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[劇評]「静岡(SPAC)でクローデル『繻子の靴』を観て」根岸徹郎

[劇評]
「静岡(SPAC)でクローデル『繻子の靴』を観て」
根岸徹郎


撮影:井上嘉和

 ポール・クローデルが駐日フランス大使時代に東京で書き上げた戯曲『繻子の靴』は、ワーグナーの『ニーベルングの指環』にも比されるその圧倒的な質量から、フランスでも滅多に上演される機会がない。それを1年半前の京都とクローデル生誕150年目にあたる今年、静岡で観る機会を得たことは、わたしたちにとって大きな幸せだった。上演に半日を要する大作であり、16世紀末という時代のスペインからアメリカ大陸、アフリカ、そして日本までの地球全体を背景とした騎士ドン・ロドリッグと美しい人妻ドニャ・プルエーズとの禁じられた愛の物語が、翻訳と演出の渡邊守章、主演の元宝塚トップスターの剣幸、映像を担当した高谷史郎といった人たちの力技によって、ひとつの巨大な世界として舞台の上に生み出された。見事に日本語に移し替えられた雄渾な台詞、切れのあるテンポ、スムーズな俳優の動き、創造的なプロジェクション・マッピングによる背景や三段に組まれた独創的な装置、口上役の野村萬斎の映像による登場などと相俟って、舞台は全体がぐっと引き締まり、迷いがなかった。三日目(第三幕)のプルエーズと守護天使やドン・カミーユとの神学的な対話や、最終幕にあたる四日目全体が醸し出す滑稽さなども、どこまで理解できたかはともかくとして、ストレートに頭の中に入ってきた。けれども今回の静岡の舞台でなによりも印象的だったのは、この上演によって、わたしたちがなにかしら本質的で大きなものに触れることができた、という感触ではないだろうか?


撮影:井上嘉和

 大使として来日する直前の1921年春、ダンテ没後六百年を祝う長編詩を書いたクローデルはパリで講演し、『神曲』の作者を含めた真に偉大な5人の詩人の特徴として、「霊感」、「知性・鑑識力・審美的判断力」を天賦の才として有していることに加え、「宇宙性(カトリシテ)」を挙げている。いうまでもなく、彼自身もまたこの「宇宙性(カトリシテ)」を求めた詩人に他ならない。「ただ一匹の蝶が飛ぶためにも空全体を必要とする」というクローデルの文を引いて、井筒俊彦が指摘しようとした点もまた、この問題と深く関わっている。そして、大西洋の中央の地点から始まり、地中海のバレアレス諸島の満天の星の下で幕を降ろす『繻子の靴』が、文字通り宇宙全体を希求する作品であるということを、わたしたちは今回の舞台から感じ取ることができたのだ。

 真の詩人の創造とは「神の創造全体を見ることであり、イマージュである」と、クローデルはいう。舞台芸術はまさに再現と現前の芸術であり、彼が詩とともに最後まで演劇という形式を捨てなかったことも、静岡の『繻子の靴』を観ることで納得できたように思える。

 1924年に『繻子の靴』を書き上げたとき、クローデルは最後にラテン語で「作品ノ終リ (EXPLICIT OPVS) 」と記したが、その後で「称ウベキ(MIRANDVM)」という一言をそこに付け加えている。それからおよそ百年後、今回の上演によって、わたしたちは改めてこの書き込みの意味に考えを巡らせる機会を得た、といえるだろう。

(ねぎし・てつろう=専修大学教授。訳書ジュネ『公然たる敵』(共訳)、ンディアイ『パパも食べなきゃ』)

◇初出=『ふらんす』2018年8月号

>関連記事:特集「生誕150年 ポール・クローデルと日本」

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