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AI時代のフランス語[対談]AIにできること、人にこそできること 大木充&ジスラン・ムートン

翻訳AIや生成AIの登場によって、はたして外国語学習は変わるのか。今後、学習者は何を身につけたらよいのか、フランス語のスペシャリストのお二人にお話を聞きました。

 

◉翻訳AIとは?
翻訳AIとは、機械翻訳・自動翻訳するAI (Artificial Intelligence人工知能)のことです。代表的なものに、Google TranslateやDeepL Translateなどがあります。

◉生成AI (Generative AI)とは?
生成AIとは、文章・画像・音声などさまざまなコンテンツを生成する、学習能力のあるAIのことです。生成AIのアプリケーションとして有名なのがChatGPTです。


まずは、自己紹介

大木充:私は今までに3つの大学で教えてきましたが、最初の2つの大学では専門科目としてのフランス語を教え、最後の京都大学では教養科目のフランス語、いわゆる第二外国語を教えたんです。実は専門のフランス語の場合はあまり教える工夫をしなくても構わないんですが、第二外国語のフランス語の方は、学生にやる気を起こさせる、フランス語を好きにさせるという動機づけのところで工夫をしなきゃいけない。もともと私の専門は言語学だったんですが、フランス語教授法や外国語教育の理論の方に関心が移っていき、最終的には言語学はきっぱりやめました。ただ、後でまた申し上げますが、最初に言語学をやったことは、今日AIに接するうえで非常によかった。専門のフランス語だけでなく教養のフランス語を教えたことも、結果的にとてもよかったと思っています。もう1つよい経験になったのは、フランス語の教材をたくさん作ったことです。京都大学では最初はLL(Language Laboratory 視聴覚室)担当だったのでカセットテープ教材やビデオ教材を、その後LLからCALL(Computer Assisted Language Learning)に変わり今度はCD-ROM教材を作りました。その後、教室内でインターネットも使えるようになって、ネット教材も作成しました。最近新しく翻訳AIや生成AIを取り込んだ教材を作りましたが、学習環境の変化に対応しながらその都度教材を作ってきたことになります。私は、外国語の教師というのは、自分の専門分野を研究するだけではなくて、教材や教科書を作って、一人前だと思っています。だから、理論や研究だけじゃなくて、その実践のなかで成果を示すべきだと思います。中学の頃からいろいろ工夫して英語の勉強をするのが好きで、それが結局一生の仕事になった。幸せですね。

ジスラン・ムートン:僕は10年間沖縄のいくつかの大学や、自分で開校した語学学校でフランス語を教えたり、またNHKのテレビ講座に出演したのち、2年前から同志社大学で教えています。フランス語が専門ではない学生たちにしか教えたことがないので、先生もおっしゃっていたように、どうやって彼らのモチベーションを保つか、あげるか、ということをずっと考えてきました。主な関心はモチベーション研究で、ICT(Information and Communications Technology:SNSなどの情報通信技術)のアプリを開発したり、YouTubeでビデオを作ったりしてきました。それまでは「教室の中で何が起きているか」をメインに研究してきましたが、ここ2年ほどは少しシフトしてきました。フランス語教育(教授法)の研究というと、まずはその「方法論」の研究、次に「教科書(教材)」の研究、最後に「教室で何が起きているか」という点の3段階で考えられると思いますが、これまではその3段階目しか研究してこなかった。今はその1つ上の段階である教科書に焦点を当てて、主にこの30年余りに日本で出版されたフランス語の教科書を分析しています。と同時に、日本のフランス語教育の歴史における方法論の変遷を追っています。

 

AI時代のフランス語学習:
AIに何ができるのか、どのように使えばよいのか?

大木:これからのフランス語学習で大事なことが2つあります。1つは、DeepLなどの翻訳AIとChatGPTなどの生成AIを使いこなせるようになることです。あとの1つは、AIが作成したフランス語をチェックできる能力を身につけることです。前者は、これからの社会で必要な能力です。たとえば会社に就職して、翻訳や書類作成する必要があるときに、翻訳AIや生成AIを使わないでこのような仕事をすることは今後考えられないでしょう。それで、翻訳AIと生成AIに何ができるのかを知ることと、正しく使えるようになることはとても大事です。ですから、先生方には学生にAI翻訳の仕方をしっかり教えていただきたいと思います。後者は、AIが作成したものは、完璧ではないので、必ずチェックする必要があります。フランス語力をしっかりつけておけば、必ず役立ちます。チェックするには、どのようなフランス語力が必要なのかを理解し、実際に応用できるようにならなければいけません。


大木充氏

ムートン:では、まずAIに何ができるか、どのように使えばいいのかから話しましょうか。たとえば、ChatGPTはフランス語で会話して、フランス語で答えが返ってくるから、外国人との距離を縮めるためのツールとして、使わないともったいないと思います。フランス語業界は、どの国を見ていても大体首都に集中していることがわかります。日本でも、東京以外ではフランス語母語話者と接する機会はけっして多くはないかもしれません。それでも地方で教え、学んでいる人たちはいっぱいいます。ChatGPTを効率よく使えば、この都会と地方のギャップも埋めることができるように思います。

大木:そうですね、ChatGPTはチャットするだけでなく、要約してくれますね。50字で書いてくださいと頼めば、だいたい50字で書いてくれる。CEFR(「ヨーロッパ言語共通参照枠」。ヨーロッパ全体の外国語教育と学習のガイドラインが示されている。学習の熟達度を示すA1からC2までの6段階の共通参照レベルでよく知られている)のB1レベルで文章を書いてくださいと頼めばやってくれる。教科書に出ている練習問題の解答もしてくれます。自分の書いたフランス語の文がなぜ間違いなのか、ChatGPTにたずねればその理由も説明してくれます。

ムートン:要約をしてくれるだけでなく、文体も指定できます。「アカデミックな文体で」とか、あるいは「日常レベルのフランス語で」とか、自由自在です。

大木:「要するに、この生成AIとか翻訳AIは外国語学習に必要なことを全部やってくれる。だからフランス語の勉強をしなくてもよい」と思ってしまう人がいるかもしれませんが、そんなことはない。AIは、永遠に完璧な訳は絶対できないのです。その理由は、後で話しますが、もし完璧な訳ができたとしても、それが完璧かどうかは、結局人が判断する必要があります。それにはフランス語の文法力と語彙力が必要なんです。

ムートン:辞書を引く機会も増えますよね。

大木:そうなんですよ。フランス語には多義語が多いですからね。訳が少し変だと思ったら辞書を引いて文脈にあう訳語を探す必要があります。さらに、AIが熟語であることに気がついていない場合もあります。先ほど話した私の教科書の自慢になるけれど、翻訳AIが訳した文を学習者が点検するようになっています。それでどこが間違っていて、どこがうまくできているのか、そういうチェックをすれば、それがフランス語の勉強になるんです。とにかく、限られた大学の授業時間で最低限身につけるべきことは、AIの時代になっても、文法がきちんと理解できるようになることと、辞書が引けるようになることです。これは、昔から言われていることですが、AI時代になってその重要性はさらに増したと言えます。

 

AIをうまく使いこなすにはどんなフランス語力が必要か?

大木:では、つぎにAIが作成したものをチェックするには、どの程度のフランス語を身につければいいのか。これは特にDeepLなどの翻訳AIを使う場合の話ですね。普通は、AIが翻訳したものをチェックするにはすごく高いレベルのフランス語力が必要だと思われていますが、実はそうではないのです。CEFRにはA1からC2のレベルがありますが、A2かB1レベルで大丈夫です。たとえば、フランス語のニュースが読めれば、そのレベルです。文学作品とかではなく、フランス人が日常読んでいるものを、辞書を使いながら読めればそのレベルです。

ムートン:CEFRのレベルにはキーワードが書いてあります。B1には、自立とサバイバルという語があります。フランスのどこか、フランス語圏の国のどこかに行って、とりあえず自分の意思が伝えられ、迷子にならない。そのレベルがB1。A1、A2までは聞き手が良心的であるというのが前提ですが、B1からは聞き手にストレスを感じさせず、また自分も臨機応変な受け答えが求められることを学生は知っておいた方がいいですよね。専門家によっても意見は変わってきますが、学習時間で示したらわかりやすいかと思います。A1だったら60〜100時間、A2なら150〜200時間だと言われています。大体、フランス語を90時間程度勉強していれば、A1の試験に挑むことができる。仏検のサイトに仏検のレベルとCEFRのレベルが対照になっていて、そこに学習時間も書いてあります。仏検とDELF・DALFは問われる技能が違い、仏検では準2級まで話す機会もないですし、試験の目的自体も、測定しているところも違いますが、一応の目安にはなるかなと思います。

大木:一般的な大学で、初中級で講読の授業をこなせれば、読むことに関してはすでにB1です。CEFRで1番大事なのは複言語主義です。複言語ということは、母語にくわえて2か国語以上です。しかし、2つの言語を完璧に身につけることは普通はできません。だから、〈部分能力〉というのを積極的に認めています。たとえば読むことに関してはB1である、でも話すことに関してはA1で十分、そういう考え方なので、日本の高校までの4技能をバランス良くという教育とは違いますね。文法は、授業で使う教科書を1冊ちゃんとやればそれで十分だと思います。難しいのは語彙ですが、好きなものを読んでいけばいいと思います。読むものによってどんな単語が出てくるのかわからないし、受験ではないので語彙集などでの勉強は私はあまり意味がないと思っています。

ムートン:一応CEFRの基準で語彙がレベル分けされています。サイトにテキストを貼ると、そのテキストの中にB1レベルの単語は何パーセント入っているかが色別で出てくる、ベルギーの言語学者が開発したプラットフォームがあります。自分のテキストがA1レベルなのかA2レベルなのかB1レベルなのかを、無料で確認できるようになっていて便利です。

大木:ところで先ほど出てきた4技能をバランスよくっていうのは、一概に間違ってはいないんですよ。ベースのレベルでは、やっぱり相乗効果という面があるので。

ムートン:相乗効果という言葉を使うと、その道の専門家が怒るかもしれません(笑)。彼らからすると、「読む」「書く」と、「話す」「聞く」はもう全然相乗効果がないことになる。脳の中で違うところが働いているわけなので。だから、「話す」と「聞く」に1000時間をかけて、いくら聞けるようになったって、いくら話せるようになったって、書けるようになったり読めるようになったりすることに繋がらないのだ、と。でも、僕は相乗効果はあると思うんですよね。なぜあるかと言ったら、モチベーションのところで4技能は繋がっているから。たとえば僕は、漫画を読んでいっぱい日本語を覚えました。日本語能力試験の勉強、漢字の勉強は、ほとんど漫画でやりました。フランス語版と日本語版を横に置いて、日本語で読んでいてわからないときはすぐフランス語を見る。でも、このシーンでこの登場人物が発音するとかっこいいな、発音するとどうなるのかなとだんだん気になるようになって、そのための勉強をしました。だから結果的に聴解力と、話す力に繋がったと思っています。

大木:なるほどね。また文法の話にもどりますが、AIは難しいところは間違わないんです。私たちにとって簡単なところでAIは間違う。フランス語でよく問題になる性数一致なんかは、AIは絶対間違わない。フランス人の先生も顔負けです。間違うのは、たとえば主語のあるなしとか、ごく基本的なフランス語と日本語の構造上の違いが関係しているところです。だから、間違うところは限られています。他の例を挙げると、文の中で出てこないものをフランス語に変えるというのは、実際の状況が文脈で読めないので、それはできません。日本人の名前が男性の名前か女性の名前かわからないAIは代名詞をうまく選べない。つまり、言語外の情報がわからないところは訳せない。翻訳AIを使うときにもう1つ注意するべきことがあります。教科書にある短い和文仏訳を翻訳AIにさせるときのことです。翻訳AIは、前後の文脈を利用して訳しているので、前後の文脈のない文を単独で翻訳させるとしばしば誤訳します。

ムートン:でも文を長くすればするほど、ほんとに、見事に訳してくれますよね。

ジスラン・ムートン氏

 

再びChatGPT、こんな使い方もできます

ムートン:フランス語の授業におけるChatGPTの使い方の具体例を挙げたいと思います。中級レベルのフランス語クラスの学生たちに、「いま現在、英語以外の外国語を勉強する必要があると思いますか? 何の役に立つと思いますか?」と尋ねてみました。その質問に対して、学生たちにはフランス語で作文させました。あらかじめ、ChatGPTにも同じ質問をして、A2、B1レベルで答えてくれるよう頼んでおきました。それでChatGPTが出してきた回答と、学生たちの回答を授業中に比較検討したんです。参加した学生は9名で、「フランス語は観光に役立つ」「仕事に役立つ」など、いくつか共通のキーワードが挙がり、それらはほとんどChatGPTが出してきたものとかぶっていたんですが、学生たちの回答にはあって、ChatGPTからは出てこなかった単語が1つあったんです。それが「SNS」でした。学生たちは、「フランス人の友達がいるんだったら、英語以外でもチャットできたら楽しい」というんですね。学生たちと一緒にそこに気づくことができてよかったです。また、以前こんな実験をしてみました。授業のまとめ動画を撮って、週に2回YouTubeにアップすることにしました。学生にとってのミニポートフォリオというわけです。毎週勉強しているフランス語のまとめになっているので、コメント欄にフランス語でコメントするよう学生たちに指示しました。各レッスンで学んだ指示形容詞や代名詞、複合過去の活用などを使った例文を、コメント欄に書くように指導したんですが、結果……学生たちはYouTubeを見ることは見るんですが、コメントをほとんどしなかった。コメントをしたことがないからその仕方がわからない。コメントをしようにもGmailのアドレスは持ってない。新しいアドレスの作り方もわからない(笑)。仮にコメントのできる条件が整ったとしても、第三者がいつでも見ることができるのでYouTubeにコメントをするのは彼らにとってハードルが高い。つまり、アクティブなSNSの使い方と受け身な使い方があって、一方的に視聴するということはあっても日本の学生にとって、公けに発信するということは滅多にない、ということが確認できました。その点、ChatGPTがいいなと思うのは、1対1でできるので、ほかの誰かから見られることがない。またフランス語でもチャットができる。もしフランス語で簡単な会話がしたければ、誰にも読まれず、効率よく会話の練習をすることができます。

大木:ChatGPTの1番いいところですね。日本人の場合は、ネイティブと面と向かって話をするのは、結構ハードルが高い。心理的プレッシャーが強いんです。ところが、ChatGPTが相手なら質問にすぐに答えなくても、待ってくれます。いつまでも待ってくれます。もう1つ大事なところは、ChatGPTは、結構変なことを言っていることがあるから、突っ込みどころがいっぱいある。フランス人の先生にそんなに簡単に突っ込むことはできないですよね。第一、日本の学生は、授業であまり質問をしない、こんな質問をしたらバカだと思われないか心配だからだと思いますが、ChatGPT相手ならどんな質問でもできます。さらにもう1つ、私たちは人前であまり自分の意見をはっきり言いません。それで、たとえば教室で学生同士で議論する機会があっても、なかなか盛り上がりません。でも、ChatGPT相手なら、自分の意見をはっきり言って、どんどん議論することができます。

ChatGPTは非常におしゃべり。尋ねる際には単に質問をするだけでなく、最初に「質問に手短に答えてください」などと指示することも重要。注文が多ければ多いほど、こちらの欲しい答えに近づく。

 

実用目的のフランス語か、異文化間教育か?

大木:英語とは別のフランス語教育の存在価値、学習意義としては、よく異文化間教育・学習だと言われています。1つ注意したいのは、異文化理解とCEFRが唱道している複文化教育とか異文化間教育とをごっちゃにしている人がいますが、この2つは違うものだということです。アメリカの文化を知るとか、フランコフォニーを知るのは異文化理解ですが、異文化間教育というのは一方的に知って終わりではないんです。その次に自分がどういう態度をとるか、というところまでいかないと、異文化間教育にはならない。だから、フランスならフランスと日本の違うところを知って、それで、自分(たち)の考え方が絶対的ではないことに気づき、自分(たち)の考え方や見方などを相対化することによって、相手に対して寛容になる。他者の考えに敬意を持って接する態度のところまでいかないと、異文化間教育にはならないと思うんです。それで、私自身も異文化間教育が大事だと考え、大学でのフランス語においても、そこをしっかりやるべきだと考えてきたんですが、今、少し考えが変わりました。AIが登場したことによって、実用的なこともできるようになる。それはどういうことかというと、1コマ90分、週2回、1年間で90時間、2年間では180時間で身につけられることは限られていました。でもAIを活用することによって実力以上のことができるようになりました。そうすると、なにも異文化間教育だけに固執する必要もなくて、フランス語も実用目的ですることも可能になった。私は毎朝、フランス語のニュースを読んでいるんですが、ニュースの取り上げ方や話題など、日仏でいろいろな違いがあることに気がつきます。1つはその解釈の仕方。同じ題材を扱っていても、フランスの新聞の解釈と日本の新聞の解釈は違っている、そういうことがよくわかるようになる。でもこれは、私がフランス語をある程度スラスラ読めるからできるのであって学習時間が90時間とか180時間の学生にはなかなかできないですね。でも、そこをAI翻訳を使えば、可能になる。そして今度は自分の考えをAI翻訳を使ってフランス語でも発信ができるようになったということです。これは、彼らの人生を非常に豊かにしてくれる、非常に大事なことです。私の時代とは違って、今の若い人にとっては世界がすごく小さくなっていますね。いろんな人とネット上でも様々な意見交換ができるようになっている。だから、フランス語を勉強することは、異文化間教育ももちろん重要なんだけれど、これからは実用の面でも大いに役に立つということ、そして、フランス語を実用目的で使うことが同時に異文化間教育にもなるのです。一石二鳥ですね。AIさまさまです。

 

異文化体験も重要

ムートン:1991年の大学設置基準の大綱化(大学のカリキュラムの変更)以降、フランス語を教える時間が減りました。ほぼ同じタイミングで、フランス語ネイティブの先生たちが、日本の大学で教えるようになった。たとえば日本の大学における僕の役割について日本人の先生方ともよく話をします。多くの大学では、もう週に1コマしかフランス語を履修しないので、1年間で45時間しかありません。その中で、ネイティブの僕が教室にいるだけで、学生は異文化体験ができているという見方も確かにあるんだけれど、僕が学生たちにずっと言ってきているのは、「たった45時間でフランス語が話せるようになることはまず難しい。教員としても種を撒くし、学ぶコツも教えるけど、僕がいないときにきみたち自身が興味を持って勉強して初めて、外国人とコミュニケーションが取れるようになるんだよ」と。45時間の学習時間でフランス語で何かができるようになることが目的ではない。でも、自分の母国語以外の言語に触れて、違う文化があるということに気づく、またその気づきの度合いをちょっとだけ上げることができるんだったら、それだけでも、高等教育のシラバスの目的に適った授業はできると思います。学生たちがもっと円滑にコミュニケーションをとれるようになるならば、それは極端な話、何語であってもいいし、日本語でもいい。

大木:いま、ムートンさんが言ったことは非常に大事なことで、私も含めて日本人の先生は、ちょっとだけ誤解していると思うんですね。異文化間教育というのは、何かを読んで知識を得ることによってしかできないと思っているけれどそんなことはない。外国人とコミュニケーションをとるという経験だけでも異文化間教育になる。また、異国での生活を体験すれば、それだけで異文化間教育になっている。本人は異文化間教育と意識していなくても、たとえば、今、日本に外国人労働者の方が増えていますが、彼らは別に異文化間教育を受けているわけではない。でも日本で生活をしていることで、もうすでに異文化をいっぱい体験し、私たちが教科書で学ぶ以上のことを学んでいるわけですよ。要するに本で知識を得るだけじゃなくて、経験することによって、彼らは自分の出身国の文化との違いを否応なしに肌で感じているのです。日々、日本社会で日本の人々とうまくやっていくにはどうすれば良いのか考えざるをえないのです。異文化間教育で1番大事なのは、比較することですが、そのためにはまず相手のことを知る必要がありますね。

ムートン:1つ例を挙げます。数字を覚えるために、よくサイコロを使ってクラスでゲームをします。サイコロを振って、その目の数字をかけたり足したりして、その答えをだれが1番早くフランス語で言えるかを競うのです。ある日、僕の教室にフランス人留学生を連れてきて、その学生も参加させたときに、その彼が負けず嫌いで「俺の方が早く言える!」って必死で(笑)。もちろん個人差の方が大きいかもしれないけれど、「フランス人もゲームをするときは僕たち日本人と一緒で熱くなるんだ」ということに学生たちが気づくと、それも異文化間教育として一応成立するんじゃないか、と。

大木:そう、違うところだけじゃなくて、同じところに気づくことも大事ですよね。私と同じ人間だって気づくことも非常に大事な話ですよね。

 

課題の評価とポストエディットの重要性

大木:話をまた翻訳AI・生成AIに戻しましょう。たとえば、学生がAIを使って課題をした場合の評価の仕方はどう考えますか。

ムートン:僕のいる学部は英語の先生が多いんです。だから英語教育の話が僕の周りは多く、よく出てくる話題はまさに評価の問題です。成績をどうつけるか。授業で英作文の課題を出すと、学生たちのほとんどがChatGPTを使って完璧な英語で書いてくる。先生たちはみな、自分たちの評価システムを変えないといけない。これからの試験をどうしようかと困っている先生が多いですね。評価するのは、語学力なのか、AI運用能力なのか。AI運用能力を測定する評価は可能ですよ。可能ではあるんだけれど、まだ議論はそこまでいっていない。

大木:なるほどね、「評価するのは、語学力なのか、AI運用能力なのか」、うまいこと言いますね。でも、結局どちらか一方を評価するのではなく、2つとも評価する必要があると思います。今回の対談の冒頭で言ったように、学習者は、将来翻訳AI・生成AIを使ってなんらかの仕事をする必要があるわけですから、AIをうまく活用できるかどうかを評価してあげる必要がありますね。また、これも冒頭で述べたようにAIのしたことを点検する必要があるわけですから、それには語学力も要るので、それも評価してあげる必要がありますね。おそらく先生方が「評価するのは、語学力なのか、AI運用能力なのか」といって問題にしているのは、学生が提出した課題を前にして、学生本人の語学力とみなすのか、それともAIの力とみなすのかという問題ですね。これは最近よく言われる問題です。評価の仕方には、成果の良し悪しを見る「総括的評価」と、試行錯誤してそこに至る過程を評価する「形成的評価」の2種類あるわけですが、先生方が「評価するのは、語学力なのか、AI運用能力なのか」といって問題にしているのは、総括的評価を念頭においているからですね。でも、私はそんなに難しい問題ではないと思います。学習者は、普段はAIを使って課題をやって、それをそのまま提出しているかもしれない。でも、別の課題をAIが使えない環境、たとえば教室で学習者にやらせればすむ問題ではないでしょうか。試験は、AIが使えない環境で行われるとなると、学習者の普段の課題の取り組み方が違ってくると思います。また、AIをうまく活用できるかどうかを評価するには、形成的評価をします。形成的評価では、主に今から説明するような作業を翻訳AI・生成AIを使ってちゃんとやっているかどうかを評価します。生成AIのChatGPTも、翻訳AIのDeepLと同じように翻訳もできるのですが、このようなAIを使って翻訳するときには、翻訳の精度を高めるために2種類の編集(エディット)を必要に応じてします。翻訳する文をAIが問題なく翻訳できるように手を加えてあげる「プレエディット」、AIが翻訳したものを点検し、加筆修正する「ポストエディット」です。さらに必要ならば、AIが翻訳したものを元の言語にもどす「バックトランスレーション」(逆翻訳)という作業をAIでします。その結果、オリジナルの文章と同じようになっていたら翻訳は成功していると一応考えることができます。満足のいく翻訳になるようにこの一連の作業を繰り返すことは、学習者にとってとてもいいフランス語の勉強になります。形成的評価をするには、教師が成績をつけるための評価の仕方を予め学生に伝え、かつ試行錯誤の過程も提出してもらう必要があります。ChatGPTならその過程は、すべて自動的にサイト上に残ります。

 



『私たちの未来が危ない - グレタにつづけ』
大木充・安藤博文・石丸久美子・杉山香織・
高橋克欣・長谷川晶子・堀晋也・柳光子・
Jean-François Graziani編著
駿河台出版社、2024
気候変動・地球温暖化・自然災害・自然破壊・生物多様性など環境問題に関する8つのテーマについて、翻訳AIや生成AIも活用しながら学ぶ、画期的なフランス語の講読教科書。翻訳AIや生成AIの使い方を、こまかく指南している。


大木充ほか編著『私たちの未来が危ない - グレタにつづけ』より




ChatGPTはとても便利、でも……

ムートン:確かに、ChatGPTはなんでもできる。学生も教師も時間の節約ができる、労力も節約できる。

大木:いつでもどこでも誰とでもできる。教師がいなくても自律学習できる。

ムートン:ケータイでもできるから、だから電車に乗っているときでもできる。

大木:私は、現役の教師の頃、まわりの先生方が認知言語学などをしているとき、ノン・バーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)の研究をし、大学院生用の授業でその分野の本を学生といっしょに読みました。手の動きだけでなく、視線、身体接触、相手との距離などがコミュニケーションに果たす役割です。つい最近まで、こんな分野に学生を巻き込んで申し訳ないことをしたなと思っていました。ところが、生成AIの登場でがらっと変わりました。ChatGPTはなんでもできますが、話し相手と視線を合わせるとか相手に触るとかはできないですね。当然ですが、言語化できないことはできません。生成AIが逆立ちしてもまねできないことと私は呼んでいるのですが、身体を使って感情を伝えるようなコミュニケーションはできません。

ムートン:コミュニケーション行為においては、ノン・バーバルなものが80パーセントで、バーバルなものはたった20パーセントです。学生には1回目の授業で必ず言います。「しょせん僕たちがやっているのはコミュニケーションの20パーセントだけのこと。その20パーセントは補えるけど、80パーセントが残っている。フランス語は発音や文法が難しいと固定観念を持つかもしれないけど、しょせん20パーセントだけの話だから、残りの80パーセントの話もいっぱいしようね」。そう言うと、学生たちも「ああ」ってなります(笑)。

大木:言葉にたよらないコミュニケーションも大事ですね。同じ人間同士だから。やっぱり生身の人間とのコミュニケーションじゃないと伝えられないことも、得られない喜びもあります。さっき言ったChatGPTでチャットするのはあくまでも練習で、やっぱり最後はフランス語を話すネイティブと、フランス語で話すなど、そこが目標です。ChatGPTは勉強にはなるけれど、やっぱり生身の人間と話す喜びとは違っています。私たちがコミュニケーションをするのは、単に情報の交換をするためだけではありませんね。だから、ChatGPTは実際の人間と話す練習をするために使うのです。ボクシングのサンドバッグみたいなものです。

ムートン:どうせ学生たちは将来AIを使わなければなりません。でも、あくまでも生身のフランス語話者との会話にそなえた、練習にすぎませんよね。

 

AI時代の外国語学習は、もっと文法を

ムートン:日本において、特に大学でのフランス語というのは、どういう方法論に基づいて教えられてきたかというと、まず第一に文法訳読法の影響が長かった。基本的にフランス文学を専門としている先生たちが担当し、偉大なフランス人たちが書いた小説などを読めるようになることを目的として、1年目に初級文法を習得し、2年目から原書講読をさせるという伝統がありました。その影響が今も強く残っていると指摘する先生も多いです。1913年にアテネ・フランセが創立されて以降は、フランス語でフランス語を教える日本人の先生たちも実際いたことが教員たちへの聞き取りや、教科書のまえがきを見ていても読み取れます。1952年に東京日仏学院ができて、1964年にアテネ・フランセの地下室にクレディフ(CREDIF=Centre de Recherche et d’Étude pour la Diffusion du Français)のランゲージラボ(視聴覚室)もできました。フランスのオーディオ・ビジュアルの教材が次々と日本に導入され、視聴覚全体構造方式(SGAV=la méthode Structuro-Globale Audio-Visuelle)に基づいて教える日本人の先生たちもでてきました。1987年に関西フランス語教育研究会(Rencontres Pédagogiques du Kansaï)が発足し、続いて東京にもフランス語教授法研究会(Journée pédagogique)ができて、教授法についての研究・意見交流が活発になります。コミュニカティブ・アプローチを導入しようという機運も高まりました。フランス語が読めるようになることだけじゃなく、教室の中でフランス語を話すようになる、フランス語で日常会話ができるようになる、その目的に沿った教授法、それに則した日本独自の教科書も登場します。ですから日本では今でもフランス語が文法訳読法に基づいて教えられているとも一概に言えなくて、こうしたダイナミックな変遷を見ていくと、様々な教授法を取り入れながら、現在に至っていると言えるかと思います。

日本におけるフランス語教育の方法論の変遷(作成:ジスラン・ムートン)


大木:私は、日本がこれまで行ってきた文法訳読法の必要性がAI時代になって高まったと思います。翻訳AIによる翻訳は、必ず点検(ポストエディット)する必要があります。それには、文法の知識と語彙力が必要ですが、文法の知識に限って言えば、前にも言ったように一般に思われているほど高度な知識は必要ではありません。しかし、従来の授業のままで良いわけではありません。翻訳AIの得意なところと不得意なところを区別して、不得意なところに焦点をあてて学習をする必要があります。例えば、翻訳AIは性数の一致、直説法と接続法の使い分け、時制の使い分けなどは得意ですが、日本語の文とフランス語の文の構造が大きく異なっている場合と翻訳するのに文章内にない情報を必要とする場合は不得意です。前者の場合は、翻訳AIを用いる前に文に手を加える(プレエディット)必要があります。後者の場合は、不定冠詞と定冠詞の使い分けが典型的な例ですが、それぞれの用法をよく理解していないとポストエディットすることができません。また、文法の授業で教える文法は、分析の最大単位がワンセンテンスである「文文法」ですが、複数の文で構成されている文章を対象にする「談話文法」もあります。翻訳AIによる翻訳がどことなくピンボケである場合は、多くは談話文法に関係しています。談話文法は簡単だから、30分もあれば理解できます。談話文法には「談話の3原則」があり、3原則は主に語順に関係しています。例えば、Les Jeux olympiques et paralympiques de Paris se tiendront en juillet 2024.とEn juillet 2024, les Jeux olympiques et paralympiques de Paris se tiendront.という2つの文をDeepLに和訳させると、いつもそうというわけではないのですが、2つとも「パリオリンピック・パラリンピックは2024年7月に開催される」となることがあります。でも、実際には、最初の文は「パリオリンピック・パラリンピックは(が)2024年7月に開催される」でいいのですが、2番目の文は「2024年7月にはパリオリンピック・パラリンピックが開催される」と訳すべきなのです。その理由は、談話の3原則のうちの、「文頭主題の原則」と「文末焦点の原則(End Focus)」で説明することができます。でもこれは上級レベルの問題ですね。翻訳AIだけの問題ではなくて、プロの通訳者でも直面する問題だと思います。

 

翻訳AI・生成AIはパワードスーツ

大木:日本人がフランス語を勉強するのは、実はとてもたいへんなのです。アメリカ国務省、外国語トレーニングセンターのサイトにある表を見ると、アメリカ人がフランス語を勉強するのと、アメリカ人が日本語を勉強するのにかかる時間は、全然段違いであることがわかります。アメリカ人が日本語を勉強してひととおりできるようになるまで2000時間ぐらいかかるんです。ところが、アメリカ人がフランス語を勉強するのは700時間で足りる。3倍違う。それだけ母語から遠く、学習に時間がかかるということ。アメリカ人にとってそんなに簡単に日本語が身につかないのと同じで、日本人がフランス語を身につけるのはそれなりにたいへんなんです。でも、翻訳AI・生成AIを使えばそのたいへんさを克服できる。AIはパワードスーツなんです。AIを味方につければ実力以上の力を発揮することができるんです。

ムートン:つまり、フランス語を専門科目で勉強しなくても、第二外国語としての1年ないしは2年の学習で十分なフランス語の基礎力はつけられるはずですし、とくに読み書きについては、AIを味方につければ可能性はまだまだ無限大です!


(おおき・みつる/じすらん・むーとん)
2024年1月14日大阪にて
構成:編集部

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