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【緊急寄稿】「アフガニスタンの混乱と地域情勢」第2回(全3回)髙橋博史(元駐アフガニスタン大使)

2. アフガニスタン情勢の見通しの甘さ
 ここに到るまでに、ガニー政権は米の調停を受け入れ、タリバーンとの和解交渉をカタールのドーハで続けた。さまざまな提案がなされ、その中にはガニー大統領の辞任を含む政権構想案についても議論がなされた。誰もが暫定政権の創設によって政権移譲が行われるものと予想した。
 和解交渉が進むにつれて、多くのアフガン市民は、ガニー大統領が自身の資産の海外移転の保証を、タリバーンに求めていると聞いて怒った。タリバーンはそんなことを許すはずもなく交渉は暗礁に乗り上げた。こうした噂がどこまで、本当であるのか、私には知る由もない。たとえ事実であったとしても、関係者は知らなかったと述べるだけである。問題は、こうした噂を庶民が信じていることにある。
 それだけではない、ガニー大統領は大統領府から逃走を図り、大統領府正門の警備兵に阻止されたという。
「大統領閣下、どちらにお出かけですか」。「ドバイに行く」と答えたガニー大統領に、警護兵は「ドバイに行くのなら、我々も連れて行ってほしい」と言った。「すぐ戻ってくる」と答えた大統領に、警護兵は「同行させてもらえなければ、ここを通すことはできません」と言った。
 短気で、堪え性のないガニー大統領が真っ赤な顔をして兵士を怒鳴りつけたであろうことは想像に難くない。警護兵にとっては、自分の命を守るための自衛の手段であり、当然のことであったに違いない。二度と戻ってくることのない支配者の館を、守る必要などないのである。この噂話は身辺を警護する兵士たちでさえ、ガニー大統領を信頼していなかったことを物語っている。
 この騒擾状態からカーブルが混乱の極みにあったことが見えてくる。自身の警護を担う兵士ですら命令に従わないことに、ガニー大統領も慌てふためいたであろう。それだけではない。突然湧いたような混乱に、カーブル在住のほとんどの外交団が驚愕した。ガニー大統領を含めた西側諸国全体が、アフガン情勢の変化を見極めることができなかった。その結果、現在の状況がつくり出された。砂上の楼閣が崩れただけであった。
 これをきっかけに、多くのアフガン人が国外に出ようとしてカーブル空港に押し寄せた。なぜなら、政府の腐敗と汚職によって、まともな暮らしができなくなっていたからである。
 2015年、シリア内戦の激しさから、シリアを脱出して欧州を目指すシリア人が動き出した。欧州でシリア難民が受け入れられていると伝え聞いたアフガン人も欧州を目指して出国した。その数は、同じように欧州を目指したアフリカの人々の数を超え、シリア難民の次に多かった。
 この事例からも明らかなように、ガニー政権の下で、生活を営むことが困難であると、都市住民の多くが考えていたからである。そこに出現したのがタリバーンによるガニー政権崩壊である。国外脱出を望む人々にとっては好機が到来したといえる。それは、いうまでもなく、20年間にわたる国際社会が支援したカルザイ、ガニー両政権の意味を問うことにもなってしまったわけである。

<第1回 ガニー大統領の逃亡 >第3回 タリバーン政権と今後の見通し

【執筆者略歴】
髙橋博史(たかはし・ひろし)
元駐アフガニスタン大使、拓殖大学海外事情研究所客員教授。著書『破綻の戦略――アフガニスタン現代史(仮題)』を白水社より2021年11月刊行予定。

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