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[特集]欧明社の本棚から─原書にチャレンジ!

 戦後すぐ、東大仏文科の教授らの勧めで創業されたフランス語書籍専門店「欧明社」。フランス語学習者、フランス文化愛好家たちを支え続けてきた、創業75年を誇る老舗書店の本棚からお届けします(以下、『ふらんす』2022年2月号より一部ご紹介します)。

リヴ・ゴーシュ(左岸)という名の書店

編集部

 東京・飯田橋のアンスティチュ・フランセ東京(旧東京日仏学院)に足を踏み入れると、深いグリーンの壁に、鮮やかな赤い扉、黄色い看板の一角が目に飛び込んでくる。看板には「RIVE GAUCHE(左岸)」の文字。ガラスが綺麗に磨かれたショーウィンドーの中には、魅力的な本の数々が美しくレイアウトされ、入口の扉の前の回転棚には、色とりどりのポストカードが並んでいる。目に入ってくる文字はフランス語ばかり。店の佇まいといい、レイアウトのセンスといい、ここはパリ?と見紛うほど。

 フランスに行ったことのある人なら、とくに観光だけでなく書店めぐりもしたことのある人なら、どこか見覚えがあるかもしれない。それもそのはず。この書店には実はモデルがある。Rive gauche(リヴ・ゴーシュ)の店主、フランス語書籍専門店・欧明社社長の奥山由紀夫さんに話をうかがった。

 「1952年の開校間もない頃から、東京日仏学院の校舎のなかには欧明社が入っていました。いまから30年ほどまえのこと、院長のサグリオ氏と、いまは料理人・エッセイストとして活躍するパトリス・ジュリアンと私の3人で、何か面白いことをやろうと、当時駐車場だったところに書店スペースを移すことを考えたんです。店のデザインを考えたのはジュリアンでした。彼が、パリにある書店〈シェイクスピア&カンパニー〉のような店にしようというアイデアを出したんです」

 〈シェイクスピア&カンパニー〉というのは、パリの5区、セーヌ左岸にアメリカ人女性シルヴィア・ビーチが1919年に創業した、知る人ぞ知る書店。名前からも想像できる通り、英語の書籍を扱う店で、顧客にはヘミングウェイ、フィッツジェラルド、ガートルード・スタイン、ジョイスなど錚々たる面々がおり、パリにおける英米文学・モダニズムの拠点となっていた。最も有名な逸話は、英語圏で発禁となったジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を、店主シルヴィア・ビーチが版元となってこの書店から出版したというもの。フランスで英語圏の文学を精力的に紹介するシェイクスピア&カンパニー書店の精神と、ここ日本でフランス語書籍専門店を営む欧明社とは大いに通じるところがある。

 「新しく店舗を構えるにあたり、材料も、デザインも、職人も、フランスにこだわりました。でも、メンテナンスは業者に頼むと高いので、壁のペンキ塗りもずっと私がやって来ました。店の前のベンチも(笑)。店名は私がつけました。書店にはやはり〈左岸〉が似合うと思って」

 シャンゼリゼ、エリゼ宮、市庁舎、オペラ座、ルーヴル美術館など、パリのセーヌ右岸(セーヌの北側)は政治・商業・観光が中心。一方、左岸(セーヌの南側)にはソルボンヌに代表されるカルチェ・ラタンや、出版社や書店の多いサン=ジェルマン・デ・プレ界隈などがある。

 欧明社本店は、アンスティチュ・フランセ東京から徒歩で10分ほど、JR飯田橋駅の近くにある。創業は戦後間もない1947年のこと。由紀夫さんの父・朝廣(ともひろ)さんが、東京・四谷の上智大学の近くで始めた。

 「父は暁星学園でフランス語を学び、その後、旧制静岡高等学校、東北大学法学部で学びました。しかし、戦中も戦後もフランス語で仕事をするのはむずかしく、最初は鈴木信太郎先生ら東大仏文科の教授に勧められ、先生方のフランス語の本を引き取り、それを売ったり、仏文科の学生たちとフランス語の教科書を作ってそれをガリ版刷りで出すことから始めたと聞きます。父からは、「欧明社」という名は、渡辺一夫先生につけてもらったとも聞きました」

 常連客には、辰野隆とともに東京大学仏文科の礎を築いた、先の鈴木信太郎をはじめ、作家の川端康成、そして大江健三郎の師である渡辺一夫らが名を連ねていた。その後、東京日仏学院やお茶の水のアテネ・フランセにも店舗を構えるようになり、本店の場所を今の飯田橋に移し、現在に至る。

 店のレジの上には、鈴木信太郎氏の筆跡による句や、ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボー、プルースト、マルロー、カミュなどの肖像画が飾られている。2階に続く階段にはプレイヤード叢書も見える。2階は事務所兼書庫だが、落ちついたサロンのような一角があり、ここでさまざまな文学談義が繰り広げられていたことだろう。

 しかし、由紀夫氏がまだ22歳のときに父・朝廣氏は急逝。

 「それまでフランス語からは逃げていたんですが、急遽、店を継ぐことになり、慌てて取引に必要なフランス語を勉強しました(笑)」

 以来、半世紀近く由紀夫氏、弟の明彦氏、スタッフ全員で店を守る。辞書、フランス語テキスト、絵本、児童書、小説、ノンフィクション、旅行ガイド、料理本、雑誌など、現在では在庫数6000点以上、蔵書は2万冊を扱うまでに。またDVDや朗読CD、文具、日本で刊行されているフランス語学習参考書、本誌『ふらんす』も所狭しと置かれている。

 奥山家にはフランスの勲章が3つある。日本でフランスの書籍を広める功績に対し、親子はそれぞれ「パルム・アカデミック(教育功労章)」を受勲。また、2012年には、毎年パリで開催されるサロン・ド・リーヴル(ブックフェア)にて、由紀夫氏は芸術文化勲章のシュヴァリエを受勲している。それと同時に、欧明社はフランス出版協会より 日本で唯一となる認定証も授与された。

 「フランスは、文化事業に対する〈リスペクト〉がたいへん強いですね。コロナ禍では、日本の書店である欧明社にまで、フランス政府からの支援の申し出がありました。文化を守ろうという強い意思を感じます」

 残念ながらリヴ・ゴーシュ店とアテネ・フランセ店は昨年10月末に閉店。本店も今年2月いっぱいで閉店の予定だが、奥山さんが日々手入れを欠かさなかったあのリヴ・ゴーシュの外観は、〈RIVE GAUCHE〉の看板とともに、そのままアンスティチュ・フランセ東京の施設として残される。

【欧明社本店】東京都千代田区富士見2-3-4 TEL:03-3262-7276(代) http://www.omeisha.com/


アンスティチュ・フランセ東京にあったリヴ・ゴーシュ店


リヴ・ゴーシュ店のモデルになった、パリ左岸の伝説の書店シェイクスピア&カンパニー


創立108年の語学専門学校、お茶の水のアテネ・フランセにも店舗を構えていた


欧明社本店。天井までみっちり本が並ぶ。6000タイトル、2万冊を誇る品揃え


欧明社本店の店内で。左からカリン西村さん、奥山さん、じゃんぽ〜る西さん。
『ふらんす』2022年2月号ではお二人の連載も欧明社をテーマにしています


階段にはプレイヤード版や旅行ガイドなどが並ぶ


奥山由紀夫社長。2階はサロンとしても活用されている


左右は親子でそれぞれ受勲されたパルム・アカデミック(教育功労章)。
中央は由紀夫さんの芸術文化勲章シュヴァリエ


2012年の受勲式。中央が奥山さん。右隣は、レジオン・ドヌールのコマンドゥールを受勲した作家の大江健三郎氏


欧明社のみなさん。後列左から唐木恵美さん、佐々木仁美さん、榎本恵美さん、
前列左から奥山明彦さん、由紀夫さん

◇初出=『ふらんす』2022年2月号

『ふらんす』2022年2月号では、欧明社スタッフの榎本恵美さんによる「欧明社の本棚から」、倉方健作さん「ゴンクール賞アベセデールabécédaire」、澤田直さん「「日本の学生が選ぶゴンクール賞」─冒険への船出」も掲載しています。ぜひご覧ください。

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