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ノルウェー映画3部作「オスロ、3つの愛の風景」公開に寄せて(青木 順子)

ノルウェー映画3部作「オスロ、3つの愛の風景」公開に寄せて

青木 順子
(ノルウェー語講師・翻訳)


●はじめに

 人口560万人という小国で、映画年間製作数はわずか20~30本ほどのノルウェー。今月、遠く離れた日本でノルウェー映画が一挙3本も公開されるという幸運に胸は高まるばかりだ。
 本稿では、ダーグ・ヨハン・ハウゲルード(Dag Johan Haugerud)監督による3部作「オスロ、3つの愛の風景」の『DREAMS』(原題 «Drømmer»)、『LOVE』(«Kjærlighet»)、『SEX』の中から、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した『DREAMS』を中心に感想を書き連ねていこうと思う。

「オスロ、3つの愛の風景」
『DREAMS』『LOVE』『SEX』 
監督・脚本:ダーグ・ヨハン・ハウゲルード
配給:ビターズ・エンド
©Motlys


●『DREAMS』あらすじ
 女性教師のヨハンナに初めての恋をした17歳のヨハンネは、この恋焦がれる想いや高揚を忘れないように自らの体験を手記にする。そしてこの気持ちを誰かに打ち明けようと詩人の祖母に手記を見せたことから、物語は思いもよらない展開へと進み始める。
 ヨハンネが経験するのは、誰もが一度は経験したことのある相手の一挙手一投足に対する期待や不安、過度な妄想、理不尽な嫉妬などあまりにも無垢な初恋。そしてその気持ちを秘密にしておきたい、でも誰かに共有したいという矛盾した思いが祖母や母を巻き込み、ヨハンネの手から離れた手記の行方が、モノローグで綴られる。娘の手記を見て、祖母は自らの女性としての戦いの歴史を思い出し、母は“同性愛の目覚めを記したフェミニズム小説”と称し、現代的な価値観にあてはめようとする。3世代で異なる価値観を持つ3人が初恋の手記を通して辿る運命は──。

公式ホームページより引用)


●エリック・ロメールと連なるもの
 日本でも人気があるフランスの映画監督エリック・ロメールを敬愛するハウゲルード監督。3部作を通じて、エリック・ロメールの影響が垣間見られるが、幾つか例を挙げてみよう。

 北欧映画の特徴として「セリフの少なさ、寡黙さ」が挙げられるが(アキ・カウリスマキ、ベント・ハーメルを見よ!)、これら3作品は いずれも自然な会話劇になっている。ノルウェーの映画イベントでハウゲルード監督は「最初にロメールの映画を見たのは14歳の時。ずっと登場人物たちがおしゃべりしている変な映画だと思った」と語っている。確かにロメールの作品では、登場人物たちが生き生きと会話を交わし、その自然な会話は演技と思えないほどだ。さらに加えて、『DREAMS』は活発な会話、主人公ヨハンネのモノローグがプラスされ、饒舌な印象になっている。ヨハンネのモノローグは耳に心地よく響き、没入しやすく、17歳の葛藤をはらんだ恋心が余すところなく表現されている。

ダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督
©Motlys

 ロメールにしてもハウゲルードにしても、年の離れた男性が若い女性の心理をこれほどまでに理解し、映像での表現に成功しているのは驚きだ。ロメールの『海辺のポーリーヌ』(1983)ではヨハンネと同年代のポーリーヌという少女が、恋に憧れ、大人に反発する心理が会話を通じて描かれている。同じように、ヨハンネが女性教師ヨハンナに恋をし、憧れ、欲望、焦燥や嫉妬、希望と絶望で心が揺れる。「この感情、理解できる」と共感できる人は多いだろう。

 極めつけとして、『LOVE』のいくつかのシーンが『緑の光線』(1985年)と酷似していることが、ノルウェー国内の映画イベントで司会者から指摘された。ハウゲルード監督の「あ、ばれちゃった」と恥ずかしそうな表情がおかしかった。

●映画からくみ取れるノルウェー的な要素
ここでは、3作品を通してみられるノルウェーらしさをピックアップしたい。これを読めば、もっと映画が楽しめるはずと信じたい

①「別荘」なるもの
 『DREAMS』の開始早々、イースター休暇中にヨハンネ家族と友達がヨハンネの祖母の「別荘」で過ごすシーンが登場する。日本における「別荘」は「富裕層が所有するもの」というイメージであり、映画の中では「別荘を持てる幸運」と友達の発言を受け、ヨハンネの母が「裕福でなくても別荘は持てる」と反論している。
 この「別荘」はノルウェー語では“hytta”「ヒュッタ」と表現され、ヒュッタは日本の「別荘」に比べれば、より多くの人にとって身近な存在だ。電気や水、屋内トイレがないような「小屋」と呼べるような簡素な建物も含まれる。自分が所有していなくても、家族や親戚が持っているヒュッタで週末や長い夏休みを過ごすことは珍しくない。

『DREAMS』
監督・脚本:ダーグ・ヨハン・ハウゲルード
撮影:セシリエ・セメク
出演:アンドレア・ブレイン・ホヴィグ 、タヨ・チッタデッラ・ヤコブセン、マルテ・エンゲブリクセン、トーマス・グレスタッド、ラース・ヤコブ・ホルム
2024年/ノルウェー/ノルウェー語/DCP/5.1ch/120分/ビスタ/原題:Kjærlighet/英題:Love
配給:ビターズ・エンド 後援:ノルウェー大使館
©Motlys


②フードデリバリー業者
 日本でもおなじみのフードデリバリー業者が、『DREAMS』の中で映りこんでくるシーンがある。『LOVE』ではフードデリバリー業者がより大きな役割を果たしているが、今夏、オスロ旅行中に、フードデリバリー業者は昨年よりさらに増加していると感じた。ノルウェーではその労働環境の劣悪さが指摘され、社会問題になっている。ハウゲルード監督はノルウェーの映画イベントで「社会格差」の象徴としてフードデリバリー業者に言及していたが、3作品のスクリーンを横切る彼らに注目して欲しい。

③言語化能力
 ヨハンネは自分の恋心や体験、周囲の反応など細かく手記に残し、それがモノローグとして語られる。詩人の祖母、母、さらに祖母の編集者が「出版に値する」とまで評価した手記からどんな背景が見えてくるだろうか。
 ノルウェー人はしばしば「シャイ」と思われがちだが、保育園のころから「あなたはどう思う?」と質問され、意見を求められる環境で育つため、個人の言語化スキルは高い。その言語化スキルを使い、対話を通じて解決を図ることが重んじられる国民性と言えるだろう。3作品を通じて、暴力シーンは皆無だ。

④同性愛への視線
 『DREAMS』でヨハンネは、女性であるヨハンナに恋心を抱く。家族との会話や自身のモノローグで、同性を好きになることへの戸惑い、逡巡、周囲からの非難はない。2020年にノルウェーで出版されたグラフィックノベル«Ti kniver i hjertet»(「神さまに誓って」) は、女子小学生が同級生の女の子に恋をする様子が描かれているが、こちらの作品では同性への恋心に迷いがあった。主人公は周囲に自分が女の子を好きになっていることがばれないようふるまう姿が、繊細に描写されている。
 今年6月に開催されたオスロ・プライドパレードは過去最高の参加者を記録、そして街中にレインボーの旗も目立って増えている。LGBTQへの偏見はいまだに存在するが、90年代からノルウェーを見続けてきた身としては、隔世の感がある。

⑤女性たちの権利運動
 祖母・母・娘の価値観の変遷も興味深い。
 森の中を散歩する祖母と母は、米映画『フラッシュダンス』(1983年)のヒロイン像をめぐって意見が衝突する。祖母の世代はいわば「女性権利運動」の第一世代、母の世代は第一世代への反発が起き、保守回帰はありつつも「ジェンダー平等が理想」と思っている女性が多い。ヨハンネの世代は「ジェンダー平等は当然」と思っており、息をするように自然に受け入れている。そんなヨハンネにとって、母から自らの手記を「同性愛の目覚めを記したフェミニズム小説」と評された時の反応がリアルだ。
 オスロ大学留学中、知り合ったノルウェー人学生が「おばあちゃんはいつも国際女性デーでデモ行進をしていて、小さかった私も一緒に歩いていた」と教えてくれた。「ノルウェーはジェンダー平等先進国」と評されることが多いが、「それは私たちが闘って獲得したもの」と釘を刺されることが多い。

⑥俳優たち
 「オスロ、愛の風景」の3作品を通じて「俳優たちの演技の素晴らしさ」が共通している。前述した通り、たくさんのセリフが飛び交うが、まるで自らの意志で発したようなセリフ回しが印象的だ。
 『DREAMS』の祖母役アンネ・マリット・ヤコブセン(Anne Marit Jakobsen)は、70年代にイプセン劇『野鴨』で少女ヘドヴィークを演じていたが、あの大きな吸い込むような瞳は今作でも変わらない。
 母役のアネ・ダール・トルプ(Ane Dahl Torp)は多数のノルウェー映画に出演、活躍しているが、アネの実父はノルウェーを代表する言語学者のアーネ・トルプ(Arne Torp)であり、私はオスロ大学留学時にアーネ・トルプのテキストで勉強をしたので、思い入れのある俳優である。


●オスロへの愛
 最後に映画の舞台へ目を向けてみよう。
 2022年に公開され、日本でもヒットしたノルウェー映画『わたしは最悪。』(2021)は全編オスロが舞台で、ヨアキム・トリアー監督のオスロ愛があふれ出ていた。
 「オスロ、愛の風景」では3作品においてオスロの異なる風景が映し出されているが、ある建物が全ての作品に登場している。ノーベル平和賞受賞式が行われるオスロ市庁舎だ。
 ハウゲルード監督はオスロ大学の学生新聞でオスロ市庁舎について、このように語っている。
「そこはあまりにも多くの愛、そしてさまざまな形の愛に満ちあふれていて、どこから語り始めればよいのか分からないほどです。市庁舎はオスロの心臓そのものであり、結婚するカップル、スケーター、通勤者、観光客、そして本当にたくさんの人々が日々その存在を肌で感じています。建物は、内側も外側も私たちすべてを代表するものであり、だからこそおそらくオスロで最も寛大で愛情深い場所なのです。」


オスロ市庁舎
撮影:筆者


●最後に
 ここ数年、ノルウェーを含む北欧映画の日本公開作品が増えていることは本当に嬉しい。「Webふらんす」の読者の方はフランス贔屓の方が多いと思うが、フランスと北欧を比較してみるのも一興だろう。ぜひ大きなスクリーンで「オスロ、愛の風景」の世界に没入して欲しい。


公式サイト:https://www.bitters.co.jp/oslo3/
特集上映「オスロ、3つの愛の風景」は9月5日から、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。


執筆者略歴
1968年生。ノルウェー語講師、翻訳、通訳、講演講師。
長期短期5回のノルウェー大学留学を経て、2000年よりウェブサイト「ノルウェー夢ネット」を運営。著書:『ニューエクスプレスプラス ノルウェー語[音声DL版]』、『テーマで学ぶノルウェー語』、『ノルウェー語のしくみ』、『「その他の外国文学」の翻訳者』(インタビュー掲載)など。ノルウェー夢ネット:https://www.norway-yumenet.com/

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