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「アクチュアリテ 食」関口涼子

パリの日本食最前線


日本食料品店「Irasshai」

 フランスにおける日本食ブームは今に始まった事ではないが、その流行もここまで来たかと感慨深い思いにさせられる店が今年8月9日に開店した。その名も「Irasshai」。ルーヴル美術館の傍から北に伸びるルーヴル通り、現代美術館、ブルス・ド・コメルスのすぐ隣に、800平米というかなり広い面積を確保している。店内は、日本食料品売り場のほか、SHOKUDO、KISSATEN、SAKABA(バー)、BIWAN(居酒屋テイストのビストロ)、そしてテイクアウトコーナーに分かれている。


日本食料品店「Irasshai」

 これまでの日本食料品店は、主にパリに住む日本人、あるいは日本食に興味のある比較的収入の高い層をターゲットにしていたが、この店は明らかにフランス人顧客の裾野を広げようとしていることが窺える。どの商品にもQRコードが付き、そこから使用例、その商品を用いたレシピなどがわかるようになっており、さらには料理教室も開催されるという。品揃えは、日本のスーパーにあるような食料品から高級な調味料まで幅広く、昆布だけでも30種類近くの商品が並ぶ。珍しいところでは三温糖や黒蜜、日本製のグラノーラ、ゆず漬けの素、ベジ根菜カレー、わらび餅粉、駄菓子のうまい棒カレー味などもある。日本食は今までに試したことがないという人にも手が出せる、2ユーロ以下の商品のチョイスもあり、「和食」と聞いて身構える人でも臆さず買い物ができる気配りがされていることがわかる。

 この店がレ・アール地区に位置しているのは、ここがパリの中心街だからだというだけではないだろう。レ・アール駅にはメトロだけではなくほとんどの郊外線が乗り入れている。日本のマンガやポップカルチャーを通じて日本の家庭料理やストリートフードに触れ、自分でも実際に食べたり作ったりしてみたいと思っている、パリ郊外に住む世帯の子供や若者たちをターゲットにもしているに違いない。

 もちろんイル・ド・フランスのみならず、現在ではフランスの地方にも日本食ブームは広がっている。そういった潜在的なフランス人顧客をもターゲットにするため、オンラインでのショッピングも可能になっている。

 これまでにも、有名シェフの店を集めたイートイン大型店舗や、文化施設と組んだ世界の料理のイートインスペースなどをこの欄では紹介してきたが、この店も、パリに複数存在するそういったモデルに沿っていると言えるだろう。日本食は美味しいという理由だけではなく、エンタメ性が高いと思われている印だ。

 今年に入って茶懐石の店がオープンしたり、グレードの高い寿司屋が増えたりと、ハイエンドの和食店のチョイスが広がった昨今のパリだが、同時にこの「Irasshai」のような店が開店するところに、この街における日本食の真の浸透ぶりを感じる。

◇初出=『ふらんす』2023年10月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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