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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

「フランス的洗練」ギャスパー・ウリエルのことなど

 毎回追悼記事など、できれば書きたくはないが、やはり触れずにはいられないのが、今年1月、スキー事故により37歳の若さで急逝したギャスパー・ウリエルのことだ。

 3月30日からDisney+での配信が決まったマーベル・シリーズの『ムーンナイト』が遺作となったため、アメリカでは「マーベル・アクター」などと報道されていたが、フランスではもちろん、映画俳優として高い評価を受けていた。アンドレ・テシネに見出され、『かげろう』で注目を浴びた後の代表作といえば、『ロング・エンゲージメント』『SAINT LAURENT/サンローラン』、セザール賞主演男優賞を受賞した『たかが世界の終わり』あたりか。えくぼと見紛う頰の傷(幼少期に犬に付けられた跡)が独特のミステリアスな表情を醸し出し、マクロン大統領も追悼で記した「フランス的洗練(エレガンス・フランセーズ)」を漂わせながら、純粋さから苦悩や孤独など、幅広い要素を繊細に表現できる俳優だった。

 役を演じていないときの佇まいは物静かで控えめ。派手な場所にもあまり出入りせず、何事にもじっくり時間をかけて答えを出すような誠実な印象があった。亡くなってすぐにテレビで追悼プログラムが組まれるなど、マスコミの反応からも、その喪失の大きさが伺えた。

 2月公開の新作でオススメなのは、昨年のフランス映画祭で一足早く日本でも披露されたクレール・シモン監督のVous ne désirez que moi(あなたが欲しいのはわたしだけ)。マルグリット・デュラスの最後の恋人と言われた、ヤン・アンドレアのインタビューを通して浮かびあがるふたりの歪んだ関係を見つめた、事実に基づくフィクションである。アンドレアにスワン・アルローが扮し、聞き手のジャーナリストをエマニュエル・ドゥヴォスが演じる。シモン監督はドキュメンタリー出身だが、本作ではシンプルな対話形式を基本にしつつも、デュラス自身の映画の撮影風景など旧映像を織り交ぜ、ゆったりとした時間の流れとメランコリーを醸し出し、デュラスの世界を立ち昇らせる。圧巻はふたりの芸達者な俳優のやりとりで、アンドレアの発言を通して観客は、デュラスという人間の深淵を垣間見るだろう。とくにデュラス好きではなくても、大変興味深く、考えさせられる作品である。


Vous ne désirez que moiのポスター

◇初出=『ふらんす』2022年4月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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