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【緊急寄稿】「アフガニスタンの混乱と地域情勢」第1回(全3回)髙橋博史(元駐アフガニスタン大使)

はじめに
 この原稿を書いている現在も、まだ、アフガニスタンでは国外脱出を試みようとする人々が、カブール空港に押し寄せている。同時にタリバーンがいかに恐ろしい人々であるかについて、BBCをはじめとする西側のマスコミが姦しく喧伝している。日本の報道もその枠から飛び出してはいない。
 果たしてこの報道は事実なのであろうか。現実にカーブル空港に殺到している人々を見るとそれは事実としか言いようがない。しかし、これが真実であるか、と問われれば、否と答える以外にない。多くのアフガン人がこの機会を逃さず外国に逃げ出そうとしている。何故こうしたことが起きてしまったのか、考えてみる必要があるのではないだろうか。

1.ガニー大統領の逃亡
 一言でいってしまえば、現在の悲劇が起きた直接の原因は、政権移譲を行わずに、国外脱出したガニー大統領そのものにある。その結果、カブール市の治安は一挙に悪化した。それだけではない。大金を持ち出した現場をロシア外交官に目撃されている。
 政権が崩壊するとは行政組織が停止し、市民が通常の生活を営むことができなくなることを意味する。ラッシュアワーの混雑を交通整理によって緩和する交通警官も含んでいる。さしずめ日本でいえば信号機であろう。警察機能の麻痺は一挙に犯罪が増えることも意味する。こうした警察、軍といった権力がスムーズに移管され、実施されていれば、市民生活に不安が生じることはない。案の定、市内ではタリバーンの名を騙る強盗、窃盗といった犯罪が横行した。
 1992年、当時の社会主義政権であるナジィブッラー政府が崩壊した時も同じような、混乱が起こった。ナジィブッラー大統領は国連機で逃亡しようとした。しかし残った政権幹部はカブール市内の治安を守るため最善の努力をした。当時、ナジィブッラー政権で副大統領を務めた、モフトゥート元駐日アフガン大使がその著書『Why did we collapse?わが政府かく崩壊せり』(野口壽一訳)で語っている。
 ガニー政権内で市内の治安を守るために留まった閣僚はどの程度いたのであろうか。現在の混乱を見る限り、そうした政府幹部がいたとは思えない。わずかに、アブドゥラー和解高等評議会議長と数名の人たちだけであると思われる。噂によればカルザイ元大統領はタリバーンに対抗するため、アフガン南部のカンダハール地方で各部族にタリバーンとの戦いに参加してくれるよう説得した。誰もカルザイ元大統領の言葉に耳を傾ける部族民はいなかった。そのため、彼はすごすごとカーブルに戻ってきたという。
 なかには首都カーブルにとどまらず、タリバーンとの徹底抗戦を主張してパンジシェール渓谷に逃げ込んだアムルッラー副大統領といった政権幹部もいる。彼はガニー大統領が逃亡したことから、大統領は自分であると主張している。タリバーンは説得に応じないアムルッラー副大統領や故マスード司令官の子息アフマッド・マスードたちの討伐を決めた。激しい戦闘が開始された。タリバーンの猛攻を受けたアフマッド・マスードは、タジキスタンに逃亡したと言われている。
 ガニー大統領は「米軍撤退が混乱を招く」と、アフガニスタンの国会で声高く米を非難した。タリバーンとの戦いに立ち上がれ、と国民及び議員たちに訴えた。戦いを鼓舞しておきながら、真っ先に逃亡したのはガニー大統領自身であった。

>第2回 アフガニスタン情勢の見通しの甘さ

【執筆者略歴】
髙橋博史(たかはし・ひろし)
元駐アフガニスタン大使、拓殖大学海外事情研究所客員教授。著書『破綻の戦略――アフガニスタン現代史(仮題)』を白水社より2021年11月刊行予定。

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