書評
【書評】キニャール『約束のない絆』 [評者]小沼純一
2017年04月22日
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『約束のない絆』
パスカル・キニャール 著/博多かおる 訳
水声社 2500円+税

http://www.suiseisha.net/blog/?p=6458

 

[評者]小沼純一

 

ことばと読み手をつなぐ絆

 世界中を飛び回るしごとを捨て、故郷ブルターニュの町に戻ってきたクレール。クレールの愛した、愛しつづけていたシモン。姉を追うようにしてあらわれる弟ポール、クレールの娘ジュリエット、そしてほかの、まわりの人たちのこと、その語り。

 ことばはクレールやシモンに践(ふ)みこまない。ときに会話があり、ときに洩れるものがあったとしても。行為が、行動が、まず、あらわれる。クレールが、ポールが立体的にあらわれてくるのはそれなりにページを費やされてからだ。

 小説はクレールに視線をむけ、周囲が描かれる。それはごく狭い世界にすぎない。狭い世界にすぎないけれど、クレールがそこにいることが、行為することがシモンに、ポールに波及する。振動をおこし、まわりにいる人たちをわずかなりとも巻きこんでゆく。「わたしはまちがいなくあの人のことをいつも思い出すだろうよ。でもあの人自体のことじゃないよ。[…]わたしたちの過ごす毎時毎時が、あの人の身体を懐かしんでるんだ。このあたりの場所、岩がもうあの姿を探してる。あの人だけが通ってたラ・クラルテの階段、最後まで苦もなく上っていた階段を寂しがっている。」(第五章)

 たしかにクレールを、クレールとポールの、ことばにできない「絆」が浮かびあがってくる。だが、それ以上に、ある土地を、こんなふうに光や色、匂いや音をとおして喚起する、感じさせてくれる小説は稀だ。訪れたことのない、でもすこしだけはイメージを抱いているブルターニュを、読み手のわたしはクレールの肌の色やながれる汗から、感じる。そして、ところどころ物語として欠落しているかにおもえるところを求めてランダムに何度もページを行き来する。そのたびにこの土地に再会する。ここでの絆は、姉と弟のあいだに、とともに土地と人、ことばと読み手のあいだにも「ミステール」としてはたらく。

 キニャールが翻訳されたのは『総展望 フランスの現代詩』や『めぐり逢う朝』あたりからだろう、読者のなじみも四半世紀を越えた。昨年末からは、〈最後の王国シリーズ〉を核にした全15巻のコレクションが刊行されはじめた。最初に同時刊行されたのがこの『約束のない絆』と『いにしえの光』。しばらく、隔月で届けられるキニャールのことばがたのしみのひとつになる。

 (こぬま・じゅんいち)

 

◇初出=『ふらんす』2017年5月号

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