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【書評再録】ヴィアゼムスキー『彼女のひたむきな12カ月』 [評者]四方田犬彦

アンヌ・ヴィアゼムスキー 著 原正人 訳
『彼女のひたむきな12カ月』
DU BOOKS

2400円+税


[評者]四方田犬彦

『中国女』の詩と真実
 何だよ、マダム・ヴィアゼムスキー、話が違うじゃないか。6年前に会ったときには、ジャン=リュックのことは一生、書くことはできないわ。だって彼は天才だし、あのころは映画と現実、プライヴァシーとピュブリックがごちゃごちゃになっていて、何もかもがあっという間に過ぎてしまったからなんて話してたのに。でも2年後になんと、こんな本を書いちゃったんだ。『彼女のひたむきな12カ月』。

 原題はUne Année Studieuse。つまり「勉強ばっかりの1年間」。これ、わかるなあ。だってゴダールって監督は映画のなかでも、現実の人生でも、いつだって先生として振る舞おうとする人だから。とりわけ、マダム・ヴィアゼムスキー、あなたが19歳のとき、彼は36歳。17歳も年が違っていて、すでに世界的に有名な映画監督が、大学入試に落ちちゃった「夢見るブルジョワ娘」(ドリュ・ラ・ロシェル)に会ってたちまち求婚し、1年後には名作『中国女』で主演女優に仕立てあげてしまうのだから、きっと何が何だかわからないまま、緊張と恍惚のうちに過ぎてしまった1年だったんだろう。今から半世紀前、1968年の「五月」の直前の物語である。

 実は最初に予想していたのは、クッツェーの自伝的小説『サマータイム』のような内容ではないかなということだった。ノーベル文学賞を受けて世界的な作家となるはるか以前の作者を、無名時代の女友だちがインタヴューに応えて、ボロクソに話すという物語である。でもあなたの本は違った。そんな下品な書き方は、モーリアックの孫のすることではない。男性と映画という、2つの未知の世界を覗きこむ若い女性の、真摯にしてプライド高き冒険が、ここでは謙虚に綴られている。

 初めて耳にした話もいっぱいあった。 『中国女』が最初はモノクロで企画されていたこと。ゴダールが新進作家ソレルスと仲がよく、彼を出演させるつもりが、結局流れてしまい、その代わりに哲学者フランシス・ジャンソンが列車のなかであなたと対話するという名場面が撮影されたこと。あなたが共演者であるジュリエット・ベルトの美しさと演技のすばらしさに圧倒されていたとき、肝腎のジュリエットはゴダールに毎日、ラヴレターを書いていて、あなたが彼のカノジョだと知って、強いショックを受けたこと。すごく面白い。早く続編も翻訳が出ないかなあ。
(よもた・いぬひこ/映画史・比較文学)

◇初出=『ふらんす』2016年9月号

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