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「マリーズ・コンデへのオマージュ」大辻都


マリーズ・コンデ(右)と筆者

 審査団のスキャンダルで中止となった2018年度のノーベル文学賞に代わり設立されたニューアカデミー文学賞をマリーズ・コンデが受賞したことはご存知の方も多いだろう。同じく最終候補まで残りながら辞退した村上春樹と異なり、齢86歳になるコンデはこの受賞を心から喜んでいる様子で、12月にストックホルムで行われた授賞式には静養している南フランスのゴルドから車椅子で出席した。さらに年末には数年ぶりにカリブ海のグアドループ島を訪れ、ポワン・タ・ピートルの文化センターで催された祝賀会で同郷の読者たちから祝福されている。

 日本では、例年コンデも下馬評に名が挙がっていた本家のノーベル文学賞ほど大きな扱いではなかったが、新聞各紙では受賞が伝えられ、筆者も作家の紹介記事を朝日新聞に寄稿している。そしてフランコフォン月間にあたる来月3月14日、「マリーズ・コンデへのオマージュ」と題したイベントが日仏会館主催で行われることになった。コンデや周辺の人々へのインタビューを中心とした2011年のドキュメンタリー映像作品、《Une voix singulière》の上映が行われ、1990年代からコンデを日本に紹介してきた三浦信孝、代表作『生命の樹』の翻訳者である管啓次郎、コンデの作品論『渡りの文学』の著者である大辻の3 人で、グアドループ、フランス、西アフリカ、アメリカと海を越えて移り住みながら半世紀に渡り小説を書き続けた作家の軌跡と作品世界の魅力を語り合う。

 作家について簡単に紹介しておこう。マリーズ・コンデはカリブ海のフランス海外県グアドループの出身。当地は17世紀から19世紀まで奴隷制が敷かれ、アフリカ人を労働力に大規模農園が営まれていた島で、彼女もその子孫と言える。フランツ・ファノン同様、留学したパリで自分の肌の色に向けられる視線を初めて意識したコンデは、当時盛んだったネグリチュードの思想に影響を受け、自らの「起源の地」をもとめてアフリカに旅立つが、10年以上におよんだアフリカ生活は期待とは異なり、この時期気づいた文化的差異とカリブの人間としての意識が作家としての出発点となる。

 以来、パトリック・シャモワゾーやラファエル・コンフィアンといった作家がクレオール性のコンセプトやクレオール語の活力を創作の中心に据えているのとは一線を画し、ニューヨークの大学で教えながらカリブ海と行き来するなど、ひとところに根を張らない独自の姿勢で創作を続けてきた。上に挙げたクレオール作家のスタンスと絡めて創作言語について尋ねられるとき、しばしば口にする「私が書くのはマリーズ・コンデ語」との発言はそうした姿勢の表れだろう。これまでに前出『生命の樹』、『わたしはティチューバ』、『風の巻く丘』など和訳された小説を含めた20冊以上の長編小説、そして多くのエッセイや戯曲の作品がある。

 近年は神経系の病気で四肢が不自由になっていたものの、それでも創作には意欲的だった。老境に差しかかり、自身や家族の過去を掘り起こすエッセイを複数上梓している。コンデが類い稀な料理人であることは一部では知られていたが、隔世遺伝とも言えるその才能を伝授した文盲の祖母について書かれた伝記的エッセイを皮切りに、料理と書くことをめぐる考察という新境地も開拓された。その試みのひとつ、2015年に発表されたMets et merveilles は夫で作品の英訳者であるリチャード・フィルコックスによる口述筆記のかたちで本にまとめられている。コンデは当初これを最後の作品と宣言したが発言は撤回され、2017年、やはり夫との二人三脚で長編小説Le fabuleux et triste destin d’Ivan et Ivanaを発表した。

 本書は2015年1月に起きた『シャルリ・エブド』編集部襲撃など一連のテロ行為のひとつである、マリ出身のイスラム原理主義者による殺人事件をベースにした問題作だ。アフリカの青年が銃を向けた被害者の女性がマルティニック島出身の警察インターンだったことでカリブ海の人々に衝撃をもたらしたこの事件にフィクションの要素を加え、作家は犯人と被害者を何と男女の一卵性双生児として造形する。パリ郊外の移民社会の底辺で尊厳を失い先鋭化していく兄と、フランス社会への完全な同化を望む妹。深い愛情で結ばれながら、双子の兄妹はそれぞれ対極的な立場へと導かれてゆき、やがて究極の悲劇を迎える。息を吐かせぬ物語から、植民地主義の禍根、郊外の移民社会、イスラム原理主義の若者への影響……多くのアクチュアルかつ歴史的な問題が見えてくる仕組みだ。この作品が本当に最後だと言われているが、広大な時空間を透徹なまなざしのもとに捉え物語化する作家コンデはなお健在と感じた。

 14日のイベントが開かれる日仏会館ではかつてコンデも講演を行なっている。創作力を搔き立てられ自ら再現してみたい料理として魚の煮つけを挙げているほど日本に親近感を持つコンデがイベントに同席できないのは残念だが、豊かな作品と多くの問いをもたらしてくれた作家を生き生きと感じつつトークが白熱するものと期待している。


大辻都著『渡りの文学 カリブ海のフランス語作家、マリーズ・コンデを読む』(法政大学出版局)

(おおつじ・みやこ/京都造形芸術大学准教授)

◇初出=『ふらんす』2019年3月号

■マリーズ・コンデへのオマージュ
Maryse Condé, une voix singulière のビデオ上映と鼎談
講師:大辻都(京都造形芸術大学)、管啓次郎(明治大学)
司会:三浦信孝(中央大学名誉教授)
日時:2019年3月14日(木)18:00 ~ 20:30
会場:日仏会館ホール(東京・恵比寿)
定員:130名
言語:日本語
参加費無料・ただし要参加登録(http://www.mfjtokyo.or.jp
主催:(公財)日仏会館
協力:アンスティチュ・フランセ日本

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