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『ことばを紡ぐための哲学:東大駒場・現代思想講義』特集

【座談会】「来たるべきことばのために」中島隆博×石井剛×梶谷真司×清水晶子×星野太(2/4)

『ことばを紡ぐための哲学:東大駒場・現代思想講義』(中島隆博・石井剛編著)
座談会「来たるべきことばのために」
中島隆博×石井剛×梶谷真司×清水晶子×星野太

<第1回

Indigenous なもの――うねりの底流

中島 『知の技法』は、当時の駒場の知のかたちを非常によくあらわした本だと思います。当時の駒場が抱えていた、ある種の「現代思想」的な知のかたちがよく見えます。問題は、その後なにが起こったのか、ですね。わたしには、「知」のあり方、「知」の場所が相当変容してきたという感覚があります。いままで「知」として捉えられてこなかったテーマが前景化してきた。あるいは、いままで「知」と捉えられてきたものが、それはある種の構造が生み出したもの、ある種の「政治的なもの」が生み出したもの、ということで、批判されるようになってきた。『知の技法』の時代に提出されたものは非常に面白いのですが、ただ、それを支えてきた知の条件自体が変わってきた。そして、問い直されてきた。それがこの20年の状況だったのではないでしょうか。

梶谷 いままで広い意味での「知」というか、少なくとも学問的な知識の源泉とは思われていなかったものが内包しているダイナミズムは、僕の大きなテーマのひとつです。よく言われることですが、近代日本の学問や知識人は、ここをあまり問題にしてこなかったのではないか。

中島 簡単に言ってしまうと、「知の技法」ならぬ〈無知の技法〉みたいなことが、いま問われているのではないでしょうか。いままで「知」というかたちで捉えられてこなかったもの、「無知」と言われてきたもの、それをいまどう「知」として語りなおすのか。あるいは、もし「知」がさまざまな権力性や暴力性をもっているなら、どうは語らないのか。こうしたことが問われている、大きな状況にいるんじゃないか。

梶谷 江戸時代を反復している気がしないでもない。当時は中国に範をとった学問が行なわれていました。儒者ら知識人は当初、中国の学問が日本の実情にどれだけ合っているのかは考えなかった。しかし、いわゆる観念的な学問とは異なり、医学はその土地固有の生活知を無視できない。そこに上から無理やり押しつけてもうまくいかない。そのため、啓蒙書が出てくると、民間知を取り込んで、それを整備してまた概念化していくというダイナミズムが起こってきます。もともと「無知」だと思われている人たちのところに接近することで、「知」そのものが変容していったわけです。昨今の「役に立たない」人文学は、江戸時代の学問を繰り返している気がしてならないんです。

中島 まさに文化人類学を中心に起きている「インディジナスindigenous」なものへの注目ですね。インディジナスをどう訳したらいいかいつも悩むんですけど、「土着のもの」「在来のもの」「在地のもの」ですかね。ある種の生活知、皮膚感覚に根差した知に注目することが起きています。なぜかと言えば、かつての文化人類学が、西洋的な概念を対象にあてはめて斬ってきたところ、それが、対象とされた人たちからの反撃にあっているからです。当事者からの反撃と言ってもよいかと思います。それに対して、じゃあ、インディジナスなものをどう記述するのか。問いはそっちにシフトしてきている。そうじゃないとまさに、人文学は「役に立たない」わけですね。従来の地域研究も、地域をやっているように見せながらも、インディジナスなものに届かないような知の設定、知の枠組みをあてはめてきた。だから生活知が見えないという構造的な不可能性をもっているわけです。

梶谷 うねりは「当事者の反逆」にとどまりませんよね。

中島 ヨーロッパやアメリカの「地方化」も問題になってきています。

梶谷 ローカルになってる。

中島 欧米はいままで自分たちが「普遍」だと主張してきましたが、その地点から離れようとしているように見えます。それこそ『知の技法』の時には、依然として欧米は依拠すべきモデルだったわけです。でも、そこから相当状況が変わってきた。その中で、じゃあ、日本で、あるいは駒場で、どういう知にかかわっていくのかがすごく重要になります。欧米よりももっと近代的にやっていくのだというのもひとつ、地方化や地域化とは違う仕方で、インディジナスなものをちゃんと見る、というのもひとつですね。あるいは、この二つの潮流がつながる可能性もあります。

(続)

2018年11月11日、東京大学東洋文化研究所

>第3回

◇初出=『ことばを紡ぐための哲学:東大駒場・現代思想講義』中島隆博・石井剛編著

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