でこの巨人の話題を聞くことは少ないのが正直なところだろう。北欧とひとくくりにされることがほとんどではないか。
 「ノルウェー語なんてあるんですね、とよく言われちゃうんです」と笑うのは青木順子さん。ノルウェー語通訳、翻訳、講演会講師として活躍し、ノルウェー語教室も運営する。
 たしかにノルウェーはほかの北欧の国と比べてやや影が薄い。たとえばある大学の外国語学部にはデンマーク語専攻、スウェーデン語専攻はあるが、ノルウェー語専攻はない。ノルウェーのことばや文化について紹介したり教えたりできる人は少ない。青木さんは自身を冗談めかして「ノルウェー伝道師」という。毎年、ノルウェーを訪れ、ノルウェーやノルウェー語について情報を発信するwebサイト「ノルウェー夢ネット」を運営し、20年にわたり積極的に情報発信を行ってきたからだ。外国語について情報を発信するサイトとしてはさきがけだろう。翻訳者としては、これまでに3冊の絵本の翻訳を手がけてきた。いずれもノルウェーで出会って惚れこんだ作品で、自ら企画して出版社にもちこんで出版を実現させた。頼まれたわけでもない企画をもちこむほどのノルウェー文学への情熱はどのように生まれたのだろうか。

パンフレットの誤植に導かれて
 青木さんがノルウェーという国を意識したのは1992年。大手旅行会社のパンフレットでオーロラを見るツアー旅行を知ったのがきっかけだった。オーロラも見れるし犬ぞりも体験できる、値段も手ごろ、という程度の気持ちで申し込んだ。とりあえずやたらと厚着をして空港につくと、同じような服装の一団がいて、すぐにこれが同じツアーの人だとわかった。いまでこそネットで旅行の情報はあふれているが、当時はノルウェーやオーロラツアーの情報はまったくなかったのだ。
 ノルウェーではオーロラは見れなかったが、雄大な自然には魅了された。ひともいわゆる観光地ずれしておらず、現地のガイドの人が自分たちツアー客30人くらいを自宅に招いてくれた。「ああ、ノルウェーはこんなに北にあるけど豊かな生活をしているんだなと感動しました」と振り返る。ノルウェーが気に入り、翌年の夏にはフィヨルドツアーに参加した。
 二度の旅行では片言の英語でコミュニケーションをとれたし、まわりにほかの日本人観光客も多かった。それでも、ガイドの人が現地の人とノルウェー語でやりとりをするのを見て、「そうか、ノルウェー語があるんだ」と気づいたし、現地のことばでコミュニケーションをとる姿はやはりかっこいいと感じた。これからも訪れるなら、ノルウェー語を使えるようになりたい。趣味の語学と考えてノルウェー語を学べる数少ない都内の語学学校に通い始めた。
 ちょっとした笑い話なのだが、実は最初のノルウェー旅行が安かったのは旅行会社がパンフレットに載せる金額を間違って10万円ほど安くしてしまったからだったらしい。この間違いがなければ青木さんとノルウェー語の出会いもなかったかもしれない。
 勉強の甲斐あって、その後の旅行で挨拶くらいはできるようになった。それだけの会話でも、日本という縁遠い国からの旅行者がノルウェー語を使うことに「どうしてそんなに話せるの?」と驚きと喜びを返してくれる。英語ではありえない反応がやりがいにつながった。
 語学学校でノルウェーからの留学生と知り合うこともできた。ノルウェーの話を彼らから聞くたびにもっと行きたい、ノルウェー語を使えるようになりたい、という気持ちが募った。ただ、英語圏のように数週間の短期留学ができる制度や語学学校がノルウェーにはない。留学の扉が開かれているのは大学しかない。大学なので厳格な入学審査もある。
 これは大変だと思ったが、ノルウェーへの興味が勝った。仕事を辞め両親を説得し、留学することを決めた。
 本人も「いまの慎重な若い人なら絶対にやりませんよね」というとおり、かなり思い切った決断だ。しかしもともと、外国や外国語に対する憧れはもっていた。
 小さいころ、家には世界文学全集が並んでいた。中高生のころの愛読書『どくとるマンボウ航海記』(北杜夫、新潮社、1965)で、ドイツ語を操り、現地の人とコミュニケーションする作者をうらやましく思った。大学では仏文学科に在籍した。フランス語はうまく身につかなかったが、ノルウェー語でもう一度挑戦を、という気持ちもあった。
 英文のエッセイなど、なんとか必要な書類をそろえて出願、晴れてヴォルダカレッジから合格通知が届いた。青木さんは、ノルウェー留学をする人は少ない、いやむしろ自分だけではと思ったが、後でわかったところによると競争相手はたくさんいた。ただ、青木さんはヴォルダカレッジにとってはじめての日本人留学生ということで選ばれたという経緯があったのだと想像している。その後も出願した人がいるが、ほとんど受け入れられなかった。最初の旅行に引き続き、ここでも偶然に支えられた。青木さんとノルウェーが赤い糸でつながっている証拠かもしれない。

学習者泣かせの多様性
 ノルウェー語はことばとしてはどのような特徴をもつのだろうか。言語の系統としては英語、ドイツ語などと同じゲルマン語系に含まれる。学習者にとってややこしいのが、公用語に「ブークモール」と「ニーノシュク」の2種類があることだ。ノルウェーは歴史的にデンマークの支配下にあったことで、ことばの面でもデンマーク語の影響が強い。それを継承するのがブークモールだ。一方でニーノシュクは、デンマーク語の影響を受ける以前の古ノルド語を取り戻そうという発想から生まれてきた。話者が多いのはブークモールのほうだが、パスポートをはじめ、標識などは両方の表記が併記されるし、ニーノシュクで書く作家もいる。青木さんいわく「なぜ? とも思うけど、それも平等をすごく重んじるノルウェー人らしいですね」という価値観があるようだ。
 方言も豊富で、自治体の数と同じ数だけあるとも言われている。しかもノルウェーでは、たとえば閣僚が会見をするときでも方言を使う。プロの青木さんであっても、通訳の仕事で方言が出てくるとかなりプレッシャーを感じるという。極端な例では、北ノルウェーの方言を話す人の場合、まずオスロのノルウェー語に訳してもらえるノルウェー人に通訳に入ってもらい、そこから青木さんが日本語に訳すというリレー通訳をしたこともあるそうだ。
 また、英語が得意な人からは「ノルウェー語はすごくシンプル、素っ気ないともいえる」と言われたことがあるそうだ。
 「たとえば相手に名前を尋ねるときに、英語ではノルウェー語の言い回しのようなストレートな聞き方はしないだろうということなんです。たしかに、メールでも電報みたいに用件だけということもあって、素っ気ないのかもしれません」。実用第一のことばといえそうだ。
 魅力的な特徴ももちろんある。「歌うように話す、メロディアスなことば」と呼ばれているように、独特の豊かなイントネーションをもっているのだ。ヨーロッパの言語ではっきりしたイントネーションをもつものは珍しい。青木さんのレッスン受講生にもノルウェー語の響きに魅かれて学び始めるひとがいる。ノルウェー語を耳にしたことがないひとはぜひ一度体験してみてほしい。


2008年、最初に留学したヴォルダカレッジを再訪して


1995年の学生寮

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【お話を聞いた人】

青木順子(あおき・じゅんこ)
ノルウェー国立ヴォルダカレッジ、オスロ大学に留学。帰国後、ノルウェーの情報提供を目的としたコミュニティー・サイト「ノルウェー夢ネット」(http://www.norway-yumenet.com)を開設。講演講師、通訳翻訳、ならびにブログやSNSを通じノルウェーの情報発信を行っている。著書に『ノルウェー語のしくみ〈新版〉』(白水社、2017)、『ニューエクスプレスプラス ノルウェー語』(白水社、2018)など。訳書に『パパと怒り鬼 -話してごらん、だれかに』(G.ダーレ& S.ニーフース、共訳、ひさかたチャイルド、2011)、『わたしの糸』(トーリル・コーヴェ、西村書店、2019)、など。

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