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「アクチュアリテ 食」関口涼子

古くて新しい食材シコレの再評価


最近見かけるようになったシコレのドリンク

 シコレChicoréeをご存じだろうか。キク科の植物チコリ、フランス語ではシコレの歴史は古く、古代エジプト時代すでに薬用植物としての記述が存在する。伝統的にフランス北部での栽培が盛んで、種類によってはエンダイブ、アンディーブなどの名でも知られ、葉はサラダにしたり、調理して食べたりするが、今回紹介するのは、根を利用する種類、Chichorium intybus。このシコレの根を砕き、乾燥させた後に焙煎した食材は、17世紀から北フランスやオランダなどで飲料として愛用されてきた。第二次大戦中には代用コーヒーとして飲まれていたこともあり、現在必ずしも良いイメージを持たれているわけではない。しかし最近、シコレの再評価を図る動きが生産地オー・ド・フランス地方(かつてのノール・パ・ド・カレー地域圏とピカルディー地域圏を統合した新名称。リール、ダンケルク、アラス、カレー、コンピエーニュ、アミアンなどの都市を含む)で高まっている。


シコレの加工工場。根を砕き乾燥させた後に焙煎する。

 現在、シコレ加工会社は2軒。「ルルー」社と「リュタン」社で、いずれもフランス北部に工場を構える。前者は生産の9割以上を占め、後者は現在でも伝統的な製法を守り小生産を続けている。

 この地域特産物の良さを知らせようと、料理人たちが集まり、最近シコレのモダンメニュー本が出版された。カレー市にある舞台美術センター「シャネル」併設レストランのシェフ、アラン・モワテル氏は本作りにも関わった一人。シコレの適度な苦味、焙煎香、また、焙煎の際に生じるカラメル風味は、ソースの隠し味として使うことができるだけでなく、乳製品とも相性がいいので、クリームに混ぜたり、クッキーに使ったりなど、デザートにも適していると語る。また、粉末、ティーバッグで販売されていることが多いが、濃縮液のタイプは料理に活用されるポテンシャルを持っているのではと説明してくれた。

 確かに、苦味が料理のアクセントとして使われることが増えてきた現在、この食材は、古くて新しい食材として見直される価値は十分にあるのではないだろうか。

 現在、レストランでのホットドリンクの選択肢に入っていることは少ない飲み物ではあるが、カフェインを含まないので、子供や、カフェインが苦手な人にも飲みやすい。コーヒー豆と違って、フランス国内で生産されているという意味でも、現在の地産地消の傾向にかなっている。また、シコレは鉄分、マグネシウム、ビタミンK、ビタミンB9などを含み、健康にも良いということで、実際、特に自然食品店などでシコレを見かけることが増えている。

 シコレの例のように、再評価され、新たにスポットライトが当たる伝統食品が今後もフランスの各地方から出てくるかもしれない。

◇初出=『ふらんす』2023年9月号

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著者略歴

  1. 関口涼子(せきぐち・りょうこ)

    著述家・翻訳家。著書Fade、La voix sombre、訳書シャモワゾー『素晴らしきソリボ』

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