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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

2017年12月号 伝記映画あれこれ



 今年のカンヌ映画祭で披露され注目を浴びた、ミシェル・アザナヴィシウスのLe Redoutable が、劇場公開された。奇しくも10月に亡くなった、ジャン=リュック・ゴダールの元妻で女優のアンヌ・ヴィアゼムスキーが書いた自伝的小説『Un an après』を元にした作品で、主にゴダールと彼女が『中国女』を撮った67年から68年を舞台にしている。五月革命で揺れるパリを背景に、毛沢東主義に傾倒していくゴダール(ルイ・ガレル)と、そんな彼に次第に距離を感じるヴィアゼムスキー(ステイシー・マーティン)の関係を、シリアスなドラマというよりはウィットに満ちたタッチで描く。熱烈なゴダールの信奉者からは怒りを買いそうな内容だと予想していたが、案の定、賛否両論となった。本人を知る人からは、ゴダールとは似ても似つかないと言われ、カイエ・デュ・シネマ誌のような作家主義系メディアからは酷評されている。だが作品としては非常に面白く、全体的には良い批評が目立つ。監督自身も認める通り、本作はゴダールの伝記ではなく、彼とヴィアゼムスキーの恋愛に焦点を当てたもので、あくまで監督の考えるゴダール像にすぎない。たとえばゴダールがデモに参加して何度も眼鏡を壊されたり、学生に罵倒される描写などは、ゴダール信者にしてみれば許せないのかもしれないが、アザナヴィシウスはもちろん馬鹿にしているわけではなく、ただ人に好かれようとしなかったゴダールの姿を彼なりの解釈で描いているのである。映像的にはゴダール風に色彩や文字の遊びを交えつつポップな仕上がりにしている。ルイ・ガレルはカリカチュアになる一歩手前で、生真面目さと滑稽さの絶妙なバランスを保ち、マーティンもあどけなさのなかにアンニュイな雰囲気を巧く滲ませている。

 同様に実在の人物をユニークなアプローチで描きながらも一様に評価が高かったのは、歌手バルバラにジャンヌ・バリバールが扮したマチュー・アマルリックのBarbara。バルバラを演じる女優とその監督という設定を通して、バルバラによく似たバリバールと彼女扮する女優、そしてバルバラの3者の境界が曖昧になっていく。

 さらにもう一本、ヴァンサン・カッセルが画家ゴーギャンに扮したGauguinもある。ゴーギャンの自伝的随筆『ノアノア』を元にエデュアール・デリュック監督が脚色したこちらは、クラシックな伝記の趣。保守的なパリの美術界に嫌気が差したゴーギャンが1891年、タヒチに旅立ち、現地を放浪しながら創作を続ける。油絵のテクニックを学び減量を経て臨んだカッセルの、内に秘めた激情が伝わってくる。

◇初出=『ふらんす』2017年12月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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