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「TOKYOジャズスポット案内」キャサリン・ワトレー

第2回 新宿DUG

東京で「ジャズの街」といえばやはり新宿だ。戦後のヤミ市の時代を経て活気を取り戻した新宿に1960年代、若者たちが集まり始める。60年代後半になると、新宿駅周辺は学生運動の舞台となった。かつての芸術・文化はそのような時代背景を反映している。大島渚の映画「新宿泥棒日記」(1969年)は若者たちの恋を通して、当時この街に漂っていた空気を描写した。「新宿泥棒日記」はその頃の新宿の匂いがする。そして新宿という街にはいまだに60年代の残り香が漂っているのだ。

この街では誰もがジャズ喫茶、ジャズライブハウス、レコードショップに通ったのである。若者たちは新しい音楽を求め、新宿のジャズ喫茶を巡った。

新宿は今、海外からの観光客で溢れている。旅行者たちがこの街に求めているのはジャズや芸術よりもロボットレストランかもしれない。でも耳をすませばまだ、ジャズの音は聴こえている。

夕暮れ。東口を出てネオンの街並みを歩き、「新宿泥棒日記」にも登場した紀伊國屋ビルディングへと向かう。前川國男が設計し1964年に完成したこのモダニズム建築の一階通路を抜けて、靖国通りに出る。小さな白い看板を探す——DUGだ。建物左側のドアを開けると暗い地下へと階段が続く。壁にはジャズレコードやミュージシャンのポスターが貼られている。その中にはDUGのマスター、中平穂積が撮った写真も含まれている。

中平さんはジャズ喫茶を経営し、またジャズ写真家として活動してきた。「自分の店にミュージシャンたちの写真を飾りたいと思ってジャズの写真を撮り始めた」。写真を勉強するために上京していた中平さんは1961年、アート・ブレイキーの来日公演に足を運び、かの有名ドラマーが演奏する姿を写真に収めた。それがジャズ写真家になるきっかけとなった。同じ年に中平さんは最初のジャズ喫茶を開店している。ジャズ・ブームが加熱していく60〜70年代、彼はアメリカから来日したジャズミュージシャンをほぼ全員撮影した——マイルス・デイビス、ソニー・ロリンズ、セロニアス・モンク、ビル・エバンズ。

「もうちょっと理想的なジャズ喫茶ができると感じた」中平さんは、自らジャズの店を始めた。開店当初はレコードの枚数こそ少なかったが、質の良いものを集めた。「アメリカからの輸入盤は3000円もした。でも、どうしてもオリジナルが欲しかった。そんな時代だった」。そして他のジャズ喫茶とは違い、お酒も飲める場所にした。「そのころはジャズ喫茶ばかりだった。でも、お酒を飲みながら聴きたい、そんな雰囲気を作りたかった。それまではおしゃべり禁止で、みんな静かに聴いていた。今度はおしゃべりもできるし、ワインも飲める」。レコードのセレクションは従業員に任せてきた。流れている音楽はモダンジャズが多いが、アーティストや楽器の種類は様々だ。

DUGには今も60年代のムードがある。マスターはこの60年、ほぼ毎日DUGに顔を出している。木や煉瓦のインテリアがある店だ。モノクロームのジャズのミュージシャンの写真やマイルス・デイビスが描いた絵などが飾ってある。「新しい(modern)」とはもう言えなくなった「モダンジャズ」が流れている。とにかく渋い。

DUGは変わらないが、お客さんたちは変わっていった。「僕はもう店を始めて60年ぐらいになります。僕らの年代の人はあんまり来ない。でも僕らの子供の世代とか、あるいはその人たちの子供、孫ですね、は来ます。先月は3世代で遊びに来たお客さんもいた」。中平さんの息子、塁さんもDUGで働いている。女性一人でも気軽に入店できるジャズスポットは珍しい。海外からのお客さんもいる。

DUGは60年代の新宿の匂いがする。私にとって大切なジャズスポットだ。


小さな白い看板に明りが灯る


店内は煉瓦の壁、中平さん撮影の写真が飾られる

■DUG
住所:〒160-0022 東京都新宿区新宿3-15-12(アドホック隣)
電話:03 - 3354 – 7776
営業時間:12:00 ~ 18:30(コーヒータイム)
18:30 ~ 23:30(バータイム)
年中無休
http://www.dug.co.jp/main.html

*店舗情報は掲載時の情報です。

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著者略歴

  1. キャサリン・ワトレー(Katherine Whatley)

    ライター、翻訳家。
    サンフランシスコ生まれ、東京育ち。コロンビア大学で東アジア言語文化と民族音楽学を専攻。在学中に日本のジャズと20世紀の音楽に関心を持つ。現在は東京に戻り、箏の稽古に通うかたわら、新聞・雑誌へ日本の音楽・文化について執筆している。
    https://www.kwhatley.net/

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