書評
【書評】塩塚秀一郎『ジョルジュ・ペレック:制約と実存』 [評者]新島進
2017年07月22日
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『ジョルジュ・ペレック:制約と実存』
塩塚秀一郎 著
中央公論新社 2600 円+税


[評者]新島進

世界の具体性を感じとるために

 一昨年、招聘研究員としてソルボンヌ大学に所属しておりましたが、週一の楽しみは、潜在文学工房(ウリポ)の研究で知られるクリステル・レッジャーニ教授のゼミに顔を出すことでした。彼女が当時手がけていたのが、ジョルジュ・ペレックのプレイヤード版編集。苦労話がたいそう面白かったのですが、尽力が実り、先月ついにペレックは同叢書に収録されました。文学の世界における殿堂入りですね。そんな矢先、今度は日本で、ペレック作品の訳者のひとり、塩塚秀一郎氏による研究書が刊行されました。日本語で書かれた同作家の考察としてはじめての単著であるはずです。

 たとえばe 抜きで書かれた小説など、制約文学の代表的作家であるペレック。本書ではその『煙滅』『Wあるいは子供の頃の思い出』『人生 使用法』『さまざまな空間』の四冊がおのおの、遊戯、自伝、物語、日常というテーマから読み解かれていきます。その過程で明らかになるのは、ペレックにおける〈実存〉という命題の重要性です。作家はそれを、たとえばアウシュヴィッツなどに必ずしも特定されない、普遍的なものとしていました。あらゆる喪失を逃れられないわれわれは、どのように世界を見、作家なら書き、生の寄る辺にできるのだろうかと。

 人はまた、喪失を負っている宿命に慣れてしまうものです。今ならば、自然やテロによる不正義な大量死に、潜んだ権力に、ポチッとやれば本が届く生活に。この習慣 に抗し、本書でも強調されるペレックの言葉を借りれば「世界の具体性」を見いだすこと、さらにそれを真面目だが「深刻ぶらないで」やること。それこそが〈制約〉の機能、その真の遊戯性であり、制度という静に動をもたらす流儀であると本書は説きます。

 塩塚氏の読解はきわめて精緻ながら、筆致はどこまでも柔らかく、尊敬の念を覚えるのは、そのまっすぐな探究心と、決して知を衒うことのない論述です。ちなみに本書が四角を彷彿させる四部からなり、各部がほぼ100 ページでまとめられている構成は制約への目配せでしょうか。

 とまれ、好きな作家について書かれた本を読むのは誰にとっても無上の喜びでしょうが、そのおかげで、好きな理由がわかればなおのことです。私は本書でそれに気づかされる一文に出会いました。一作家の研究書としてそれに優ることがあるでしょうか。

(にいじま・すすむ)

 

◇初出=『ふらんす』2017年8月号



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