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詩・野村喜和夫×音楽・小島ケイタニーラブ×写真・朝岡英輔「花冠日乗」

(1)未知の波濤

雨の日々には、きみの武器の手入れをするがよい。
──ルネ・シャール


誰が私のなかでざわめいているのだ
おまえはおまえの不安を駆れ
と誰が
私のなかで


静かにしてくれないか、ひとひとりが終わろうとしているのだ
という声もどこかから聞こえてきて

隣の半島からミサイルが飛んでくるとか
だからそれを迎撃するシステムを宗主国から導入しなければならないとか
いつのまにこの国は、こんなに物騒になったのだろう
と思っていたら
今度は毒のある花冠がやってきた
正式名
COVID-19




合歓の木の木陰で
ほろびゆく言語を話す最後の人々もいる
ということにも、静かに思いを寄せるべきだったのに
天使に愛された画家の夢を
しっとりと菫のように咲かせるため
雨の日は森に行こう
と促す声もきこえてきていた
のに

世界の隠された意味なんかない?
たぶんそうだ、その証拠に
毒のある花冠がやってきたのだろう
みえないまま、しかしその脅威は隠れもない

──あなたはひと月後のいまの時刻にどこに確実にいると思いますか?
──たぶんここに、反復されるここに。
──確実という言葉に適当な比喩をそえて下さい、たとえば「鉄のように」確実とか、「岩のように」確実とか。
──そうですね、惑星の裏手で待つ未知の波濤のように確実、というのはどうでしょう。

3月9日
蓬摘みが恋の始まりへとつづいていた
はるかな昔を思いながら


散歩に出る
世田谷の
区画整理されていない住宅街は
まるで迷路を行くよう
でも気づいてしまう
たわむれているのは私ではなく道だ、未知だ、みえないまま
損なわれた生があちこちにころがっている
半分は私として
うつほ
うつろぎ

3月14日
スペインに滞在中のきみから
LINEで
コロナ感染が当地で急速に拡大したため
あす緊急帰国することにします、とメッセージ

最後の西日が
ビル壁にあたって
せつな、その灼けた鉄のような反射光が
私の頬を染める

 

【書籍化のお知らせ】
本連載が書籍になりました。
『花冠日乗』
野村喜和夫 著/朝岡英輔 写真/小島ケイタニーラブ 音楽
2020年10月29日刊

詩:野村喜和夫(のむら・きわお)
1951年、埼玉県出身。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。戦後世代を代表する詩人のひとりとして現代詩の先端を走り続けるとともに、小説・批評・翻訳なども手がける。詩集『特性のない陽のもとに』(思潮社)で第4回歴程新鋭賞、『風の配分』(水声社)で第30回高見順賞、『ニューインスピレーション』(書肆山田)で第21回現代詩花椿賞、評論『移動と律動と眩暈と』(書肆山田)および『萩原朔太郎』(中央公論新社)で第3回鮎川信夫賞、『ヌードな日』(思潮社)および『難解な自転車』(書肆山田)で第50回藤村記念歴程賞、英訳選詩集 Spectacle&Pigsty(Omnidawn)で2012 Best Translated Book Award in Poetry(USA)を受賞。著書はほかに『証言と抒情——詩人石原吉郎と私たち』(白水社)など多数。2020年度から東大駒場の表象文化論コースで詩を講じている。

音楽:小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)
シンガーソングライター。1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部卒業。2016年、「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。18年、最新アルバム『はるやすみのよる』をリリース。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌の歌唱、映画『老ナルキソス』(東海林毅監督)の音楽など。 2011年から朗読劇『銀河鉄道の夜(with 古川日出男・管啓次郎・柴田元幸)』に出演および音楽監督を担当。13年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動pontoを開始したほか、江國香織やよしもとばななの作品に音楽をつけるなど文学の領域でも多彩な活動を展開。20年3月、初の著書『こちら、苦手レスキューQQQ!』を刊行。

写真:朝岡英輔(あさおか・えいすけ)
写真家。1980年、大阪府生まれ。埼玉県出身。中央大学理工学部物理学科卒業。松濤スタジオ勤務、写真家・藤代冥砂のアシスタントを経て独立。後藤まりこ、downy、打首獄門同好会、オガワマユ、DOTAMAをはじめとしたミュージシャンや、ポートレートの写真を撮影。2016年、音楽と旅をテーマにした初の風景写真集『it’s a cry run.』を上梓。林奕含『房思琪の初恋の楽園』(泉京鹿訳、白水社、2019年)、フレデリック・ルノワール『スピノザ よく生きるための哲学』(田島葉子訳、ポプラ社、2019年)、乗代雄介『最高の任務』(講談社、2020年)などのカバー写真を担当。

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