書評
【書評】コンパニョン 『書簡の時代:ロラン・バルト晩年の肖像』 [評者]宮下志朗
2017年03月22日
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『書簡の時代:ロラン・バルト晩年の肖像』
アントワーヌ・コンパニョン 著/中地義和 訳
みすず書房 3800円+税

https://www.msz.co.jp/book/detail/08563.html

 

[評者]宮下志朗

 

ロラン・バルトを探して

 原著はバルト生誕100周年となる2015年に出版された。バルト全集の編者エリック・マルティからバルトの書簡の提供を頼まれたコンパニョンだが、気が進まず先延ばししている。そんなある夜更け、記憶の糸を辿り直して、物置に放置されていた靴の箱を見つけ出す。リセの恩師のアラン、バルト・ゼミの仲間のアンドレ(ギュイヨー)、伴侶となるパトリツィア(ロンバルド)などの書簡にまじってロラン(バルト)の滑らかな筆跡が出現する。それらを読み返した彼は、20代の若者であった自分とバルトとの交わりを中心にすえて、1970年代後半のパリでの日々を回想する。

 コンパニョンは、リセの時代に要約の素材として与えられた、ベートーヴェン論の、どうにも要約不可能な文章に魅せられる。これがバルトのテクストとの出会いで、一度はバルト・ゼミへの登録を断念した理工科学校の秀才は、満を持して数年後、文学も少しは勉強したぞと考えて、バルトの面接を受け「限定ゼミ」に入れてもらう。いかなる基準で選ばれたのか、それは「奇妙な集まり」だったという。ゼミは1 年限りでやめるものの、「これからも引き続き会うことにしよう[…]差し向かいで」とバルトからいわれ、二人の交わりは書簡をも含めた私的なものとなっていく。週一度、夕刻、カルチエ・ラタンのカフェを梯子して面会をこなしたロランと会って、どこかで夕食をするという習慣。「孤独を好みながら仲間なしではいられない」バルトと、群れることを嫌う潔癖な若者との交わりは、おたがいにとって好ましかった。こうして彼は『恋愛のディスクール』(表紙のヴェロッキオは彼が選んだ)や『明るい部屋』の誕生に立ち会い、ロランに貰ったタイプライターで処女作を書くのだった。ユニークなのは、せっかく発見した書簡を引用しないという方針が徹底されていることだ。母の写真が不在な『明るい部屋』というバルトの逆説的な写真論を模したオマージュといえよう。「ロランの蜜を自分なりに造った」のだ。晩年のバルトの肖像を描くことで、若き日の自分の肖像を描いたところの、優れたレシ。全体から浮かび上がるのは、過ぎ去ったあの時代への哀惜の念。「書簡の時代」は「文学の時代」でもあった。著者と親しい中地氏による懇切丁寧な訳注の付いた理想の翻訳。

(みやした・しろう)

 

◇初出=『ふらんす』2017年4月号

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