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ふらんす2018年2月号特集

特集「21世紀のサミュエル・ベケット」

『ふらんす』2018年2月号から、特集の一部をご紹介します。

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田舎道。木が一本。夕暮れどき。
二人組のホームレスが、救済者をひたすら待ちながら暇つぶしに興じる「不条理演劇」の代名詞にして最高傑作『ゴドーを待ちながら』が、このたび新訳であらたな命を吹き込まれます。

>『新訳ベケット戯曲全集1[ゴドーを待ちながら/エンドゲーム]』
 サミュエル・ベケット 著/岡室美奈子 訳


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「『新訳ベケット戯曲全集』、いよいよ刊行開始!」
岡室美奈子

 『ゴドーを待ちながら』(以下『ゴドー』)は、1953年にパリのバビロン座で初演された。留学中にその初演の舞台を数度にわたって観劇するという幸運に恵まれた安堂信也氏が、帰国後すぐに単独で翻訳し、1956年に白水社から出版した。その後、高橋康也氏との共訳が『ベケット戯曲全集 1』(白水社)に収録されて1967年に刊行され、『ベスト・オブ・ベケット 1』、白水Uブックスと形を変えながら、今日に至る。

 日本の小劇場演劇に多大な影響を与えた『ベケット戯曲全集 1』が出てから、ちょうど半世紀の時が流れた。『ゴドー』受容の初期には実存主義的解釈が主流だったこともあって、今読み直すと、翻訳の名手であったお二人による美しく優れた訳ではあるものの、抽象度が高いように感じられる。実際の上演にも、〈わけのわからなさ〉がつきまとい、それこそが『ゴドー』の特徴であるかのように捉えられてきたことは否めない。

 今回、演劇だけでなく、ラジオ、テレビ、映画作品を含めたベケットの全戯曲と脚本を新たに訳すにあたり、ドラマトゥルグとして活躍する長島確さんら、私よりも若い世代のベケット研究者たちとタッグを組んだ。彼らと訳稿を持ち寄り、何度も検討を重ねる過程で、『ゴドー』に関してもさまざまな発見があった。新訳では、これまでの研究成果や訳稿検討会での発見を踏まえ、「難解な不条理劇」とか「無と絶望の劇」といった重々しい解釈から自由な〈わかる〉『ゴドー』、今を生きる私たちにとってリアルな『ゴドー』を目指した。以下、新訳で工夫した点の幾つかを挙げてみたい。

 第一に、新訳では会話と所作のリズムと二人のコンビネーションを大事にした。ウラジミールとエストラゴンの二人の会話は、さまぁ~ずか!とツッコミを入れたくなるぐらい、ボケとツッコミのリズムで構成されている。チャップリンやキートン、マルクス兄弟、ローレル&ハーディらをこよなく愛したベケットなら当然かもしれない。

 また、できるだけ日常的で平易な、口になじみやすい言葉を選択した。たとえば有名な冒頭の台詞は、安堂・高橋訳では仏語版の « Rien à faire. » が「どうにもならん」と訳されている。今回は、英語版の“Nothing to be done.” を、「何やってもダメ」と訳し、エストラゴンの靴が脱げないだけではなく、いろいろやってみたけど何一つうまくいかないというニュアンスを込めた。既にどん詰まりの状況から始まる劇だということを、冒頭で明確に伝えたいと思ったのだ。結果的に、原語のNothing のn 音と「何」のn音が響き合い、語感も近くなったと思う。「ダメ」をカタカナにしたのは、この劇全体を重々しさから解放しようというささやかな意思表明である。

 それと、格調低さ・・も心がけた。一つの語の多義性を大事にするのもベケットの特徴だが、翻訳はある程度、意味を選び取る必要がある。その際、できるだけ格調低いほうを選んだ。そのほうが具体的な身体性が浮かび上がると考えたからだ。いま現在の身体になじむ、具体的な訳。それを目指したつもりである。

 ところでウラジミールとエストラゴンは何歳だろうか。二人の年齢は明記されていないが、約半世紀一緒にいるらしいことから、老人と推察される。しかし新訳では、特に老人風の言葉は使わなかった。現代では、若者と老人の言葉に大きな差はないと考えたからだ。それよりも、若い人たちにも上演してもらいやすい訳を目指した。格差社会や将来の希望が持てないなど、若者のほうが理不尽で深刻な状況に置かれているように見える現在、持たざる者たちの劇は、より普遍的だと思うのである。[…]

(続きは『ふらんす』2018年2月号をご覧下さい)

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[座談会]「21世紀の『ゴドーを待ちながら』」
宮沢章夫(演出)× 岡室美奈子(翻訳)× ケラリーノ・サンドロヴィッチ(ゲスト)


 
リーディング公演を終えて

岡室:今回、KERAさんは新作の公演中でお忙しいにもかかわらず、会場に来てくださいました。

ケラリーノ(以下KERA):宮沢さんから、今度『ゴドーを待ちながら』のリーディング公演をやるんだけど、とツイッターのダイレクトメッセージを頂戴しまして。それで、「たぶん3日目だったら行けると思います」と返事をしたら、「じゃあ調整するから待って」と言われ、ふとツイッターを見てたらもうイベントが告知されてました(笑)。ぜんぜんいいんですけどね。


ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏

岡室:わたしも、最終日にKERAさんが来るよって聞いていたくらいで……。公演をごらんになっていかがでしたか?

KERA:ドライな仕上がりでとても面白かったです。岡室さんとは、先日ナイロン100℃の公演パンフレットで対談させてもらって、そのときもベケットや別役実さんなど不条理劇の話をしたんですけど、じつは僕、ベケットはあまりしらなくて、それこそ『ゴドー』も何度も途中まで読んでは寝ちゃったし、ようやく読破できたのもそんな何年も前じゃないんです。公演も串田和美さんと緒形拳さんが出演された舞台を観ただけ。あれはとても面白かったです。

岡室:ナイロン100℃の新作公演のタイトルは『ちょっと、まってください』ですが、『ゴドーを待ちながら』は関係ないんですか?

KERA:関係ないんですけどね。でも帽子を投げたりとか、いろいろ共通しているところが、たしかにありますね。無意識ですけど。

宮沢:ウラジミールが帽子を投げるあのシーンは、普通に投げても面白くないんで、舞台のそこ、ドアの向こうに消えてゆくという演出にしたんだけど、以前ね、先代の猿之助がやっていたのが見事で、それやれって言ったんだよ。そしたら役者が必死なんだよね(笑)、真顔になる。だから、その必死な顔はやめてくれって言ったんだけどね。そういった話も含めて、今日はこれから3 時間たっぷりお届けします。

KERA:噓つくのやめてください!

宮沢:稽古をやると、あたりまえだけど、何度も何度もテキストを読む。「これなんなんだろう」という部分が、いくつも出てくる。ふつうに読んだだけでは気づかなかったことが、言葉や行為の背景も段々わかってくるんだけど、でもまたあらたな謎が出現する。すごく重層的なテキストだと思ったんだけど、KERAも演出してみたいでしょ?


宮沢章夫氏

KERA:以前、いとうせいこうさんの『ゴドーは待たれながら』を、ご本人に「やりたいんだけど」と相談したときは、本家の『ゴドー』との二本立ての構想だったんですよ。当時、ウチの三宅弘城と、まだそれほど人気者でもなかった阿部サダヲでやろうという企画があったんだけど、三宅に「おもしろいですか、これ」って言われて、そんなこと言うやつとはやりたくないと思ってお蔵入りになりました(笑)。『ゴドー』は80年代に星セントルイス主演の舞台があって、そのイメージが強かったんですが、まだバカルディだったころのさまぁ~ずでできないかなという構想もあったんです。そんな風に、幾度も企画しては挫折しまして。二幕目の最初なんかもとても好きなんです。ほんとうにシンプルになにもない。「ふざけるのはやめよう、いい加減にやめよう」とか。


ウラジミールとエストラゴンは誰か?

岡室:じつは今回の新訳は、さまぁ~ずをイメージして訳しているんです。

KERA:でしょ? いかにも三村っぽいツッコミがいくつもありますよね。「沼かよ!」とか。

岡室:観た人は、エストラゴン役の善積君の風貌から、アンガールズの田中か!と思ったって。


岡室美奈子氏

KERA:ああ、田中君にも似てるけど、若い頃の手塚とおるにも似てるな、と思いながら見てました。ベケットはエストラゴンをバスター・キートンに振りたいと思って書いていたんですよね?

宮沢:感じとしてはキートンですよね。ウラジミールはチャップリンでしょ?

KERA:ガセかもしれないけど、ラッキーとポッツォはハーポ・マルクスとチコ・マルクスを考えていたとも。

宮沢:ハーポがあの長ゼリフ言えるかな、っていうか、ハーポはそもそもしゃべらない男だからね。

岡室:ベケットはチャップリンとキートンにやってほしかったという話はたしかにあったんだけど、今回の公演でああ、こういうことなのか、とわかりました。それは演出の宮沢さんのおかげ。コント的なセンスというか、なにか面白いことをやって間を持たせないといけないっていうことなのかな、と。

宮沢:いや、そんなに技を使った感じはないんですよ。本のとおりにやったらこうなったというか。

岡室:あっ、翻訳がいいということですね(笑)。

宮沢:そうとも言えます(笑)。

[…]

(続きは『ふらんす』2018年2月号をご覧下さい)

(みやざわ・あきお/劇作家・演出家・作家・早稲田大学教授。著書『ヒネミ』『14歳の国』『時間のかかる読書』)

(おかむろ・みなこ/早稲田大学教授。編著『日本戯曲大事典』、編訳『新訳ベケット戯曲全集』(近刊))

(ケラリーノ・サンドロヴィッチ/劇作家・演出家。ナイロン100℃主宰。著書『フローズン・ビーチ』『グッドバイ』)

撮影:坂内太
2017年11月12日、早稲田小劇場どらま館にて


新訳『ゴドーを待ちながら』リーディング公演
日時:2017年11月10日(金)~ 12日(日)
会場:早稲田小劇場どらま館
作:サミュエル・ベケット
訳:岡室美奈子
演出:宮沢章夫
出演:上村聡、善積元、井神沙恵、大村わたる、渕野修平、小幡玲央

『ふらんす』2018年2月号では、岡室美奈子さんによる寄稿の全文、宮沢章夫さん×岡室美奈子さん×ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの座談会の全文の他、池内紀さんによる寄稿「沈黙の芝居 ベケットのゴドー訳」も掲載しています。ぜひあわせてご覧下さい。

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