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クラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」の創始者ルネ・マルタン氏に聞く

今年も5月3日から5日まで、東京国際フォーラムを中心に大手町・丸の内・有楽町ほかで、世界最大級のクラシック音楽の祭典「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019」が開催されます。この前例のないクラシック音楽祭のアーティスティック・ディレクター、ルネ・マルタン氏に、音楽祭について、今年のテーマ「Carnets de voyage ボヤージュ─旅から生まれた音楽(ものがたり)」についてお話を伺いました。「ラ・フォル・ジュルネ」とはフランス語で「ハチャメチャな日」。モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』の原作であるボーマルシェの戯曲のタイトル La Folle Journée, ou le Mariage de Figaro から採られました。この革命的な作品のタイトルは、マルタン氏の革命的な試みそのものです。

(聞き手・訳・構成 田口亜紀)

今年、ラ・フォル・ジュルネ(以下LFJ)はナントの開催25回目、日本では15回目を迎えますね。

この25 年間は冒険の連続でした。当初は25年も続くとは予想もしていませんでした。ナントとロワール地方では20万人を動員、日本でも驚くべき冒険でした。東京国際フォーラムで5月のゴールデンウイークに開くことで、広く聴衆、特に家族を呼び込むことに成功しました。2018年までで延べ823万人の来場者数を記録し、観客層の広さをアピールしました。私は毎年、異なるテーマを提案しますが、観客は好奇心旺盛です。LFJ は日本の音楽シーンの重要な牽引役となっています。その証拠にLFJ に関するシンポジウムや出版物では、成功の理由、秘訣を突き止めようとしています。日本では東京以外にも金沢、新潟、鳥栖でLFJ を開催しました。

LFJ の内容は開催地によって違うのですか?

東京のLFJ はナントの「コピペ」ではなく、テーマ、出演者が重なっているとしても、日本独自の企画です。LFJ 東京を立ち上げるために2 年間、東京での音楽のあり方、音楽愛好者の音楽への関わり方を注意深く観察し、音大や各都市の合唱団を訪問しました。そして日本の音楽祭を着想したのです。日本の交響楽団や演奏家を発見し、ナントに招きました。このように東京とナントのLFJ では日仏の音楽の交流があるのです。
 今年のテーマはCarnets de voyage (「旅の手帖」の意。日本語タイトルは「ボヤージュ~旅から生まれた音楽(ものがたり)」)です。ナントでは演奏されず、東京では演奏される曲があります。またその逆の場合もあります。ナントでは公演数300ですが、東京では124(有料公演)と少なく、各国の興味の持ちように従って、作品を選んでいます。日本の観客が控えめなのに対し、フランスではスタンディングオベーション、拍手、大喝采やブーイングなど反応が大きいという違いはありますが、国は関係なく、音楽への情熱は共通なのです。東京では特定の作曲家に精通している人がいることに驚きました。この類の専門家はフランスには存在しません。

あまり知られていない曲もLFJ で紹介されていますね。

それがLFJ の豊かさなのです。専門家やジャーナリストを感嘆させる独創的なプログラムを組んでいます。例えば今年のLFJ では、日本で未演奏の曲が多くあります。日本人は未知の曲を聴いてみようとする好奇心が旺盛です。ある年のこと、あまり知られていないストラヴィンスキーの「結婚」を演奏したところ、ネット上での反応を見ると、聴衆は熱狂していました。それで、LFJ で思い切ったことをしても、聴衆はついてきてくれるのだと確信したのです。
 LFJ を立ち上げたときに、クラシック音楽を聖域とすることをやめようと決めました。音楽は誰にとっても身近にあって、2つの耳でただ座って聴いていればいいのです。知識は必要なく、好きだというだけで十分です。シューベルト、モーツァルトは入りやすいですし、今年もあまり知られていないけれど、聴きやすい曲が色々あります。観客自身、この音楽は自分のためにあるのだと感じられるようでなければなりません。LFJ が目指すのは、音楽との出会いを促すことなのです。
 地元ナントの3万5千人を収容するスタジアムでU2のロックコンサートが開かれた時、「どうしてこの観客たちは、私が立ち上げたラ・ロック・ダンテロン音楽祭に来てくれないのだろうか」と自問しました。私にとってそれは実存にかかわる問題でした。この若者たちには、単にクラシック音楽を聴く機会がない。だから、私がクラシック音楽と出会うイベントを作らなければならない。ではどうしたら若者に足を運んでもらえるのか、と考えました。1公演の演奏時間を短く45分に収め、聴衆休憩を挟めば、次のコンサートをはしごしてもらえます。ロックコンサートではお互い知らなくても、会場で声をかけ合いますし、友愛に満ちています。ロックコンサートの熱気はそのままに、一つの場で1日に3万人が鑑賞でき、室内の複数のホールを行き来でき、一体感があり、お祭り気分が味わえる空間を構想したのです。

今回のテーマはどのように着想されましたか?

昨年の Exile(亡命)という「強いられた移動」からは非常に多くの作品が生まれ、豊かなテーマであることがわかりました。そこから、今年の「選びとった旅」に発展したのです。亡命作曲家がいる一方で、多くの作曲家は望んで旅をしています。他の文化に出会うために旅した作曲家は、美しい風景、民衆の歌に触発され、曲にまとめたのは帰国後かもしれませんが、旅の間に構想を膨らませたのです。このテーマでまず2200曲を選びました。5、600曲をナントで、200曲を東京で演奏します。
 19世紀に作曲家を魅了した国はイタリアでした。ヨーロッパ文明揺籃の地で、ローマ時代の文化や、各都市には芸術作品が残っています。またフランスも大きな役割を果たしました。ロシア人もイタリアやフランスに赴きましたが、当時フランス語はロシアの知識階級では国際語でした。プーシキンやチェーホフはフランス語を操りました。チャイコフスキー、グリンカ、リムスキー=コルサコフはパリに滞在しています。
 それ以前にも、18世紀には「グランド・ツアー」という慣習があり、イギリス、フランス、ドイツ、後にはロシアの貴族が2、3年、家庭教師と旅に出ました。画家やモーツァルト、メンデルスゾーンのような音楽家も同様です。手ほどきを受けるためであり、作曲家を発見する旅です。今年のLFJ のタイトルに「グランド・ツアー」もありえました。実際、「グランド・ツアー」をテーマとする公演もあります(LFJ のプログラム126、226)。
 もっとも驚くべき旅行者は、フランスのサン= サーンスです。彼が行った国外旅行は179 回、訪問国は27 か国、フランス国内では136回、訪問したのは62都市を数えます。アルジェリアには19回、エジプトには16 回、スペインには12回も行きました。新しい発明である鉄道、大西洋横断大型客船も利用しています。暴行や盗難の危険があった当時の旅はどれほど大儀な冒険だったことでしょう。
 20世紀に全ヨーロッパが夢中になったのは日本やアジアの国々でした。作曲家は今では1週間ほどの予定で日本に来ますが、20世紀初頭モーリス・ドラージュは日本に2年間滞在して、伝統音楽などの文化を吸収しました。日本語ができたので自ら「7つの俳諧」のために俳句を仏訳しました。日本とフランスの架け橋となり、パリの自宅で三味線奏者を呼んでリサイタルを開いたことで、招待客のラヴェルによる日本の音楽の発見に一役買ってもいます。インドでは「インドの4つの詩」を作曲し、うち1楽章をラヴェルに捧げました。今年の公演の目玉のひとつは、日本初演のこの作品です(LFJ のプログラム257, 354)。併せて演奏される、ストラヴィンスキー「3つの日本の叙情詩」、ルチアーノ・ベリオの「フォーク・ソングズ」もオススメです。
 旅には気晴らしの要素もありますが、作曲家に出会うためであるとか、修行の目的もあります。20 世紀を代表する名指導者ナディア・ブーランジェのもとにバーンスタインやピアソラなどアメリカ大陸の音楽家が集まってきたように、指導者を求めての国外に滞在することもあります。
 フランスがローマに有する「ヴィラ・メディチ」には多くの芸術家が滞在し、創作活動の拠点としました。私自身7、8年、ここの音楽部門を任されていました。ビゼー、ドビュッシー、ベルリオーズは奨学金を受け、好条件に恵まれ、2、3年間の滞在期間で多作品を作曲しました。今回は選曲から外しましたが、ヴィラ・メディチだけでも100のコンサートが開けます。
 日本人の移動でいうなら、細川俊夫はベルリンへ、藤倉大はイギリスへ、また日本の多くの音楽家がオリヴィエ・メシアンの薫陶を受けています。音楽の利点は、言語の壁がないことです。ハイドンは18 世紀初頭に英語が話せずにロンドンに赴きましたが、楽譜があって演奏すれば十分でした。音楽は普遍的な言語で、共通言語なのです。

ご自身は企画チームを抱えているのですか。

いいえ、曲の調査と選定、演奏者の選定を自分一人で行なっています。その方法論を身につけているし、記憶力もよいですし、テーマを見つけ、掘り下げることが好きなのです。一方で毎年刊行されるLFJ のオフィシャルブックの執筆は音楽学者に依頼しています。プログラムに掲載される公演演目の解説は「チーム」で分担して執筆してもらいます。曲を文脈に位置づけるのは音楽学者の仕事で、自分にはできませんが、私の仕事は曲を探し、聴くことです。刑事の捜査のようですね。私は年間1500もの演奏会を企画していますが、たとえば今回のようにドラージュの曲を演奏するには、10人の演奏家が必要です。東京だけの公演では採算が取れず、演奏家にとっては練習から公演までの負担が大きすぎます。しかし、私が企画する世界各地のコンサートで複数回、演奏する機会を演奏家に提供できるので、彼らにとっても好都合なのです。これは双方向に言えることで、演奏家の方でも、ある曲を演奏したいと思ったら、私に話しに来ます。他のプロデューサーが相手にしなくても、私は耳を傾けます。このようにして普段聞き慣れない曲を届けられるのです。今年ならジャン・クラの「航海日誌」が、フランスでもめったに演奏されないのですが、東京では聴くことができます。航海士で作曲家だったリムスキー=コルサコフ、アルベール・ルーセルといった作曲家も発見できますよ。
(2019年2月16日、KAJIMOTOのオフィスにて)
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2月17日には「音楽とワインの世界に浸る特別なひと時」と題して、マルタン氏とソムリエの石田博氏によるワインテイスティングイベントもENOTECA 広尾本店で開催されました。今年のテーマ「旅」をキーワードにワインと、マルタン氏の選曲をもとに縦横無尽なトークが展開されました。

◎ルネ・マルタン氏からのメッセージ

フランスとそのエスプリ、フランスらしさの愛好者なら、ラ・フォル・ジュルネに来ない手はありません。企画者はフランス人ですし、そのフランス人は日本と日本のみなさんが大好きなのですから。言ってみれば、一気に新しい方向にひらけるクラシック音楽を発見する最良の出会いの場なのです。もしフランスがお好きなら、他のコンサートではけっして聴けないフランス人作曲家を発見できます。航海士でもあった作曲家ジャン・クラや、ダリウス・ミヨーの「ニューヨークのフランス人」も聴けます。日本初公演です。ですから、フランスや、フランス的な熱狂(ねっきょう)、フランスらしさが好きなら、ラ・フォル・ジュルネにぜひ来て下さい。

>ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019

◇初出=『ふらんす』2019年4月号

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