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「TOKYOジャズスポット案内」キャサリン・ワトレー

第4回 ELLA RECORDS/PADDLERS COFFEE

真夏の午後、私は代々木上原で電車を降り、駅を出た。幡ヶ谷方面に続く坂を登り始めると、蝉の声がますますうるさくなってくる。住宅街を抜け、西原小学校のかどを右に曲がると、小さな商店街に出る。西原商店街だ。強い日差しの下、通りには誰も歩いていない。私はこの少し寂れた真夏の商店街に、私の知らない時代、失われた「昭和」のなごりを感じる。

私がここを訪れた理由は、ジャズだ。この商店街で今、21世紀のジャズ文化が熟している。ELLA RECORDS と PADDLERS COFFEE がここにあるからだ。

商店街に出る前に一度、PADDLERS COFFEE が目に入っていた。でもコーヒーは、レコードを見てからのご褒美にしよう。PADDLERS COFFEE を通り過ぎて数メートル歩けば、ELLA RECORDS がある。古い典型的な商店建築を再利用した、すっきりとした内装のお店だ。ここではオーナーの葛原繁喜さんがジャズ、フュージョンや和ジャズ、ファンク、ソウル、レゲエなど様々なジャンルの中古レコードを売っている。レコードを探しているお客さんは、毎日 ELLA RECORDS に来る。


ELLA RECORDS正面

渋谷のレコード屋さんを回っていた葛原さんは、その後オンラインで中古レコードを売り始めた。前回の記事で私は「渋谷系」とジャズの関連性について書いたが、まさに ELLA RECORDS は90年代後半、2000年代前半の「渋谷系」からの展開と言えるであろう。葛原さんは現在、この ELLA RECORDS 幡ヶ谷店と、去年開いた下北沢店を経営している。CDの販売が年々減っていく中、レコードやカセットテープが再び売れ行きを伸ばしているこの時代、ELLA RECORDS のように中古をメインで扱う小さなレコード屋さんが増えている。21世紀のジャズ世界では、HMVのようなチェーン店よりも、小さなレコード屋さんのほうが重要だ。ジャズファンやコレクターもそのようなお店に集まってくる。アップルミュージックのような音楽ストリーミングサイトがあったり、音楽のダウンロードができたりする21世紀に、あえてレコードを一つ一つ選んでくれる店がある。情報、音楽がいつでもアクセスできる時代には、マイナーなものがメジャーなのだ。

今日は何も買わなかったけれど、レコードを見た後、コーヒーを飲みに行く。商店街からちょっと奥に入っている PADDLERS COFFEE は2015年にできた。昭和のコンクリートのマンションの1階を利用しているが、内装は木材を使用したゆったりとした空間だ。緑が溢れるテラスもあって、子どもや犬を連れて来るお客さんも少なくない。「ポートランドスタイルのカフェ」の雰囲気で作られていて、とにかくスタイリッシュだ。


PADDLERS COFFEEの目印は、その名のとおりカヌーを漕ぐ人

このカフェは音楽をレコードやカセットテープから流し、いつも面白い音源を聴かせてくれる。きっと、ジャズ、ファンク、ソウルなど珍しいレコードを山ほど持っているオーナーが曲を選んでいるのだろう。「ポートランドスタイルのカフェ」として作られたのかもしれないが、21世紀の東京ジャズ文化を背景にして現れた店だ。アメリカの音楽やクラシックの感覚を磨き、内装や音楽が工夫されている。東京らしい、垢抜けた空間だ。

1917年、最初のジャズレコードがアメリカで発売された。The Original Dixieland Jass Band の「Livery Stable Blues」だ。つまり、アメリカのジャズ文化もまだ100年ぐらいしかたっていない。その直後、日本には大正と昭和初期の第一次ジャズブームが到来した。この100年の間に、ジャズは日本に上陸し、発酵を繰り返し、21世紀に入って熟成し始めた。60年代のモダンジャズブームに比べれば人気は下火かもしれないが、私にとっては今のジャズ文化の方が面白い。SP時代の音楽から最新のフリージャズまで聴くファンがいたり、過ぎ行く時間の中に埋もれていたジャズを、レコードで掘り起こしたりするコレクターがたくさんいる。20世紀と21世紀の音楽を探って自分が好きな音楽を見つけているファンが増えた。

ELLA RECORDS と PADDLERS COFFEE は21世紀のジャズ文化に見られる味わい深い現象だ。20世紀の音楽を探って、磨いているお店だ。自分がまだ生まれていてなかった頃のレコードを買って、コーヒーを飲みながらファンク、ジャズ、フュージョンのレコードを聴く。地下の暗いジャズ喫茶ではなく、窓から優しい陽光が差し込むお店だ。都心ではなく、駅からちょっと離れている場所だ。ある意味ではマイナーな場所、マイナーな音楽かもしれないが、それはメジャーなのだ。今のジャズ文化は可能性で溢れている。ジャズは今、西原商店街で生き生きとしている。

■ELLA RECORDS
住所:〒151-0066 東京都渋谷区西原1-14-10
電話:03-6407-0013
営業時間:14:00 ~ 20:00 月曜定休
http://www.ella-records.com/

■PADDLERS COFFEE
住所:〒151-0066 東京都渋谷区西原2‐26−5
営業時間:7:30 ~ 18:00 月曜定休
https://paddlerscoffee.com/

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著者略歴

  1. キャサリン・ワトレー(Katherine Whatley)

    ライター、翻訳家。
    サンフランシスコ生まれ、東京育ち。コロンビア大学で東アジア言語文化と民族音楽学を専攻。在学中に日本のジャズと20世紀の音楽に関心を持つ。現在は東京に戻り、箏の稽古に通うかたわら、新聞・雑誌へ日本の音楽・文化について執筆している。
    https://www.kwhatley.net/

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