書評
【書評】金澤忠信『ソシュールの政治的言説』 [評者]加賀野井秀一
2017年08月22日
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『ソシュールの政治的言説』
金澤忠信 著
月曜社 3000 円+税


[評者]加賀野井秀一

〈一般言語学〉から遠く離れて

 いや、驚いた。ソシュール研究の最先端をになう金澤忠信氏が、著書『ソシュールの政治的言説』と、ソシュールの遺稿の一部を邦訳した『伝説・神話研究』とを、なんと同時に出版したのである。またその版元は、月曜社という新進の小出版社。出版不況にあえぎ、悪書が良書を駆逐する昨今、これほど嬉しい話題もないだろう。同社は、この1 か月後に、ロゴザンスキーの大著『我と肉』も出しているのだから、もう敢闘賞ものである。

 早速、金澤氏の両書に目を通してみた。訳書の方は、すでに2003 年にフランスで出版された『レルヌLʼHerne』誌のソシュール特集号の部分訳なのでさておくが、ここにはスタロバンスキーが『語の下に潜む語Les mots sous les mots』で使用したソシュールのアナグラム研究の原資料が網羅されているし、ソシュール17 歳の時の日記やデッサンも収録されているので、お薦め。

 意表をつかれたのは『ソシュールの政治的言説』の方である。たしかに私たちも、ソシュールが反ユダヤ的立場をとっていたらしいという噂は耳にしていたものの、とりたてて追究してみたことはなかったので、なるほど金澤氏の指摘どおり少々「一般言語学」のソシュールや「構造主義の先駆者として」のソシュールに囚われすぎていたせいかもしれないなあと反省することしきりであった。

 ただ、逆から言うと、一介の言語学者が「転向したドレフュス主義者」であったり、「正義よりも真実を」求めたりしたところで、それのどこが面白いのかという反論もあるわけで、やはり一般言語学のソシュールなればこそ、彼の政治的言説への興味も湧いてこようというものだ。

 まさしく、それを裏書きするかのように、金澤氏のこの書において、ソシュール自身はいささか精彩を欠いている。むしろ本書の主人公は、「アルメニア人虐殺事件」であり「ドレフュス事件」であるだろう。金澤氏は19 世紀の群小新聞・雑誌にいたるまで実に丹念に追跡しており、おかげで、日本ではほとんど知られることのなかったアルメニアのホロコースト(死者は少なくとも30 万人、一説には150 万人)についても、見事に光があてられている。かねてより『ナゴルノ・カラバフ』などでアルメニアの惨状を訴え続けてきた畏友・佐藤信夫も、この本に喝采すること請け合いである。

(かがのい・しゅういち)

 

◇初出=『ふらんす』2017年9月号

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