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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

オゾン新作と、清廉なマグダラのマリア像

 フランソワ・オゾンの新作が公開されるたびに、この欄で取り上げている気がするが、彼の作品は毎回面白いのだから無視するわけにはいかない。今回の新作は、オゾンが敬愛するライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』(1972)のリメイクで、今年のベルリン国際映画祭のオープニングを飾ったPeter Von Kantである。オリジナルが、ファッション界で働くふたりの女性の愛憎と裏切りを描いていたのに対し、オゾンはファスビンダーの自伝的な要素を反映した、映画監督(演じるのはドゥニ・メノシェ)と若い新人俳優(カリル・ガルビア)の物語に移し替えた。キャリア絶好調の気まぐれな映画監督が、新人俳優に惚れ込んだことで人生の歯車が狂う。気づけば若いツバメに操られ、果ては裏切られる、せつなくもシビアな関係を描写する。このふたりを脇で見つめるのが、監督を盲目的に愛するマゾの男性アシスタント(ステファン・クレポン)であり、その複雑な視点の交差が、画面に奥行きをもたらしている。


フランソワ・オゾン監督Peter Von Kantのポスター

 ドイツ人を母に持つイザベル・アジャーニが初めてオゾン作品に出演し、マレーネ・ディートリヒ的な毒のある美しさを醸し出す一方、ファスビンダー作品でヒロインを務めたハンナ・シグラがゲスト出演するなど、オリジナルへの目配せも欠かせないのはオゾンらしい。

 『イサドラの子どもたち』や、五十嵐耕平との共同監督作『泳ぎすぎた夜』などで知られるダミアン・マニヴェルが、福音書に登場するマグダラのマリアを描いたMagdalaは、静かな感動をもたらす作品だ。イエス・キリストに付き添った、誰もが知る人物でありながら、詳細はほとんど知られていない彼女の最晩年を、『イサドラの子どもたち』に出演したエルザ・ウォリアストンが演じている。

 マリアはキリスト亡き後、ひとり森に分け入り、そこで生涯を終える。元々ダンサーだったマニヴェル監督がここで映し出すのは、彼女のゆっくりとした一挙手一投足だ。木の葉にたまった水の雫で喉の乾きを癒し、植物の実で飢えをしのぎながら、森を放浪する。イエスとの思い出に浸りながら、ひたすら死の訪れを待つかのようなその足取りは、ときに艶めかしく、ときに神聖で、詩情に満ちている。鮮烈なラストの瞬間まで、我々をスピリチュアルな旅路に誘ってくれる。

◇初出=『ふらんす』2022年9月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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