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小島敬太「科幻ノオト」

第1回 酔いどれループSF、登場!

 「科幻世界」2020年12月号が手元に届いた。
 現在、『三体』をはじめ、中国SFは世界的に注目を浴びているけれど、その中国SF界の中心的存在がこのSF月刊誌「科幻世界」である。110ページほどの中には、書き下ろしSF小説あり、イベントのレポートあり、科学エッセイあり、と読み応え充分。1979年の創設から幾度か雑誌名を変えながらも、中国SF界をリードし続け、最大発行部数は40万部、現在も10万部ほどと世界最大規模を誇っている。
 これから毎月、「科幻世界」の最新号を中国から取り寄せ、心惹かれた作品をいちはやく紹介していきたいと思っている。



 僕はというと、現在、緊急事態宣言下の都心の片隅にいる。人と人とのディスタンスには隙間風が容赦なく吹き荒び、寒さがさらに身に染みる。先週末には、ついに雪の予報も出はじめた。雪の降らない地方出身の僕にとっては、雪マークを見るたびに、興奮したり、怯えたり、いつも心が騒がしくなる。
 そんな心の変化は行動にも影響するようだ。普段は思わないのに、雪の降る夜の街を歩いているだけで、無性にそのあたりの酒場に駆け込みたくなってくる。意味もなくダラダラ、チビチビと強めのお酒を飲みたくなる。暗闇に浮かぶ明かり、暖かそうな店内と低音の効いたスピーカーから流れるこじゃれた音楽、そして、“誰かがそこにいる”という安心感が恋しくなるのかもしれない。とはいえ、20時に明かりの消えるこの街ではそれも叶わない。想像もしなかったこんな状況こそが、もはやSFっぽいという気もしなくはないが……
 「科幻世界」12月号を読みながら、そんな僕の気持ちを捉えたのは、酒場を舞台にしたSFだった。こんな物語である。

『この雪はデ・ジャブ 〜Groundhog Year〜』 作・年軽的浩特 
(原題『土拨鼠之年』 「科幻世界」2020年12月号収録)

 2018年の大晦日。恋人と別れたばかりの主人公の「僕」は行きつけの酒場に向かった。酒場は年越しのワクワクした空気に満ちていたが、傷心の僕はとても新年を祝えるような気分にはなれない。ただ酒を飲みたかったのだ。キョロキョロと店内を見回すと、自分のように、一人寂しく酒をちびちびと飲んでいる男を見つけた。年齢も同じぐらい、見るからに自分と同じ匂いがする。(後に相手は自分より3歳年上の26歳と判明)
 せっかくだから一緒に飲もうとその男に声を掛けると、その男は不思議なことを語り始めた。彼いわく、自分は2016年という年をずっと繰り返して生きているのだという。しかし、今は2018年だ。この男はいったい何を言い出すのか。とはいえ、酔っ払いの戯言をはなから信用するつもりもない僕に、その男は2016年という年に囚われている具体例をいろいろと出してきた。まず、彼は、この一年のループの決まったタイミングで彼女ができ、そして、また決まったタイミングでその彼女と別れる、というのを繰り返している。一年以内に買ったものは、必ずその年のうちに失くしたり、壊れてしまう。あとは、身長。173センチの彼はこの一年で174センチに、つまり1センチ成長しているらしいのだが、年が変わると、一年前と同じ173センチにまた戻ってしまうという。この一年にとどまっているのは自分だけ、彼女や友達や同僚は、次の一年へと進んでいくのに、自分だけがリセットされてしまうということらしい。あげくに、男は「時間は絶対的なものか」という、ニュートンとライプニッツの論争について語り出し、時間はみんなに同じように流れているわけではないこと、自分は他の人々とは違う時間の流れの中に生きていることをしきりに説明するのであった。もちろん、こんな怪しい男を信じろという方が無理がある。呆れ始めた僕だが、その自称ループ男が飲んでいる酒の量を見たとき、驚きのあまり言葉を失った。彼はすでに46杯ものウォッカを飲み干していたのだ。いくら酒好きといったって、さすがにこんなに飲んだら死んでしまう。それなのに、目の前の男は酔った様子もない。ループ男は説明した。自分はこの3年間、大晦日にいつもこの場所で飲んでいるが、3年前の最初のループ時にはノンアルコールを飲んでいた。すると、どうやら、そのときのシラフの状態がループに刻み込まれ、毎年、この日にここでどれだけ飲んでも、まったく酔っ払うことがないのだという。その話は妙に主人公を納得させた。やはり、この男は本当に2016年に閉じ込められているのかもしれない。ちょうどそのとき、カウントダウンの声とともに、酒場は新年を迎えた。店内はさらに賑やかなお祭りムードに包まれる。もうそのときには、目の前の男への気持ちはすでに同情へと変わっていた。そして彼の境遇を思いながら、同時に僕はこの一年を、別れた彼女との日々を振り返った。新たな一年の始まりに、僕はちゃんと立っているのか。それとも、目の前の男と同じループの中にいるのだろうか。様々な気持ちが入り混じり、気づけば僕の瞳には熱い涙が溢れていた。
 それでも、ループ男は悲観していなかった。男は、ふたたび繰り返すことになる2016年の抱負を語り出した。自分はこのループから出られそうもないが、自分の周りの人たち、関わった人間たちは、ループに閉じ込められることなく、時間の流れのままに進んでいくだろう。だったら、この一年、自分は他人に何かしらの貢献をして、彼らにいい影響を与えることにしようではないか。そうすれば、彼らがこれから作っていく社会は少しでも素晴らしいものになっていくだろう。たとえ小さな影響しか与えられなくても、塵も積もれば何かが変わるさ。それは、いつか自分がこのループを抜け出せるきっかけになるかもしれないじゃないか、と。
 「時間に乾杯だ」
 男の言葉に、僕もグラスをかかげた。
 「時間に、乾杯」
 二つのグラスの音が響く。窓の外には音もなく雪が降っている。

 以上が、『この雪はデ・ジャブ 〜Groundhog Year〜』のおおまかな流れである。そもそもこれがSFか、と聞かれると答えに迷う部分もある。ええい、うるさい、「科幻世界」に載ってるからSFなのだ! と言い張ることもできるが、場面も酒場から変わらないし、ただの酔っ払い同士の与太話かと言われたらその通り。しかし、途中で、ニュートンやライプニッツの話が出てきて、妙な説得力が出てくるのがミソではないかと僕は思っている。本文からその部分を一部抜粋して、ループ男のセリフを少し細かく訳してみたいと思う。

 「ニュートンによると、宇宙には絶対時間があって、万物はそれに基づいているらしい。どんなものも、時間が経過していく速さは同じだし、その速さをほんの少し変えることさえできない。時間は無限に続く川のようなもので、昼夜を分かたず、過去から未来へと流れていくんだと。
 対して、ライプニッツはどう言ったか。彼は時間は事物の変化を説明するための一つの道具に過ぎないと考えた。人間が便宜上生み出したんだ、存在しない時間というものをね。彼に言わせれば、時間は舞台だそうだよ。万物はその舞台の上を各々に演じていく俳優たちというわけさ」
 「後のアインシュタインは、宇宙は止まった“静的”なもの、絶対空間が存在すると考えた。もちろん、それは間違っていたさ。相対性理論は、重力場を通過する時間の速度が同じではないことを証明した。絶対時間は間違っていたし、絶対空間も間違いだ。アインシュタインは自分で式に追加した宇宙定数というものが自らの最大の過ちだったと認めている。これで、俺と君たちの時間は一緒じゃない、俺が2016年に閉じ込められたかもしれないってことを説明できるんじゃないかな」

 「絶対時間、相対性理論」という科学っぽい用語が出てくると、具体的な理屈はよくわからないながらも、なんだかSF的な気分になってくるものだ。(※1)
 そして今まで知らなかった未知の世界を覗いたような気がしてくる。もしかしたら、自分がバーで出会ったあの人も、街で通り過ぎたあの人も、時間に閉じ込められた人たちかもしれない……物語を読む前と読んだ後で、世界の見方が少しだけ変わって見える。それがSFの一つの魅力とも言えるだろう。
 それにしても、3年前に同じ場所でノンアルコールを飲んでいたから、46杯飲んでも酔っ払わない、という理論はかなり怪しげである。1年経つと173センチに戻ってしまう、彼の身長と同じように、自分の酔っ払い状態までもが、その時空に刻印されているということだろうか。ということはその逆もありえる……? まあ、冷静になって考えれば、そもそも酒場の会話に納得いく理由など求めてはいけないのかもしれない。僕の周りの怪しい酔っ払いたちはいつだって「三杯までなら大丈夫」とか「焼酎だから酔わない」とか謎の理論を持っている。そこには科学的な正確性は別に必要ではなくて、ひとまず今夜のお酒が美味しければそれでいいのである。そう思うと、SFとは関係なく、微笑ましい酔っ払い小説としても僕はこの物語に愛着が湧いてしまうのだった。


 作者もきっと呑ん兵衛なのだろうと思い、プロフィールを探すも、雑誌の中にもネット上にもそれらしき情報は見つからなかった。どれだけ探してみても、他に作品を出しているふうでもなく、謎のベールに包まれている。この小説が掲載されているページの上端には「银河奖征文」という文字が書かれていて、どうやら、この雑誌が中心となって毎年開催しているSF賞「銀河賞」(※2)の応募作品のようである。
作者名の「年軽的浩特」というのは「若い浩特」という意味で、人名ではなく、ペンネームであることは間違いない。浩特とはモンゴルの地名などによくある「村、集落」などの意味だが近年では、「都市、都会」などの意味でも使われている。これらを総合すると「できたばかりの活気のある街」的なポジティブな意味と捉えていいのかもしれない。しかし、このペンネームの意図さえよくはわからない。
 ペンネームに「若い」と入れているぐらいだから若い人なのだろうか……この物語の主人公が23歳なので、そのあたりの年齢なのかもしれない、と勝手に推測してみる。あとは、大晦日に雪が降る街の出来事だから、北京あたりに住んでいるのかもしれないな。
 それにしても、窓に隔てられた雪の描写は、賑やかな店内とは対象的に静かな世界で、とても印象的だった。しんしんと積もっていく雪を想像しながら、僕の頭にはメロディーがいくつか浮かんできていた。僕はシンガーソングライターでもあるので、さっそくこの作品にインスパイアされた曲を作ってみることにした。物語に登場する、2016年に囚われた男サイドの気持ちを僕なりに想像し、歌詞を紡ぐ。メロディーもコード感も、どこかぐわんぐわんと酔っぱらったような曲になったが、なかなかいい感じではなかろうか。


 『ライプニッツと乾杯を』 作・小島ケイタニーラブ

 目を赤くした物の怪が見つめてる
 窓に映るソレは僕? 雪が降る しんしんと

 ライプニッツと乾杯を 閉じ込められたこの夜に
 交わしたグラスの数だけ何度目の何度目の花が散る

 超えられない大晦日 足音は溶けていく 
 まるで雪 音もなく しんしんと

 ライプニッツと乾杯を 閉じ込められたこの夜に
 交わしたグラスの数だけ何度目の何度目の花が散る

 雪が積もり消えていく 時が積もり消えていく 
 残されるのはただ僕だけ




 さて、物語に戻ろう。原題は『土拨鼠之年』だが、なぜ僕は『この雪はデ・ジャブ 〜Groundhog Year〜』という日本語タイトルにしたのか。それには、ある1日に閉じ込められてしまう、ループ映画の傑作『恋はデ・ジャブ』(1993年公開・アメリカ/ハロルド・ライミス監督)について説明しなければならない。舞台はアメリカ・ペンシルベニアの片田舎。そこでは毎年2月2日に、Groundhogというリス科の動物にまつわるお祭り『Groundhog Day』が開かれている。仕事でこの祭りに参加した主人公が永遠と続く2月2日のループの中に入ってしまうというストーリーで、英語の原題はそのまま『Groundhog Day』となっている。このタイトルを中国語にそのまま訳すと『土拨鼠之日』となり、その名前で中国大陸では親しまれている。(※3)
 今回のSFのタイトル『土拨鼠之年』は、『土拨鼠之日』の「日」の部分が「年」になったもの。つまり、「一日」のループが、「一年」のループになっている、というわけなのだ。だから映画を知っている人が『土拨鼠之年』のタイトルを見たら、「ああ、この話はループものね。それも一年のループかな?」とニヤリとするというわけである。で、僕なりに、『恋はデ・ジャブ』好きがニヤリとするようなタイトルに悩んだ結果、年末感、季節感があり、象徴的に出てくる雪を重ねて『この雪はデ・ジャブ 〜Groundhog Year〜』としてみた次第である。

 元祖の『恋はデ・ジャブ』でも雪は効果的に使われている。主人公のビル・マーレーが演じるフィル・コナーズが閉じ込められるのは、2月2日。この日、大雪警報が出て、帰る予定だったフィルはこの街に閉じ込められる。翌朝目が覚めた彼が窓のカーテンを開くと、街には雪が積もっていない。あれだけ降れば、一面の銀世界になっているはずなのに。つまりこれは、フィルだけが2月3日の世界に行けず、雪が積もる前の2月2日に戻ってしまったということを視覚的に伝えているのだ。若干のネタバレになってしまうが、劇中でその景色が永遠のように繰り返されることが、最後に窓を開ける感動のシーンへと繋がっていく。

 ある1日やある期間を繰り返すといったこういった“ループもの”は人気のあるテーマで、これまでも様々な作品が作られてきた。アニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年、押井守監督)や、近年ではトム・クルーズ主演で映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年、桜坂洋原作)も話題となった。
 そして、中国にもこういったループものの名作SFが存在する。2002年に「科幻世界」で発表された『一日囚』という作品だ。名前からすでに想像される通り、1日に囚われた人間の話である。今月号の「科幻世界」に載っているわけではないが、同じ雑誌の大先輩ということで、少し紹介したい。

『一日囚』 作・柳文揚 
(原題『一日囚』 「科幻世界」2002年11月収録 2003年第14回銀河賞読者賞受賞)

 主人公はとあるマンションの管理人。2008年8月18日深夜0時、黒服の2人の男に連れられ、1人の男性「Bさん」が部屋を借りにやってくる。契約期間は最短期間の一ヶ月で、Bだけがそこに住むという。こうしてBはマンションの新たな住人となるが、一日後、正確には彼が引っ越してきてから22時間後の午後10時、自らの部屋で遺体となって発見される。Bの容貌は昨夜より明らかに老けていただけでなく、マンションではこの20数時間の間に次々と不思議なことが起こっていた。黒服の2人が部屋を片付ける中、管理人はBが自分に宛てて部屋の壁に書き残した手記を見つける。1日しか付き合いのない自分になぜこんなものを、と訝る管理人だったが、手記の中にはBの知られざる真実がしたためられていた。実は彼が囚人であること。その刑罰は、8月18日という一日を十年間、繰り返さなければいけないものだということ。管理人に挨拶をしてマンションを出て、1日を過ごして、目をさますと再び、8月18日の世界に戻っている。そんな1日を永遠のように繰り返していたB。孤独とともに生きる中、その心は次第に壊れていった。一日が決して戻らないという、当たり前の日常を望みながら、Bは死んだ。壮絶な手記を読み終え、管理人は時計を見た。現在8月18日の23時30分。もうすぐ8月18日が終わろうとしている。


 いやあ、怖い。とにかく怖い物語である。さっき『この雪はデ・ジャブ』を読む前と読んだ後で世界の見え方が代わる、と書いたけれども、『一日囚』を読んだ後は『リング』(作・鈴木光司)を読んだ後のような、感動と恐怖の入り混じった読後感であった。時間に囚われ日付を何度も確認したり、瞬間移動のような動きを繰り返すBさんを、何も知らない主人公たちは最初、幽霊のように扱い、怯えるのだが、本当はBさんが自分たちとは違う時間の流れに生きていたことがわかる。Bさんへの同情の気持ちも生まれる。しかし、感慨に浸りながらも、ふと主人公はあることを思い始める。Bさんは24時間をループし続けている。ということは、もしかしたら0時を回ったら、再びBさんがこのマンションに現れる可能性もあるのではないか。その瞬間、幽霊とは次元の違う大きな恐怖が襲ってきた。今にも0時を迎えようとする主人公の心境を描いた最後の数行は、中国SFの中でも屈指の緊張感だと個人的には思っている。
 この『一日囚』は20年近く前に発表された作品だが、今も変わらず、多くのSFファンにインスピレーションを与え続けているようだ。学生たちは、今でもこの物語をもとにした自主制作映画を(おそらく課題のために)作って、ネットなどにアップしている。中国の動画サイト「ビリビリ動画」にもいくつかアップされている。
https://b23.tv/oEbZ0s

https://b23.tv/wjhSY9

 見てもらうとわかる通り、UFOやロボットが出るわけではない。自主制作が多いのは、きっと低予算で作れる数少ないSFということもあるのだろう。しかしこうやって常に映像化され続けているということは、予算面だけでなく、普遍的に学生たちの胸を打つものがあるのだろう、と思う。そう、自分だって、毎日、同じ時刻に目を覚まし、同じ電車で同じ場所に行って、時間を無駄に繰り返しているではないか。そんな自分は一日囚とはたして何が違うのだろうと。その問いはもちろん学生だけでなく、そして決して中国だけでもなく、多くの人々にリアリティをともなって響くだろう。

 さて、酒場から始まり、だいぶ脱線してしまったが、今回は「科幻世界」掲載の作品の中から、中国の新旧ループものを紹介した。興味深いのは、二つの作品の結末が違うということだ。
 『一日囚』はループの中で力尽きる(0時になったら生き返る可能性もあるけれど)に対して、『この雪はデ・ジャブ』はささやかな目標を立て、乾杯までして、次の一年のループを始めようとするのだから、『一日囚』とは真逆のポジティブな結末とも言える。
 『一日囚』のBさんは自分を追い詰めすぎたのだろうか。もし近所に酒場があって、偶然僕がいて、Bさんと二人で呑んだりしていたら、ちょっとでも結末が変わっていたのだろうか。そんなことをふと想像する。
そういえば、映画『恋はデ・ジャブ』には印象的な酒場のシーンがあった。お前らに同じ毎日が続く苦しさを想像できるか、とくだをまく主人公フィルに、傍の男が「それはまるで俺の人生みたいだな」と言うシーンだ。
 永遠のループのように感じられる繰り返しの日々、それは、SFやファンタジーだけの話でなく、僕らの人生そのものと言えるかもしれない。そりゃあ、自暴自棄にもなれば、絶望をすることもあるだろう。それでもこの人生をどう生きていくか、それぞれの作者なりの向き合い方がループものには詰まっている、と言えるのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、酔ってもいないのに頭がぐらんぐらんしてきた。部屋の時計の針はちょうど0時を迎えようとしている。空気は一層、冷え込んできた。そういえば今夜は雪の予報も出ていた。雪の降らない地方出身の僕にとって雪のマークは……あれ、これってさっき言わなかったけ。デ・ジャブ? 何かループしてきた?

※1)SF
SFを一言で定義するのは難しい。『SF文学』(ジャック・ボドゥ著、新島進訳 白水社文庫クセジュ)では、ピエール・ヴェルサンが「合理的推論」と呼ぶものによって、SFと幻想文学、おとぎ話との違いを説明している。つまり、SFは幻想文学やおとぎ話と違い、合理や科学、あるいは見かけの科学を基礎にしているというわけである。そういった意味でSFを考えると、その歴史は「フランケンシュタイン」(1818年、メアリー・シェリー著)まで遡ると言われている。

※2)銀河賞
中国で最も権威あるSF賞といわれる。1980年代に「科幻世界」(当時の雑誌名は『科学文芸』)と「智恵樹」の二誌により創設された。

※3)
ちなみに、この映画のタイトルは、台湾では『今天暫時停止(今日はしばらく止まったまま)』、香港は『偷天情緣(天から盗んだ時間に成就した恋)』となっている。

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著者略歴

  1. 小島敬太(こじま・けいた)

    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部卒業。「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろすなど、「小島ケイタニーラブ」の名前でシンガーソングライターとして活躍中。台湾・香港でもCDデビューを果たしている。2011年から朗読劇『銀河鉄道の夜(with 古川日出男・管啓次郎・柴田元幸)』に出演および音楽監督を担当。13年から、温又柔との朗読と演奏のコラボレーションpontoを開始。18年8月から中国・広州に拠点を移す。19年、広州市人民政府広報局から「新時代広州文化交流大使」に任命される。シンガポール、インドネシア、フィンランドなどの国際文芸フェスにも多数参加。著書に『こちら、苦手レスキューQQQ!』、共著に『花冠日乗』、共編訳書に『中国・アメリカ 謎SF』(以上、白水社)がある。

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