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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

2017年11月号 秋の話題作の筆頭

秋の話題作の筆頭

 バカンス明けのパリジャンたちの気持ちをぴりりと引き締める、秋の話題作の筆頭が、ロバン・カンピヨの120 Battements par minute だ。今年のカンヌ国際映画祭でパルムドールに次ぐグランプリを受賞し、話題を集めた。90年代初頭を舞台に、エイズに感染した人々の対策と権利を訴える活動団体Act Up Paris に集まる各々のドラマを、フィクションとして描いている。本作のアイディアを長年あたためてきたカンピヨ監督自身、当時団体に在籍し、多くの悲劇を目の当たりにしてきたそうで、そんな個人的な思いが本作に反映されているという。

 エイズが猛威を振るうなか、いまだ医療業界も政治家たちも、なんの対策を講じないことに業を煮やしたAct Up Parisの活動は、日増しに過激になっていた。そんな折、最近団体に参加するようになったネイサンは、もっとも活発な中心的人物のショーンに出会う。彼について活動を続けるうちにいつしかふたりは惹かれあうようになるが、ショーンの病状は悪化していくばかりだった。

 オーディションで選ばれたという若い俳優たちの、真に迫る演技が胸を突く。難病ものといえばとかく悲劇的な重い雰囲気に傾きがちだが、ここには絶望や死の恐怖の一方で、ユーモアや生き生きとした躍動感も息づいている。さらにこの時代のパリの空気がリアルに語られるのも、当時を知る監督の強みだろう。

 とはいえ本作の特徴はリアリズムだけではない。たとえばナイトクラブで、ひとときだけ現実を忘れ音楽に身を任せて開放感に浸るとき、あるいはベッドで大切な相手と事に及ぶときの幸福感、そんな瞬間が詩的に描かれ、崖っぷちに立たされた彼らの刹那的な姿を美しく照らす。

 もう一本、口コミでじわじわと評判が広まっているのが、狂牛病をテーマにしたユベール・シャリュエルのPetit Paysan。三十代になっても独身で、親と同居しながら牛一筋に酪農を営んできた青年が、飼っていた牛たちが次々に狂牛病に侵され追いつめられるさまを描く。これが長編デビュー作となったシャリュエル監督は、客観的な視点を保ちつつもきめ細やかな演出で観る者の心を摑む。青年の牛への愛情と農業へのこだわりが画面の隅々から漂っているのは、この監督もまた、映画監督を目指す以前に農業の実体験を経ているからなのか。

 主人公に扮するのは、現在35歳ながらこれまであまり役に恵まれなかった印象のあるスワン・アルロー(『アデル/ファラオと復活の秘薬』、『女の一生』(日本公開12月))。本作では、抑えた演技のなかに人間的な温かみや優しさを滲ませ、来年のセザール賞に絡みそうな感がある。

◇初出=『ふらんす』2017年11月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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