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[特別レポート]ドレフュス事件をめぐって ~ 都立西高校特別授業の現場から ~ 小倉孝誠

 オスカー俳優ジャン・デュジャルダンを主演に、巨匠ロマン・ポランスキーがフランスの国家を揺るがせた世紀の冤罪事件「ドレフュス事件」を正面から描いた映画「オフィサー・アンド・スパイ」(原題J’ACCUSE)が、ついに公開される。第76回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞、またフランスのセザール賞の11部門にノミネートされ、最優秀監督賞にも輝いた本作は、#MeToo 運動が高まる中、監督自身のスキャンダルも取り沙汰され、様々な論争を巻き起こしながらも大ヒットを記録した。この映画の公開を記念し、都立西高校にて近代フランス文学・文化史の専門家である慶應義塾大学教授の小倉孝誠氏を講師に迎えて、映画の中心人物であるアルフレッド・ドレフュスの孫シャルル氏(95歳!)とオンラインで繋いだ特別授業が実現した。その模様を、当日講師・通訳を務めた小倉氏にレポートしていただく。(編集部)

 

ドレフュスの孫シャルル氏と高校生の対話

 19世紀末のフランス社会を大きく揺るがしたドレフュス事件を題材にした、ポランスキー監督の映画「オフィサー・アンド・スパイ」が公開された。主人公は陸軍情報局長になったピカールで、彼が事件の真相に気づくものの、軍の上層部によってそれが隠蔽される過程が描かれる。軍隊、法廷、衣装、風俗などをめぐる考証は正確で、映像の美しさには目を見張る。時代は、フランス革命の精神を継承した共和政が安定期に入った19世紀末のベルエポック、印象派絵画を思わせるような郊外のピクニックや、上流社会の華やかな社交場面などが、重厚な歴史ドラマに彩りを添えている。

 映画公開をひかえた去る5月17日、すばらしい催しが実現した。都立西高校で、ドレフュスの孫シャルルさんを招いて、オンラインによる特別授業がおこなわれたのである。1世紀以上前にフランスで起こった事件だが、それがはらむ問題はアクチュアリティを失っていない。若い世代が社会を考えるきっかけになればと思い、私がシャルルさんに参加をお願いしたところ、快諾していただいた。95歳になる彼は、子供時代に祖父と何度も会っており、個人的な思い出もある。


約1時間にわたり、1年生から3年生までの西校の高校生たちとシャルルさんとの対話が続いた

 

 シャルルさんとは数年前パリで、友人を介して出会った。あのドレフュスの孫、しかも生前のドレフュスを知る、今やほぼ唯一の子孫! 驚きを感じないはずがない。今回の催しを機に、あらためて連絡を取る機会を得たのだった。

 当日は私が通訳を務め、生徒たちの質問にシャルルさんが答えるというかたちで進行した。アルフレッド・ドレフュスが死去したのはシャルルさんが8歳の時だが、生前ドレフュスは孫に事件を語ることはなかったという。過酷な体験は言葉にしづらいのかもしれない。反ユダヤ主義のような差別を防ぐには何が必要なのか、という生徒の質問にたいして、「もっとも有効な手段は教育だ」ときっぱり答えたシャルルさんの口調が印象的だった。その言葉は、昨年10月パリ郊外にドレフュス博物館がオープンした際、マクロン大統領が「これは歴史の記憶を継承するための場だ」と述べたことに呼応する。


伊藤昴流(すばる)君。「映画を見て、どうしたら差別をなくせるのか答えが出ず、
直接聞いてみたいと思った。「教育」だと言われ、そこは見落としていた」

 

 予定より長く、ほぼ1時間にわたって続いた授業の最後で、スクリーンに映ったシャルルさんの前に生徒たちが並んで記念写真に収まった。嬉しそうに手を振っていた彼の表情が記憶に残る。

 生徒たちはあらかじめ映画を観ており、感想とシャルルさんへの質問事項をワークシートで提出していた。その記述や、当日出された意見はじつに鋭く、本質に迫るものであり、その後個人的に受けた質問もふくめて、私は生徒たちの旺盛な知的好奇心にとても感動した。まさに彼らからエネルギーをもらった感じで、貴重で忘れがたい体験になった。生徒たちの中から、フランスの歴史や文化に今後も関心を抱いてくれる人が出れば、こんなに嬉しいことはない。


スクリーンのシャルル氏を囲んで高校生、小倉先生、篠田先生と記念撮影

 

 最後に、この催しの実現に尽力してくれた都立西高校の篠田健一郎先生、配給会社ロングライドの皆さまに、この場を借りて深い謝意を表したい。

(おぐら・こうせい)

「オフィサー・アンド・スパイ」


© 2019-LÉGENDAIRE-R.P.PRODUCTIONS-GAUMONT-FRANCE2CINÉMA-FRANCE3CINÉMA-ELISEO CINÉMA-RAICINÉMA © Guy Ferrandis-Tous droits réservés

19世紀末のフランスを分断した国家スキャンダル〈ドレフュス事件〉を映画化。巨大権力と闘った男の不屈の信念と命がけの逆転劇を壮大なスケールで描く歴史サスペンス。

監督 ロマン・ポランスキー/原作 ロバート・ハリス An Officer and a Spyピカール ジャン・デュジャルダン/アルフレッド・ドレフュス ルイ・ガレル/ポリーヌ・モニエ エマニュエル・セニエ

配給 ロングライド

公式サイト longride.jp/officer-spy

2022年6月3日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他全国順次公開

>中条志穂「イチ推しフランス映画」『オフィサー・アンド・スパイ』

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