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野原慎司「戦後経済学史の群像:日本資本主義はいかに捉えられたか」

第1回 はじめに

 戦後とはいかなる経験だったのであろうか。後から振り返って見ると、民主化や高度経済成長をはじめ、どのような変動を経験したかを容易に理解することできる。しかし、その時々を生きた当事者にとって、戦後の歩みは、先の見通せない暗中模索の連続であった。戦後は当初から民主化や高度経済成長のような明瞭で明るいイメージで捉えられていた訳ではない。また、戦前と戦後は必ずしも断絶したものとは限らず、当事者が戦前の考えを引き継いでいる場合もあった。さらに、ある時期までは、ソビエト連邦が成功モデルのようにも思われ、社会主義が資本主義の行き着く先であると少なからぬ人が信じていた時期もあった。こうして、社会がこの先どのようになるのかについての捉え方には千差万別があり、後から振り返るよりはるかに複雑であった。一人の人物にとってさえ、時期により戦後とは何かについての答えは異なることもあった。
 戦後日本とは何かという問題は、その当時の知識人が考え続けてきた問題でもあった。知識人は戦後という時代を考え、それを大衆に発信した。その際、その時々の時代や大衆の考えから影響を受けた。戦後日本の知識人の役割を考える場合、大衆社会の到来が背景にある。大学進学率の上昇、民衆の知識水準の向上に背景を持ちつつ、戦中から始まり戦後に加速した、大衆が社会の主役である社会の到来があり、その中で、大衆に対して知的発信力を持った存在が知識人であった。江戸時代の遊芸の師匠としての知識人のように一部の人々のみに影響を持った存在でもなく、かといって、明治以降の官学・私学の学者の多くのように、大衆から距離を置くのでもなく、戦後の知識人は、それぞれの専門領域の知見を、広く大衆社会に積極的に訴えかけた。例えば、丸山真男や大塚久雄などがその例として挙げられるであろう。
 それらの戦後知識人が大衆社会に訴えかける際、戦前・戦中の反省もあり、公的権威・政府の批判も辞さないという姿勢を持つ者も多かった。戦中の知識人の権力への批判から従順という「転向」を批判する研究を思想の科学研究会はなしていた(思想の科学研究会1959-1962)。丸山真男「日本ファシズムの思想と運動」(初出は1947年)によれば、日本のファシズムの担い手は、中間階級であったが、そのうち、「都市におけるサラリーマン階級、いわゆる文化人乃至ジャーナリスト、その他自由知識階級」は、商工業者、小学校の教員、村役場の役人、小地主などのファシズムの推進者と異なり、ファシズムの積極的推進者とはならなかったとされる。ただ、前者の「日本のインテリのヨーロッパ的教養は、頭から知識、いわばお化粧的な教養ですから、肉体なり生活感情なりにまで根を下ろしていない」とされる(丸山1964、62-64頁)。丸山ら戦後知識人の多くは、そのような戦中の知識人のあり方の反省にたって、むしろ、権威や政府の批判者を辞さぬ者としてあろうとし、さらに積極的に大衆社会に訴えかけを行い、関わり合いを持とうとした。別の角度からすれば、そのような知識人は大衆の多くにとっても魅力のある存在であったということもできる。その意味で、エドワード・W・サイードが言うところの、アウトサイダーであり、現状の撹乱者としての役割を担うものとしての知識人の役割を果たしていた(サイード1995、4頁)。
 戦後知識人については、これまでさまざまに研究されてきたが1、大衆や生活世界から遊離しているとされるにせよ(吉本1969、6頁)、大衆と不可分の存在とされるにせよ(柄谷1990、169-170頁)、知識人論においてはこれまで大衆や時代との関連が一つには追求されてきた。しかし、知識人が、それぞれの学問の領域の認識の枠組みを通じて、日本社会の近代化の異なる諸側面をどのように捉えたかについては、まだまだ研究の余地がある。たしかに日本社会を把握しようとした、その学問の枠組みは、西洋の学問を輸入したものであり、そうであるがゆえに、大衆や生活世界からの遊離の原因として批判される元凶にもなった。しかしそれがいかに生活世界から遊離していたにせよ、それが認識の枠組みである以上、日本社会を見る知識人の目も、その輸入学問の枠組みに拘束されざるを得なかった。むろん、西洋の学問が前提とする西洋社会と日本社会の異なりが意識されることもあったのだが、それは、西洋の学問を放棄するということにはならなかった。経済学の場合、戦中に、西洋の学問に代わって、日本の伝統に基づく経済学構築(難波田春夫など)が試みられたものの、戦中においてさえ、政府の経済政策の主体となったのは、近代経済学であった(牧野2010)。
 いかに当時の日本の現実・生活世界から遊離していようとも、戦後の知識人が追求したのは、戦前・戦中における近代化論の安易な批判から距離を置き、西欧の学問に基づきつつ、西欧化としてあった近代化とは一体何であったかを自省的に捉える試みであった。戦中に、西洋近代を克服するという「近代の超克」が唱えられた(河上他1943)。竹内好ら少数の例外を除いて、戦後知識人は、「近代の超克」から戦後距地を置くことになる。ファシズムに至ったという反省を踏まえ、日本社会をどのように近代化するか、西洋近代をどう捉えるかが改めて課題となったのである。明治以降日本は西洋近代をモデルとしつつ、近代化を図ったのであるが、「近代の超克」(あるいはのちに言及する近衛新体制)という試みの挫折により、もう一度近代化を捉え直すのが、戦後知識人の課題だったのである。
 ただ、西洋といえども多様な内実を含んでいた。戦後のそれぞれの時代に知識人は異なった風に近代を捉えたということも重要である。生活世界から遊離しているが故の学問の安易な変転とみなされてきた、戦後知識人の近代論の変化は、日本の近代化の異なる諸側面を捉える試みであったと受け取ることもできる。というのも、生活世界そのものが激変したのが戦後であった以上、近代の捉え方も変化せざるを得なかったのである。そして、知識人は単にそれぞれの時代やその支配的心情を反映していたとされるが(例えば小熊2005)、知識人はそれぞれ異なる学問を背景に日本社会と時代を見つめていた以上、それぞれ異なる風にその時代の近代化を捉えていた。生活世界からの遊離がその特徴とされる、戦後の学問活動は、時代の支配的心情から距離を置いた、近代化の把握という点で意義のあるものであった。その点、まだ検討課題として残されているのであるので2、本連載の課題としたい。
 本連載では、知識人の一種としての社会科学者の中でも、経済学史家に焦点を当てたい。経済学は輸入学問であるが、さまざまな流派で考えが大きく異なっていた。江戸末期から、国境とは無関係に西洋の経済学書が邦訳・導入されたが、邦訳され紹介されたのがイギリス経済学であったため、イギリスの自由主義経済学が積極的に導入された(井上2006)。初期には、神田孝平3や福澤諭吉らがイギリス経済学を導入した。福澤は、その著『民間経済録』(第1篇は明治10年(1877年)、第2篇は明治13年(1880年)に出版)において、経済学の体系的解説を行ったのであるが、一家の生計の独立を図る経済(「居家の経済」)と、一国の独立を目的とする経済(「処世の経済」)の二つを区分し、前者から後者へ学習を進め、やがて、西洋経済学の原書を研究することを勧めている(福澤2003、146頁)。福澤にとって、西洋経済学は、日本改革のモデルだったのである。ただ、このモデルは、明治14年(1881年)を境目に、英米からドイツとなる。ドイツをモデルとした政治・経済・学問の日本における構築が政策的に目指され、ドイツ経済学が盛んに導入されることになるのである(杉原1989、142頁)。こうして、西洋経済学が、モデルとされる国(場)に基づいて導入されることになるのである。この経緯は他の学問ともある程度共通するであろう。ただ、そのモデルでの最新の学問動向に、日本の近代化の議論も左右された。ドイツでのファシズムという国家主義的近代化・経済の合理化に日本の経済学も影響されたのである(例えば、のちほど取り上げる笠信太郎)。このように「場所の論理」として導入されたのが、日本の経済学なのであった。
 その「場所の論理」としての経済学に経済学者のうちで最も自覚的であったのが、経済学の歴史を研究する経済学史家であった。少なくとも戦後のある時期まで、経済学史家の少なからぬ人々は、西洋近代の経済学を位置づけ直すことを行っていた。西洋近代の経済学は、西洋のみで通用するものしてというよりも、世界的に通用するという普遍性を標榜して言説化されていた。このような西洋経済学の普遍言説に対して、それが普遍ではなく一定の国・地域・発展段階・時代の制約を受けており、標榜されるほどには普遍的ではないということを示したのである。欧米のそれぞれの地域を前提にしながら形成された西洋経済学のそれぞれの流派と違いに対して、日本の経済学は、あくまで輸入経済学であり、日本の現状に即して理論化されているというよりも、日本が目指すべき地点を指し示すものとして経済学はあった。そこに、経済学のそれぞれの流派を歴史的に捉え、整理する存在としての経済学史家の役割があった。経済学史家には、少なくとも戦後のある時期までは、大きな社会的役割があった。実際、本連載で取り上げる経済学史家は、いずれも、それぞれの専門領域を超えて、広く影響を与えた。
 目指すべき近代化のモデルを示すものとして経済学を導入した以上、近代以前の過去と近代が目指す未来も少なからぬ戦後の日本の経済学者は視野に入れていた。そして、過去と未来の捉え方が時代に応じて変化する以上、日本の近代化の経済学における把握は、常に変化する過去と未来の像を伴っていた。経済学に限らず、近代とは、過去からある未来を志向するものであったのであり、そのような未来・過去像に迫ることこそ、近代化を捉えることに繋がるというのが本連載で述べたいことである。
 本連載では、経済学史の戦後の名著を取り上げつつ、その背景およびその後に焦点を当てることで、戦後とは何だったのかを当事者の視点から振り返ってみたい。戦後の経済学史の名著を振り返ることは、当事者が、戦後をどう捉えていたのか、どこに課題があると考えていたのかを知る上で有益なのである。
 さらに、今読んでも、人間や社会や経済とは何かを考えるのに得るところが大きく、かつ基本となるものを本連載では取り上げる。なお、それぞれの名著を直接読んで頂くように誘うことも本書の目的だから、名著の内容を詳述するのではなく、その背景を伝え、それにより、戦後とは何かを考えたい。
 これまで、戦後経済学については少なからぬ研究がなされてきたし、明治期から戦中までの経済学史の通史的研究もなされてきた4。ただ、本連載が対象とする戦後の経済学史の歩みについて通史的に回顧した研究はまだない。ただ、本連載が取り上げるのは、「戦後」に中心的に活躍した経済学史家である。「戦後」が何をさすのかは議論の分かれるところであるが、高度経済成長が終焉し、ポストモダン思想が隆盛し、マルクス主義やケインズという「大きな物語」(全体を統括するかに思われるグランドセオリー」が失墜した1970年代以降を戦後の終わりと考え、それ以前の、「大きな物語」が有効であると多くの人々や知識人が信じていた時代を「戦後」として定義したい。そのような意味での戦後は、まさしく、多くの人々や知識人が日本の「近代化」を熱心に推進しようとした時代であった。それと表裏一体の認識として、まだ十分に「近代化」していないものとして日本社会が認識されていた時代でもあった。
 1970年代までに、少なからぬ人々にとって、高度経済成長の完了・終焉とともに、日本資本主義の主要目標(貧困の解消など)はある程度は達成されたものであった。経済学史家もまた、戦後の終焉とともに、自らの課題や時代認識を変化させた。経済学史家の戦後の終焉による思想の変化を検討することで、戦後の終わりはどのような思想の変化をもたらしたかを検討することも本連載の目的である。これまでの研究ではそのような思想の変化にあまり着目されていないものの、それら経済学史家の戦後の終焉による思想の変化は、それ自体、戦後とは何であったか、戦後の終焉はどのような変化の経験としてあったのかを示しているのである。この変化の経験は、戦後から見た戦後以後の日本資本主義の展望を与えるであろう。

1 戦後知識人論については、久野・鶴見・藤田1959は、社会科学者などそれぞれのステータスから知識人を捉えた。その中で、藤田は、戦後の社会科学者を、生活から遊離し、大学という制度のもとで、それぞれの科学研究を行う存在として位置付けた(藤田(久野・鶴見・藤田1959所収)、158-160頁)。1968-70年には、戦後知識人の論説のアンソロジーが刊行されたし(『戦後日本思想大系』(全16巻)、筑摩書房、1968-70年)、1988年には、ナジタ・前田・神島1988が、経済学には焦点を当てていないものの、社会科学・文学における戦後思想の展開を追った。その後、丸山真男や大塚久雄など個別の知識人についての研究が進展する一方で、安丸2004は、近代化論と正統派マルクス主義が隆盛であった1960年までと、急進主義によるその批判が普及した1960年代、構造主義やポストモダニズムが隆盛となる1970年代以降と、戦後知識人の系譜を追っている。さらに、小熊2005は、戦後知識人の言説にそれぞれの世代的経験がどう反映されているかを、ナショナリズム・民族主義を一つの焦点に置きながら研究した。趙・原田・村田・安田2014は、東アジアにおける知識人の役割の比較を行った。なお、吉本1969と柄谷1990には、知識人の大衆社会における役割をめぐって論点が存在する。赤澤・北川・黒川2014は、戦後知識人の民衆観を研究した。小林2015は、丸山真男、竹内好、吉本隆明の研究を行った。戦前・戦中と戦後思想の連続性をめぐっては、出原編2015は、戦前と戦後思想の相互関係に着目したし、酒井他2002、山之内・酒井2003は、総力戦体制期を戦後へ繋がる思想的画期と見た。上記の諸研究は、制度的、対大衆、時代の精神、学問活動といった観点から、戦後知識人論を展開した。

2 山之内1996は、階級社会からシステム社会への移行に、戦中・戦後の時代の変化を見て取っているが、大河内等の知識人をそれに関連づけて論じている。また、ナジタ・前田・神島1988は戦後の社会科学の展開を論じ、石田1984、(1995)は、敗戦後の時代との関連で戦後の社会科学を論じた。しかし、知識人としての戦後の社会科学者が、それぞれの学問活動において近代化をどのように捉えたのかそれ自体については、必ずしも十全に明らかにされていない。それら社会科学者における近代の把握は、それぞれの固有の研究領域を超えてそれら社会科学者が影響を持ち得た一因でもあったがゆえに、研究を進める必要がある。経済学史家に焦点を当てつつ、その点の解明を目的としたのが本書である。

3 神田孝平については、南森 2014が参考になる。福澤諭吉については既にあまりにも多くの研究がなされているためにここでは紹介しきれないが、福沢の経済論については、藤原 1998が、経済学については杉山 1986を参照せよ。

4 通史的な戦後日本の経済学の歴史の研究としては、池尾 1994は近代経済学を中心として、池尾 1999は経済学の制度化を中心として、経済学史学会 1984のうち、伊東光晴論文は戦後の近代経済学を、宮崎犀一論文は戦後のマルクス経済学を、杉原 2001は、京都大学や関西大学における経済学の展開を、牧野は柴田敬を取り扱う中で彼の戦後の歩みを、八木 1999もまた戦後の経済学者の歩みを研究している。経済学史の歴史については、杉原 1992が明治期から戦中を中心にした経済学史研究を研究している。ただ、戦後の経済学史については、個々の人物についての研究はなされているものの(個々の経済学史家の二次文献ついては、以下で適宜取言及する)、戦後の通史的な経済学史の研究はまだ行われていない。

参考文献
赤澤史郎・北川賢三・黒川みどり編(2014)『戦後知識人と民衆観』、影書房
池尾愛子(1994)『20世紀の経済学者ネットワーク:日本からみた経済学の展開』、有斐閣
——(1999)『日本の経済学と経済学者:戦後の研究環境と政策形成』
石田雄(1984)『日本の社会科学』、東京大学出版会
——(1995)『社会科学再考:敗戦から半世紀の同時代史』、東京大学出版会
出原政雄編(2015)『戦後日本思想と知識人の役割』、法律文化社
井上琢智(2006)『黎明期日本の経済思想』、日本評論社
小熊英二(2005)『<民主>と<愛国>:戦後日本のナショナリズムと公共性』、新曜社
柄谷行人(1990)『終焉をめぐって』、福武書店
河上徹太郎他(1943)『近代の超克』、創元社
久野収・鶴見俊輔・藤田省三(1959)『戦後日本の思想』、中央公論社
経済学史学会編(1984)『日本の経済学:日本人の経済的思惟の軌跡』、東洋経済新報社
小林弘二(2015)『戦後日本の知識人は時代にどう向き合ったか:丸山、竹内、吉本を中心に』、教育評論社
エドワード・W・サイード(1995)『知識人とは何か』、平凡社
酒井直樹他(2002)『総力戦下の知と制度』、岩波書店
思想の科学研究会編(1959-1962)『転向 共同研究』(上・中・下)、平凡社
趙景達・原田敬一・村田雄二郎・安田常雄編(2014)『東アジアの知識人5さまざまな戦後』、有志舎
杉原四郎(1989)「自由主義経済学の受容」(中村勝己編『受容と変容:日本近代の経済と思想』(みすず書房)所収)
——(1992)『日本の経済学史』、関西大学出版部
——(2001)『日本の経済思想史』、関西大学出版部
杉山忠平(1986)『明治啓蒙期の経済思想:福沢諭吉を中心に』、法政大学出版局
テツオ・ナジタ・前田愛・神島二郎編(1988)『戦後日本の精神史:その再検討』、岩波書店
福澤諭吉(2003)『福澤諭吉著作集第6巻』、慶應義塾大学出版会
藤原昭夫(1998)『福沢諭吉の日本経済論』、日本経済評論社
牧野邦昭(2010)『戦時下の経済学者』、中央公論社
——(2015)『柴田敬 資本主義の超克を目指して』、日本経済評論社
丸山真男(1964)『増補版 現代政治の思想と行動』、未来社
南森茂太(2014)「神田孝平の政治・経済論:官僚、洋学者、そして思想家として」、関西学院大学博士論文(34504甲第530号)
八木紀一郎(1999)『近代日本の社会経済学』、筑摩書房
安丸良夫(2004)『現代日本思想論:歴史意識とイデオロギー』、岩波書店
山之内靖(1996)『システム社会の現代的位相』、岩波書店
山之内靖・酒井直樹編(2003)『総力戦体制からグローバリゼーションへ』、平凡社
吉本隆明(1969)『吉本隆明全著作集13』、勁草書房

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著者略歴

  1. 野原慎司(のはら・しんじ)

    1980年生まれ。2010年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2012年同課程修了。博士(経済学)。現在、東京大学大学院経済学研究科准教授。主な著書に『アダム・スミスの近代性の根源』(京都大学学術出版会)、Commerce and Strangers in Adam Smith(Springer)他。

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