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谷口功一「哲学者の朝の祈りはノンフィクションを読むことである」

第0回 Merentem laudare justitia est.

 学部生の頃、井上達夫の法哲学の講義を聴いていたら、ヘーゲルの言葉として「哲学者の朝の祈りは、新聞を読むことである」という言葉が紹介されていたことがあった。
 信仰ある者が日々の務めである朝の祈りを欠かさないのと同様に、抽象的な思弁の世界に遊ぶ哲学者もまた、新聞を通じて現実の具体的な社会の動きを知るように努めなければならないという意味の言葉であると、わたしは理解した。
 実のところ、ヘーゲル自身の言葉は「リアリストの朝の祈りは、新聞を読むことである(Das Zeitunglesen am Morgen ist eine Art realistischer Morgensegen.)」であり、恐らく井上はこの言葉をもじって話をしていたところ、私はそれをそのままヘーゲルの言葉と誤解して記憶し今日に至ったのだろう。いずれにしても、この言葉が強い印象を残したことには変わりがないのだが。
 今回、わたしは上記の言葉をさらにもじり、「哲学者の朝の祈りはノンフィクションを読むことである」と題した連載を始めることにしたい。ここでいう「哲学者」は現代における狭義の「哲学」者だけを指すものではなく、制度化された大学の学問に携わる社会科学者をも含む広い範囲の人びとを指している。もちろん法「哲学者」であるわたしも、その中に含まれる。
 『ファウスト』に登場する悪魔メフィストフェレスのあまりにも有名な言葉に「あらゆる理論は灰色で、緑なのは生命の黄金の樹だ」というものがあるが、講壇の学者にとってのノンフィクション作品とは一面においてこの「黄金の樹」ではないかというのが、この連載のモチーフのひとつを成している。
 かつてはノンフィクション作品を掲載(連載)する媒体も少なからず存在していたが、すぐに思い出す限りでも、『(月刊)現代』・『This is 読売』・『論座』・『諸君!』・『新潮45』と、ここしばらくの間に多くの媒体が姿を消していった。これらの媒体の消滅は、単に読み手側の選択肢の減少ということだけでなく、ノンフィクションの産み手たちにも(特に経済的な面で)大きなダメージを与えるものだったはずである。
 今回この連載を始めようと思ったのは、これまで数え切れないほど多くの優れたノンフィクションに接して来て、それらを自らの研究遂行の糧にさえしてきたことに思いを致し、齢四十半ばを過ぎ、近年上記のような形で厳しい時代を迎えているノンフィクションへの恩返しを始める頃合いになったのではないかということもある。恩返しということだけではなく、わたし自身、毎年、講義の中でも少なからぬ数のノンフィクション作品を紹介しているが、現役の受講生だけでなく、今はもう社会人として忙しく働いている卒業生たちの読書の助けになれば、という思いもある。
 ただ、この連載を始めようと思った本当の動機は実のところ、徹頭徹尾わたし個人の問題であり、時おりノンフィクション作品を読んでいると「今すぐこの本を、物書きとして持てる限りの技倆のすべてを駆使して絶賛し褒め倒す書評を書きたい」という気持ちが昂然と湧き起こることがあり、その欲求を過不足なく充足したいという、ただそれだけのことなのである。
 つねづね思っていることではあるが、他人さまの書いたものの粗を探して貶めることは実に容易だが、むしろ、巧緻を尽くして褒めあげることこそが、物書きの腕前が試される最も難しい、そしてやりがいのある仕事だと私は信じている。
 不幸な家族のバリエーションが豊かであるのに対して幸せな家族のはいずれも似通っているというアンナ・カレーニナのご託宣と同様に、われわれ人類は実に豊饒な罵詈雑言の語彙の武器庫を有しているのに対し、ひとを褒める言葉というのは、案外バリエーションに乏しく単調でさえあるからだ(ダンテ『神曲』中の天国篇と地獄・煉獄篇の比較、そして、この世に存在する地獄絵図の豊饒さに思いを致されたい)。
 そして、これは功利主義的にも最も正しい事態でもある(私も著者も読者も幸福になるはずでは?)。日々目にする殺伐としたネット上の刺々しい糾弾調の言説に飽き果てているところ、褒めて褒めて褒めあげることだけを行い、この地上における功利計算の結果を少しでも首尾良きものとする。それが本連載の主旨である。
 もちろん、ウソ偽りは書かないつもりなので(提灯書評ではないので)、本連載では基本的に(私の主観ではあるが)本当に優れた作品しか取り上げない。また、過去の優れた多くのノンフィクション作品が存在しているのもよく分かっているのではあるが、なるべく最近の現役の作家が書いたものを現在進行形で取り上げることを目指したい。
 かつて、法哲学の先達である長尾龍一氏が年末になると自分がその年に読んだ本の書評新聞を手書きで作り知人友人に配布していたという話を人づてに聞いて長らく記憶に残っていたが(わたし自身は実物を見たことはなく伝聞のみだが)、本連載は形式こそ違うものの同様にわたし独りで行う書評誌のようなもので、『タイムズ文芸付録(The Times Literary Supplement)』とまでは行かないものの、通常の書評欄では望めない十分な紙幅をもって縦横に書評の愉悦を貪り尽くすものにしたいと考えている。
 おおむね月1回、2,500~3,000字程度を目処に、さまざまなノンフィクション作品を取り上げてゆきたいと考えているので、ご期待頂ければ幸いである。以上が連載を開始するにあたっての前口上となるが、引き続く第1回では畠山理仁の『黙殺』を取り上げることにしたい。さぁ、褒め倒すぞ。

※ 表題はラテン語格言で“メレンテム・ラウダーレ・ユースティティア・エスト”とよみ、「褒めるに値するものを褒めるのは正義である」という意味。

※ 書誌情報(含、本へのリンク)などは毎回、下記(連載末尾)に掲載する筆者の個人ブログのURLを記し、そこで補足情報と共に示すこととする。

→ 第0回補遺
http://taniguchi.hatenablog.com/entry/2020/01/06/152603

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著者略歴

  1. 谷口功一(たにぐち・こういち)

    1973年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。現在、首都大学東京法学部教授。著書に『ショッピングモールの法哲学』(白水社)、『日本の夜の公共圏』(編著、白水社)、『逞しきリベラリストとその批判者たち』(共編、ナカニシヤ出版)、訳書にシェーン『〈起業〉という幻想』、ドレズナー『ゾンビ襲来』(以上、共訳、白水社)他。

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