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「アクチュアリテ アート&スペクタクル」岡田Victoria朋子

ポンピドゥーセンター駐車場でオペラ

 ポンピドゥーセンターでは3月16日までクリスチャン・ボルタンスキー展が開催中だが、その一環として、1月10、11、12日夜、同センターとオペラ・コミック劇場が共同で、地下駐車場を会場に新作オペラを上演した。

 ボルタンスキーは1990年代から照明デザイナーのジャン・カルマン、作曲家のフランク・クラウチックとともにインスタレーション的なスペクタクルを手がけているが、2016年には改装工事中だったオペラ・コミック劇場の工事現場ですでにオペラを発表している。その延長として創作された今回の作品は、その名もFosse。地面に掘られた穴という意味のこの言葉は、墓穴やオーケストラピットなど、さまざまに使われるが、地下駐車場を巨大な穴と見たのかもしれない。会場は壁際に設置された強力なスポットライトで照らされ、その数メートル前の白いカーテンには行き交う人の姿が影絵として投影されている。


オペラFosseの舞台の様子
© Stefan Brion

「はじめも終わりもない」作品では、6台のアップライトピアノ、12台のチェロ、パーカッション、エレクトリックギター、コーラス、そしてソプラノとチェロのソロが、呼応するように断片的なモチーフを奏でる。いわゆるメロディーはなく、現代絵画で絵の具をマチエールとして使うように、一つの音符の可能性を強弱や揺れなどで探る。聴く人は、演奏者の間を自由に動き、会場のあちこちから聞こえてくるそれぞれの楽器や声の掛け合いを異なった角度から受け取るのだ。ピアノの音に次第にチェロが加わり、コーラスのメンバーの数が徐々に増して一つのクライマックスを迎えると、ソプラノ歌手が言葉とも擬音とも取れる造語で「歌う」。さらに大きな通気孔をパーカッションとみなして連打し、強烈なインパクトのある響きをつくる一方、ピアノのペダルをはじくように踏んで生まれる奇妙な音が効果を生んでいる。そして再び、ピアノやチェロで音符が徐々に静かに奏され、サイクルが終わる。駐車場らしく数台の自動車がインスタレーションとして置かれ、車中では仮面のダンサーが上半身と腕をゆっくりと動かすパフォーマンスをしている。約1時間の作品はノンストップで3 ~ 4回上演され、その間、観客は自由に動き、好きな時に会場を去る。「オペラ」の概念を覆す、なんとも不思議な体験だった。


オペラFosseの舞台の様子
© Stefan Brion

◇初出=『ふらんす』2020年3月号

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著者略歴

  1. 岡田Victoria朋子(おかだ・ヴィクトリア・ともこ)

    ソルボンヌ大学音楽学博士、同大学院客員研究員。国際音楽評論家協会理事。翻訳家

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